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幸せを探してハイボール・ナイト


静かな雨が降る金曜日のはなし。

職場のnot official歓迎会があったから、定時過ぎにこっそり退勤。えへへ、ちょっと背徳感。
私が提案したザ・漁師町の居酒屋!ってところで乾杯をし、2軒目はドクロマークのロックなバーでしっぽり飲んだ。
あの道をまっすぐ行くと港公園に着きますよとか、図書館の近くの喫茶店のナポリタンが美味しいんですとか、この春異動してきた方にこの街の暮らし方をプレゼンしたり。
普段職場ではしない仕事にまつわる真面目な質問をしたり、それに答えてもらったり。
お酒を飲めない方と、明日は息子の小学校の運動会だと張り切る方と飲んだから、案外早くに解散した。

時刻は21時過ぎ、小雨の降るアーケードを1人で歩く。
ズーカラデルをそっと口ずさむ。

息も絶え絶えに繰り返す普通の日々を
彩る魔法が使えたのさ あの時 間違いなく

ズーカラデル 春風

2023春のプレイリストに入れてあるこの歌は、恋が寿命を迎えるころから事あるごとに聞いている。
ボーカルの吉田さんが書く歌詞はどうしてこうも叙情的なんだろう。
「普通の日々」を彩る魔法は、元彼氏がくれていたのかもしれない。
気になるあの人が私にその魔法をかけてくれる事もある。
私にとってその魔法は「誰かと心が通じ合う」ということだ、とこの春に気がついた。

歩きながらふと考える。
まだ金曜日の21時、明日は9時から仕事。26歳の私、今日より若い日はないな?
そう思い、帰り道にある魔女の店に寄ることにした。

魔女の店は、古くからあるスナック街にある。
いつだったか昼間に営業しているを知り、興味本位で入ったのが最初。
側頭部の白髪を綺麗なピンクに染めた声の大きなママさん。初めて会った時、薄暗い店内の雰囲気も相まって(魔女がいる…)と直感でそう思ったから、魔女の店。
そのママさんを信頼しているのが表情でわかる常連のシニアたちと喋るのが好きで、たまに寄るお店になった。
白く古びた暖簾をくぐって店に入ると、カウンター席におじいさんとママさんが2人。
あら、いらっしゃいというママさんの隣で、初めましての代わりに「俺の嫁に来ねえか」と口説いてくるオモロいおじいだった。私たち、出会って3秒ですよ。
本日三杯目のハイボールをいただき、カウンターに3人並んでおしゃべりをした。
前に来た時はたしか、ママさんと常連のおばさん達に、彼氏と別れるか迷うと相談をした頃だったのを思い出す。
あれからどうなったの、と聞かれ、別れちゃいました、別れたら別れたで寂しくなる日があります。と伝えた。2人とも静かに、うんうん、と聞いてくれる。
店に設置されているカラオケセットで、おじいが数曲演歌を歌い出す。
も〜、1000円分って言いながらもう2000円以上歌って、ちゃんと払ってってや〜
なんて、ママさんはやれやれのジェスチャーをしながらデンモクをいじっていた。
演歌、これまでの生活でちゃんと聞いたことはなかったけど、あれは「大人の童謡」って感じがする。
渋みのある感情とか男女の色恋とか、ばふっとまとめると「人生の教訓」って感じのことを歌っているんだね。
ゆったりとしたテンポで、言葉数はそこまで多くなく、これまでの人生を振り返りつつ歌うのが演歌なのかもしれない、と26歳の所感。
早口にいろんなことを捲し立てたり、言葉数を増やして一生懸命メッセージを伝えてくる平成と令和の邦楽とはまるで違う。超シンプルな構成。
おじいは最後に「好きになった人」という曲を歌ってくれた。

恋をしたのも泣いたのも そうねあなたとこの私
好きで 好きで 好きでいるのよ 愛しているわ
さよなら さよなら 好きになった人

都はるみ 好きになった人


なんだか、今の私にクリティカルヒットだった。


あなたも何か歌っていけ、とおじいは二曲分チャージしてくれた。
良いんです、もうずっとカラオケ行ってないし…と遠慮していたけど、おじいとママさんに進められて二曲歌った。
コロナになってから(それと同時に就職してから)丸々3年はカラオケに行っていないから、マイクを持つのも久しぶりで、3年前に何を歌っていたのか思い出すのも新鮮な感じがした。
歌い終わると何故かスッキリした気持ちになる。歌っていけと言ってくれたおじいの優しさにここで気がつく。

幸せになりたいんです、一緒に生きていける人を探します。とか、
もうずっとこの先1人かも…と考えて、1人で楽しめる過ごし方を模索しています。とか、
まとまりが無さすぎる私の気持ちを2人は何も言わずに聞いてくれた。
結婚して数年で旦那さんを亡くし、女手一つで娘さんを育ててきたというママさんは「1人も楽しいよ」と笑ってくれて、ちょっと安心。
最後は3人でタバコをふかした。
帰り際、前に彼氏とのことを相談したおばさん方によろしくお伝えください、とお願いすると、
「別れて幸せを探しているっけよ、で、タバコを吸うようになったんだって、と伝えておくね」とママさんは微笑んでくれた。
失恋してタバコを始めたことがバレていた…とちょっと恥ずかしい。

いつだったか魔女の店で「パチンコで勝ったからあなたも食ってけ」と、とあるおじいがご馳走してくれたアイスクリーム



店を出ると斜向かいのスナック前にたむろする3人組と目があった。
そのうちの1人がヘラヘラと近づいてきて、私も酔っているせいにしてヘラヘラと受け答えをする。
こんなこと、シラフならしない。話しかけてきた人は船乗りだと言っていたけど、彼だってきっとシラフならこんなことしないだろう。
気づいたらケラケラ笑いながら3人組について歩き、知らないスナックでまたハイボールを頼んでいた。
3人組の中にはギターを弾ける人とベースを弾ける人がいて、私も少しギターを弾きますと言うと「バンド組むか!」と言われたり、
酔いに任せて「幸せになるために何が必要ですか」なんて馬鹿げた質問をしたり。
飽きるまで話した、すべてを雨とハイボールのせいにして。

時刻は25時ごろ、一期一会を理解し切った私たちは綺麗に解散して帰路に着く。
何も奪われず何も差し出さず、楽しくお酒を飲めて結果オーライだったな。
ちなみにさっきの「幸せになるために…」の問いは1人だけ真面目に「自分らしくいること」と答えてくれた。
スピッツの草野マサムネ似の人だった。
自分らしくか〜。私がこのまま私らしく歩いていったら、幸せで満ち満ちている…と思う時が来るのかな。どうかな。


帰り道、「幸せ」に反応してまたズーカラデルを口ずさんでみる。

幸せになりたいわと君は力無く笑った
ため息風に溶けて見えなくなる
もうすぐ春が来ます

ズーカラデル 春風


は〜ほんと、吉田さんはどうしてこんなにも良い言葉を紡ぐんだろう。
「幸せになりたい」と離れていった「君」が残した温もりと、春が近づいてくる足音を感じる。この歌い出しだけでそれが伝わる。限られた言葉とその余韻でそれだけのことを伝えてくるズーカラデルはすごい。

私は幸せになりたくて別れを選んだんだった。
春の初めにそんな決断をしたんだった。
春はゆっくり通過していく。これまで誰かと2人で歩いていた私は、今は1人で歩いている。
どこか心細いこの春ををいつか「正解だったなぁ」と振り返れたら、良いな。


結局4軒巡り、全てのお店でハイボールを貫いた。
幸せがなんなのかはわからないままだ。
でも翌朝、浮腫の取れないままちゃんと9時から仕事に出てえらい。
自分に花マルあげちゃおう。
そして、幸せになろうね、わたし。




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