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白露まで 5.五寸釘-1

兄さんと私が再会した日の晩、酷い悪夢を見た。梅雨の名残の多湿と、初夏にしては暑すぎる気温が寝苦しさを生み、その結果見た悪夢かもしれない。

夕方、ペンションの利用客に挨拶をし、帰宅の準備をしようと管理室に戻る。部屋の鍵を開け、電気をつけると、兄さんが椅子の上であぐらをかいて船を漕いでいた。私が夜勤に備えて置いていた服に着替えたようだ。
急に明るくなった事で目を覚ました兄さんは、体勢を崩し椅子から落ちそうになるのをこらえた。
「もう仕事は終わったのか?」
まだ眠たそうな声で兄さんは言う。その口元に、今朝はうっすら生えていた髭は無い。肩まで伸びていた髪も後ろでひとつに纏められている。
「一応、今日のところは。……兄さん、ここに置いてある備品、使いました?」
「ああ、助かったよ、おかげで外に出ても恥ずかしくない」
兄さんは涼しい顔で笑った。

朝、私が兄さんとの再会に驚いていると、管理室の電話が鳴った。チェックアウトする客からで、私はその手続きをするためペンションに向かった。兄さんは管理室の中のシャワールームで体を洗い、私が夜勤明けに使おうと置いておいたカミソリで髭を剃り、わたしの服に着替え、ペンションの備品のヘアゴムで髪をまとめた。
白いシャツは兄さんの肌をより白く見せ、仮眠時にと置いておいたハーフパンツは兄さんを幼く見せた。
「兄さん、自分の服は?荷物はどうしたんですか?」
「全部一週間以上着ているからね。それで、君に頼みがあるんだ」
兄さんは椅子の下に置いてある黒いバッグを見ながら言った。

自分はまたしばらくここに住むことにした、と言う兄さんを置いて、私はペンションから車で10分ほど離れた自宅に帰った。
一人暮らしには大きすぎる一軒家は、両親がペンションと一緒に明け渡してくれた。兄さんがいなくなってから、洗濯や食事に帰ることはあったが、最近の寝泊まりは管理室でしていたので、どことなく懐かしい感じがした。

放浪していた間に着ていた服を洗って欲しいと言われ、他にどうしようもないので従うことにした。洗濯機の前で兄さんのバッグを開ける。異臭がすると思いきや、むしろその逆で、雑に詰め込んだせいでシワができているものの、中の衣類は完全に無臭だった。
拍子抜けしつつ洗剤と一緒に洗濯機に入れ、スイッチを押す。この量だと2回は回さなければならない。私は面倒な気持ちを抑えて、この間に夕飯の支度を始めた。

1回目の洗濯が終わった音を聞き、蓋を開けると、白いぽろぽろとしたものが洗濯機の全体的に混じっているのが見える。最悪だ。何かの紙と一緒に洗濯してしまった。怒りを覚えながら洗濯物に付いた紙を落とし、もう一度洗濯機を回す。今度はその二度目に備えて残りの洗濯物のポケットを全て確かめた。
洗濯物を干し終えて、風呂に入り夕飯を食べ終わった頃には、もう日付を超えていた。
急いでベッドに入り、明日兄さんに言う恨み言を考ええているうちに眠りについた。

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