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海辺で暮らす私の日記 5



海の淵に立つ無人駅でパシャり。
小さい漁港と、遠く遠くに海が広がるだけの駅。



2/4(日)
春が立ち上がる日、立春。
朝から上司に連れられてスキーに出かけた。往復3時間、みっちり滑って3時間、の特訓デーだった。
上司は私の父と同い年の大ベテランだから、2人でゲレンデにいるのを側から見たらどう見ても親子。どうやっても親子。自分の父とこうして一緒に何かに取り組むなんて想像もできなくて、でも一般的には父とこうやって過ごすのはきっと心地の良いことなんだろうな、って思った。一緒に斜面を滑り、お昼は甘めのカレーを食べ、まるで擬似親子だ。親孝行代行なんておかしなことをした気分。
帰ってきてからいちごのシフォンケーキを食べた。だって立春だもの。春が始まる日だもの。

春が来るよ



2/5(月)
最近は朝ごはんを食べながら涙を流している。
欠伸をせずとも左目から涙が出る。
何かが悲しいなんてことはなく、朝の寒い部屋とご飯の寒暖差で涙腺が緩むんだと思う(調べたらそういうこともあるらしい)。
納豆ご飯とプロテインで朝から涙を流す女、これ自己紹介で言ったらひと笑い取れるかなぁ。
そしたら仕事中(良いもの見たなぁ)と思える場面に遭遇して、今度は本当に涙腺が緩んだ。人とのつながりや積み重ねてきた努力、それを表現している場面だった。穏やかな人間関係も垣間見えて、(みんな、み〜んな大切にしたい)って宇宙みたくデカいことまで考えた。
今日は割と穏やかで幸せで、良い人たちに巡り会えた…と思える方に針が触れていた日だった。
夜、長い付き合いの友達から入籍の報告。おめでとう、嬉しいな。


2/6(火)
帰宅して部屋を掃除して、さあて夕飯を作るかな〜とその前に…ってインスタを開いたら、「今夜うちでご飯食べませんか?」って夢みたいなお誘いが来ていた。
送り主は最近知り合った年上のご夫婦。この街に新たな居場所を作るべく動き始めたご夫婦で、ひょんなことからお会いして2人の夢を聞いた夜は、ゼロから1を作り出すそのエネルギーに惚れ惚れした。しかもその動機が「こんな場所があったら楽しそうだから」って言うのにも痺れた。
初対面の時、「いつでもご飯食べに来てね、泊まって行ってもいいからね」とおにぎりと豚汁を振る舞ってくれた。超〜〜美味しくて、優しさが沁みる。
今夜は友人に声をかけて夕飯を食べるから良かったら…ということらしい。犬みたく尻尾を振りながら「今から行きます!」と返信して、徒歩圏内のその夕飯会に浮き足だって向かった。
初めましてのお兄さんも加わり、4人でダイニングテーブルを囲む。美味しいご飯とお酒が進む進む。仲間への思いやりと、これから始まる事業への夢で満ちた時間。「今夜ご飯食べませんか?」っていう夢みたいなDMから始まった、人のやさしさを直に感じるほんっとうに素敵な空間。幸せはここにあったのか。
この街の大切な居場所がまた増えそう。あったかいなにかが心に灯るのを感じる。
お酒が残ったままふわふわと就寝。


2/7(水)
珍しくお酒が残ったのか、音がくぐもる感覚と世界がふわふわになった感覚で過ごした。
元推しとの関係性は現在進行形で日々変化している。振った振られたの一件により見えない信頼関係ってのが消失したことで、「がんばろうぜと拳と拳をぶつけ合える頼れる同僚」「ちょっと元気ない時にそっと励ましてくれる同僚」って存在も失ってしまったことに気づいた。味気ないなぁ。
この3年間ずっと(この粗大ゴミ捨てたい…)って思ってたコロナ禍の負の遺産、まだ捨てちゃダメかな…と恐る恐るウエに尋ねに行ったらやっと「捨ててオッケー!」の許可が降りた。お堅い職場だから、モノひとつ捨てるのにアホみたいに時間がかかってしまう。でも、このゴミ片付けたい…って夢が3年越しに叶うなんて!
「時の流れ、ブラボ〜!」って1人で小さく呟いて、ガッツポーズをした。そう、時の流れは救いなんだよ。
夜、勇気を出してnoteで出会った旅人にメッセージを送る。そしたら返信が来て、嬉しい。



2/8(木)
今日は午後休と決めていた日。他の人がPCに齧り付く中、ひっそりと退勤した。
港の公園に向かう。「木曜は午後に公園に行くので、会いましょう」と、友達のおじいに前もって電話を入れていた。車を探し、公園を歩くおじいと柴犬の姿を見つける。カートを引きながらゆっくり、ゆっくりと歩くおじいと柴犬の下に向かう。会うのはひと月ぶりくらい。
コンビニで買った缶コーヒーと犬用のおやつを持って行った私に対し、おじいは洋菓子屋さんでケーキを2ピース買ってきてくれていた。ケーキ!と目が輝く。そんなサプライズを思いついちゃうこのおじいには敵わないや。
私は持病がありますから、と結局2ピースどちらも私が食べることになり、手づかみでいった。ショートケーキを手づかみで食べる27の冬。カーステレオから流れる演歌、ラキストを吸うおじいの煙たい副流煙。ケーキは春めいた桃が乗っていて、食べられる春はこんな幸せの味がするのかと思いながら頬張った。ごちそうさまでした。
週末に旅に出ることを話したらかなり絶賛され、「人生は旅、旅は人生。大きな港を見てきてください」とまるで壮行式のような言葉をもらう。私の選択を応援してくれる人がいる、それってありがたいことだよなぁ。
公園から漁港に移動して、小さい漁港に繋がれた小さい船、それを背景に私の写真を撮ってくれた。空の青さと海の青さにうっとりしながら、なされるがまま写真に写る。いつかこの日を思い出して、私、泣いちゃうんじゃない?
「精神的に豊かな人は何を大切にしているんでしょうね」と私が尋ねると、おじいは「笑うことだね」とあっけらかんと教えてくれた。何かを楽しむこと、ユーモアを持ち寄ること、それが大切なんだって。私のような小娘にケーキを用意してくれるその懐の広い人がいうことだから、ほんとなのかもしれない。そして、世界を何ひとつ疑わずに顔をくしゃくしゃにして笑えるのって、それだけ安心して過ごせる環境があるからこその大きな財産だと思った。
19時頃、また年上の夫婦からメッセージをもらい夕飯を食べに行く。今日も4人でご飯を囲んだ。目に見える優しさ、目に見えない優しさ、その両方をいただいている。どうお礼を伝えたらいいのかしら。

食べられる春


どこか生活感のある港、私大好きだよ



2/9(金)
今日もお昼過ぎに気配を消して退勤。春がきたかのような陽気の中車を走らせて、林さん(89歳のお友達)の家に向かう。
職場を出たあたりで電話を入れたら、家に伺ってすぐに「よく来た、食ってけ食ってけ」と林さんがお昼ご飯を出してくれた。私がこれまで作ったことのない美味しいお味噌汁、その作り方を丁寧にレクチャーしてくれる。とろみのあるお味噌汁初めて食べたなぁ。大袈裟なくらい美味しかった。
そのあと、いつも通り丁寧に時間をかけてコーヒーを淹れてくれた。Kalitaのミルと林さんの手元をじっと見つめて、コーヒーの匂いを感じとる静かなひと時。(あぁ…)と五感が研ぎ澄まされる感覚。  
おやつとコーヒーで小腹を満たしながら、お互いの近況報告をする。お正月に遠方から息子さん一家がきてくれたらしく、良かったですねぇとほっこりする。
そこから林さんは、幼少期のアルバムを見せてくれた。アルバムは何冊もあるみたいで、今日はその1冊目。89歳のお婆さんが2、3歳だった頃、戦争が激化する前の平和だった頃、もんぺ姿のお母さんと手を繋ぐ幼子だった頃の写真から、中学の学芸会で白雪姫の王子様役をやった頃までのたっくさんの白黒写真を見た。
その幼子が大きくなるにつれて、「親戚のお兄さんが出征する際に撮った親類の写真」や、「女性が監視所っていう梯子に登り「敵〜〜〜!襲来〜〜〜!!」と叫ぶ訓練で撮った写真」、「クラスの半数が都会からの疎開っ子、そんな小学時代の集合写真」と、刻々と時代が変化する様が伝わる。
「日の丸に寄せ書きしてお兄さんに持たせたんだ」「今となっては、何が「敵襲来」だと思うね、馬鹿馬鹿しい」「クラス写真のこの子は、いついつにうちの向かいに越してきた都会の子」って、当時のことを先週のことのように鮮明に話す林さんのその記憶装置がすごい。そして、たくさんの人が映されている写真の数々、それに歴史的な価値を重々しいほどに感じる。生きるか死ぬかの境界が今の時代よりもくっきりとしていた当時に思いを馳せると、今の平和な生活がどれほどの犠牲の上に成り立つものなのかが分かる。
その後は戦後の話や、母になる前後の話、定年退職してからの30年がいっちばん楽しいという話を聞かせてくれた。「40年前に友達がな…」とさも当たり前のように話すけど、40年前ってまだ昭和だよ?!そんなにサラッと時代を超えちゃうの?!と何度か突っ込みたくなって、その都度笑っちゃった。
林さんの思い出の宝箱を一緒に開いているみたいで嬉しいです、と伝えたら、そうかぁそうかぁ、と林さんも嬉しそうに微笑んでくれた。日が暮れて夜が来るまで、2人であれこれお喋りして過ごした。

注がれるお湯を見つめる静かな時間




そしてこれをまとめている金夜24時。
明日から旅に出る。1人で函館に向かう。
旅の前夜はウイスキーでしょ、と、REDウイスキーを舐めながら函館のマップを眺めてうっとりする。
いつか行きたい…と思っていた地。
行くなら今だ!と、先月の今頃に思い立って宿と新幹線を予約した自分を撫で撫でしちゃおう。

お風呂上がりに公園のおじいから電話があった。
「明日からいよいよ旅ですか、無事に帰ってきてくださいね」とエールと安全祈願をしてくれた。旅にぴったりな演歌を教えてくださいと聞くと、香西かおりの「浮雲」だって答えてくれた。
あぁやっぱり、この街の人情深さに打たれてしまう。こんなに懐の深い人と出会える港町、他にあるんだろうか。


今の私と関わってくれる人に、たくさんの愛を。
今の私に降り注ぐ穏やかな時の流れに、最大級の感謝を。

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