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【356日目】:心が先か神経が先か

ご隠居からのメール:【心が先か神経が先か】

ニワトリが先か、タマゴが先か。心が先か、神経が先か。「心を整える」のが先か、「自律神経を整える」のが先か。 この難問は、せんじつめると、唯物論か唯心論か、になる。

頭をひねりながら、健全なる精神は健全なる身体に宿る、ということわざを思い出した。英語でいえば、A sound mind in a sound body. 「心を整える」のが先か、「自律神経を整える」のが先か。入院生活を体験したわが身をじっくり観察しながら考えると、後者のほうが正解という気がする。

自律神経のなかでも、交感神経はともかく、副交感神経はもっぱら睡眠中に活動するのだから、整えようがないよ、という声も聞こえてくるが、退院後の私の闘病生活では睡眠の質があきらかに向上している。こわい夢を見て、夜中に大声で叫ぶこともたまにあるが、夢は副交感神経が記憶の整理のために必要な仕事をしているだけなので、気にする必要はない。

一方、従弟のトオルさんは、唯心論を主張し、「すべての現象は心がつくる」(Mind creates everything.)と言っていた。たしかに、その意見にも理はあると思う。

なんとか、両論を弁証法的統一することはできないものか。物心一如ぶっしんいちにょ、とか、仏我一如ぶつがいちにょという禅語を思い出した。英語でいえば、Matter and mind are one/body and mind as one. 口だけならどうにでもいえる。座禅をするか、滝に打たれて修行せよ。


返信:【Re_心が先か神経が先か】

また、難しいテーマだね。こころも神経も、意識さえも、目に見えるものではないから、考えるし、理屈を並べるし悩みふける。そんなことすら考えず、本能のまま生きるロクデナシでいたいものだが、秩序を守るには、そうもいかない。

座禅をしたり、滝に打たれて、こころや記憶にはりついている、懺悔や後悔などの念をとりのぞくことができればいいのだが、ご縁がなければそんな経験もできない。

じぶんのこころを整える方法は、ゴルフやジョギング、水泳などのスポーツだ。あとは、大切な人たちと楽しい酒を飲む時間も、モヤモヤを吐き出してくれる。

なので、じぶんにとっては、「唯物論か唯心論か」「こころが先か神経が先か」というのは、両方が支えあってこの世に存在しているということになる。だから、どちらが先かの議論に答えは必要ない気もするが、哲学を研究している人からすると、そうも、いかないのだろう。

それこそ、座禅をして、滝に打たれるのも一興かもな。


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