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「まだなんとかなっている」の明日

日本の縫製工場の数は2020年およそ6300社になった。
ピークであった1990年ごろには63000社ほどあったから1/10になってしまった、今残っている縫製工場の多くも事業承継が進んでおらずあと数年で5000社を割るだろうと予想している。

そんな現状であるもののお客様と商談していると「今はまだなんとかなっている」とおっしゃられることもあるのだけれど、それはいつまで続くだろうか。

そして「まだなんとかなっている」からと現状のその価格で維持するということはつまり「値上げをすると成立しない」ということでもあるし、
現状支払っている金額が安すぎるということにも他ならない。

工場を切り替えることについて、そしてそのコストとタイミングなどについて考えてみたいと思う。


工場を切り替える難易度

縫製工場を切り替える難易度は非常に高い、その理由は下記の3つだろう
・既存価格との差
・クオリティの差
・信頼関係

既存価格との差

少し前までは「工場を変える」ということの意味は「条件が良くなるから」であった。
ものづくりの基本としてより安く、よりクオリティの高いものを目指して行ったし今もそうだろう、しかし現代は完全にその底を打っている。
工場の数が増えているときはより安い価格で競争が生まれてきただろうしまだ今よりもコストが高かった。
だからより「安く」が成立したのだけれど現在は全く状況が違うのである。

国内工場の数は減少しているので工場側にイニシアチブが移りつつあるし、安くしたいなら他所に行けばいい。と言っても他所はもう残っていないのだ。

もちろん僕たちも法外な値段を取ろうとしているわけではない、物価上昇、人件費の上昇とともにコストを適切家していけば当然ながら価格は上がっていく。
ではなぜ「今まで」は対応できたのか?

それは工場が「赤字を飲み込んでいたから」に他ならない。

うちの母や姉は職人なのだけれど「価格が安くなったら寝る時間を削る」というのが当たり前だった。
「寝る間を惜しんで仕事する」と聞こえはいいが実態はそうではなく値下げ分を無料の労働で補っているだけだ、そしてその都度発注側に「無理を聞いてもらえた」という武勇伝と謎の成功体験を刷り込むことになる。

こうして赤字を飲み込んだ状態のどう考えたって無理な価格が前提で商売をするもんだから工場を変えて適正価格に変わった瞬間に「高い!なんでこんなに高いのか!」と驚いてしまうのだ。

実際に過去に見積もりを出すと価格が3倍近く違うことがよくあった。
その価格で受けている工場の社長さんやメンバーは多分まともな生活をしていないだろうと想像できる。

クオリティの差

クオリティの差という話をすると「クオリティが下がった」と言われることが多い、だが実態は逆であることが多いし盲点だったりするのだけれど、
まず考えてみると「安く大量に低いクオリティの商品」は海外で生産できる。
つまり国内にあった「安くクオリティの低い工場」はどんどんと海外に仕事を取られていくことになるから減っていく。
逆に残っている工場は小ロットで高品質な商品を取り扱う工場に絞られていく。
もちろんまだ国内にも安くやります!って工場はあるだろうけど、それは一定のロットが前提になる。

小ロット生産を生業にする現存する工場の多くは高いクオリティが前提になっているだろう。

その工場に「クオリティは落としていいから安くしてほしい」と言ったらどうなるだろう?
答えは「無理です」なんですよね。

例えば車のように「この値段はシートが革」とか「この値段は自動運転がついている」とかそういう場合は価格と内容を分けてグレーディングすることができる。

しかし職人技の場合それは非常に難しい、なんならクオリティを下げて縫うくらいなら縫いたくない!という工場もあるだろうし、その先にある検品の段階でも低いクオリティで検品することは非常にストレスなのだ。

だから工場を変えるときに「クオリティが下がった」という話もある中で、逆に「クオリティが高いのですが、その分コストも高くてオーバースペックになった」なんて話もあったりする。

今の日本において「中程度の商品を小ロットで」というのは非常に難易度が上がってきているように感じる。


信頼関係


あとはなんと言っても信頼関係の構築だ、そしてその信頼関係は「商談時点」で構築が難しいと思ってしまう場合も多いのだ。

商談するときに「以前の工場はどうされたんですか?」と伺って「前の工場は価格が合わず」とか「廃業されるようで」とお答えいただくことがある。
理由はそれぞれあるだろうけどそもそも工場に発注している価格が適正だったら潰れていないんじゃないか?とか、今から契約しても「価格交渉ありき」で契約するのだと思ってしまうと工場はなかなか契約を前に進めたがらない。

これは服作りだけではないと思うが工場や職人はとても仲間意識が強い、他の工場で起こった苦しいことは自社の苦しいことでもあるし、
それを生み出すお客様とはできる限りお付き合いしないでいようと考える場合もある。

例えば「海外で生産してたけど、国内に戻そうと思って」とか「国内で生産していたけどお歳が理由で辞められるそうで」とかだとスムーズに信頼関係が気づけるかもしれない。

面倒かもしれないが、一言目というのはとても大切なのだ。

工場を切り替えるタイミング


これは間違いなくなるべく早く複数の工場で生産をした方がいい!!である。
コストの合う工場、クオリティが合う工場、確かにお気に入りの工場あるだろう。
しかしそれだけではリスクが高すぎる。

「工場を辞めることにしました」という連絡でブランドの継続ができない状況にならないためにも、絶対に工場は複数社あったほうがいい。

そしてコストに関しても「高い方に合わせていく」ということが重要だ。
今の状況を鑑みて今後材料、人件費、管理コストが「下がる」確率と「上がる」確率どちらが高いだろうか?
間違いなく「上がる確率」である。

革新的なとんでもないことが起こらない限りは(例えば日本のメタンハイドレードが急速に採取できて世界のエネルギー大国に名乗りをあげるとか)限りは物価は上がるだろう。
だからできる限り「無理して安くする工場」ではなく確実に価格を上げた方に合わせていくことをお勧めする。

最後に

安くする努力はもう限界になってきている、そんな中誰かの涙の元に成立する価格構造ではなく持続可能な生産背景を作るために「安くするための努力30%と高く売るための努力70%」で事業を前に進めていければと自分自身も思っている。

それがこれからの時代の、本当にサスティナブルなものづくりだろうと思うのだ。

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