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毒吐きデトックス(子育て支援センターには行かなくちゃいけないの?)

某氏が主催する毒吐き企画、他では吐けない毒をただ吐く、という素晴らしく後ろ向き(?)な企画ですがわたしは大好き。最近開催されないので(寂)、回顧録というか他ブログサイトに投稿したものを修正して転載。

本当はリアル開催が望ましいけど、オンラインとなってしまった回。車社会の田舎ではどこへ行くにも自家用車につき、お酒は呑めないのですが、オンラインやばいっすね、ガンガン呑めるのでつい口も軽くなって吐く毒量も増える増える。。
ここでは子育て系の毒をば。。

「子育て支援」として、当市では子育て支援センター(対象:0歳〜3歳の未就学児)というのがあり、支援センターHPにこんな言葉がある。
「子育て中のお父さん、お母さんへ
身近に遊べるお友達はいますか?
安心して遊べる場所はありますか?
誰かとお話したいと思いませんか?
のびのび遊んで親子で学び、共に助け合って子育てを楽しみましょう。」

身近に遊べるお友達は。。。いません(でした)。
安心して遊べる場所は。。。公園や神社とか。
誰かとお話したい。。。特に話したい話題もなく
助け合う?何を?
という感じであった。
が、なんか行かないといけない気がして、行った。

さて、
行ってみたものの、この子育て支援センターに行くことは本当に苦痛だった。学校や部活や仕事や冠婚葬祭や、ここまで行きたくない!と思ったことはそれまでないのに。
それでも我が子が家族以外の大人、さらには同年代の子供とのふれあいが人間形成の上で大事かも?!(たくさんの人が良いと言ってるんだから良いに違いないという盲信)と思ったからこそ、最初は期待、そして我慢して通っていた。
が、どんなくそ面白くない場面にも一筋の面白さを見つけられることが一つの才能であると自負するこのわたしが!ただただ疲労し、気が滅入るばかりだった。。

それは、決してスタッフの態度や運営が悪いということでなく、
誰かと仲良くなりたいと過大に期待して来たのにできない、お洒落で洗練された若ママに自らを省みて気後れして話しかけられない、けど、友達欲しいオーラは出しまくってしまっていてどうもなんとなく他のママたちに引かれていること、義母の仲良しさんとこの娘または嫁(知り合いではないが顔と名前と顔ぐらい知ってる)がいたら余計に知り合いになっとかないと、と緊張したり、他のママよりおばさんなことのコンプレックス、まだまだ子供の扱い慣れてないくせに我が子以外の子供に好かれようと異様なテンションで接してしまったり。。。

とにかく、(偶々でしょうか?)初めて行った時すでに地元民コミュニティができあがっていた。。。小中学校から一緒の人たちの話題には何もついていけないのに、ケアされる側として来ている若ママたちは当然移住者に対して、今現在の地方のまちづくり系がするような厚い受け入れ姿勢はもちろん皆無。
若い、おしゃれ、地元、兄姉がいる、家族が地元有力者、スタッフと地縁血縁がある、などで実際にカーストが存在するのだな、と実感した。上流階級には何をしてもなれないという諦め。まあ、人生総じてそうなんだけど。

嫌われていた、とは思っていないが、一人ぽつんと我が子の遊びを見守り、心中複雑なのに時に子供の笑顔って最高ですよね!の笑顔で対応し、子がぐずれば、やれやれ、でも我が子って可愛いですよね!みなさんの泣き叫ぶ御子たちもみんな本当に可愛いですわよ!と言語外言語でアピール(していたと思う。。)。。

そう、わたしが他人を意識しすぎたのだ。精神疲労甚だしく思い切ってもう行くのやめた。そう決心してからの心の軽いことといったら!
次男に関しては、ほぼほぼ行かなかった。それでよかった。
わたしは辞めたが、それでも子供のためと我慢して通った人もおそらくいるだろう。小学校入ってから呑み会で聞いてみたら実際いた。マジでお疲れ様です!その当時、そんな心境を分かり合えてたらきっと楽だった。

これを踏まえて、こうしてほしい、こうしたらもっと、というのは無い(ただの毒吐きなのでね)。
ただ、この話を聞いて参加者のお一人が「それは、それ以外選択肢が無かった、というのが一番の不幸(問題?)だよね。」と言ってくれた。
嬉しい。。
そうだなあ、こういう立場の人はこうだろう、こうに違いない、こうしてあげないと、という他者の思い込みがあてはまらない心持ちの少数派には辛いときもある。と心に刻めて貴重な時間となった。

ただの毒吐き。。。デトックスです。自家中毒注意(注意しても絶対に中って凹む。。)。

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