円居挽の犯人当て講座 ​第1回

 本業の〆切もあるので少し間を空けようかと思っていたが、第0回が意外と読まれていたので、このまま第1回分も書いてしまおう。
 鉄は熱い内に打つべし!

 さて、早速犯人当ての書き方に移りたいと思う。まずは犯人当てのプロットを立てよう。極論、これさえ作れれば犯人当ては半分以上できたのと同じだ。
 以下は問題-手がかり-解答だけで構成された簡潔なプロットだ。短いので適当に目を通して欲しい。

例1

・問題

資産家Aが別荘で刺殺された。
検死の結果、現場に残されていた凶器と切り傷から、犯人は左利きであることが解った
事件当時は嵐で内外の往来は断たれており、別荘には招待客であるBと家政婦のCしかいなかった。BもCもAには恨みを持っており、Aを殺す動機は充分にあった。

・手がかり

Bは右利き、Cは左利きである。

・解答

1、Aを刺殺したのは左利きの人間である。
2、容疑者はBとCしかいない。
3、右利きであるBは除外され、左利きであるCだけが犯人の条件を満たす。

 「容疑者二人だけ?」とか「手がかりそれだけ?」とか「そんな答えでいいの?」とか言いたいことは沢山あるだろうが、今回は敢えてシンプルにした(そもそも賢明な犯人なら、容疑者が自分含めて二人しかいない時に殺人はしないだろう)。
 さて、問題編を読んだ読者は事件の情報と手がかりを総合して、容疑者から犯人の資格を持たない者を除外し、犯人候補を絞っていく……この作業を限定と呼ぶ。
 例1のプロットだと読者が利き手という限定条件でBを容疑者から除外し、Cを犯人だと結論づけることを想定している。このぐらいシンプルならまあ間違いはないが、通常プロットは複雑になるにつれ、読者が作者の想定にない結論に到達する可能性がリスクが高くなるので、手がかりなどで上手くコントロールしてやる必要がある(これについてはまたいずれ書く)。
 プロットができたのなら、あとはそれを小説として書き起こすだけだ。解決に必要な情報が問題編に過不足なく盛り込まれており、解答編で全てが説明しつくされていれば小説としての巧拙はさほど重要ではない。
 まあ、いきなり自分で犯人当てを書ける気がしないというのであれば、例1から犯人当てを書き起こすのも良いだろう(多分、合わせて原稿用紙10枚もいかないと思うが)。
 基本はこんな感じで、少し慣れたら限定条件と容疑者を増やす。例えば容疑者は5人前後、問題編は35枚から50枚、解答編は15枚から20枚を一つの目安にするといいだろう。
 さあ、君だけの最強の犯人当てを書こう!

 ……で済めばこんな講座は不要だ(そもそも最強の犯人当てについてまだ説明していない)。
 さて、ここまで読んで「いきなり限定なんて思いつきません!」と感じたあなたは正しい。それが普通の反応だ。
 ここでプロとアマの差が大きく出る。プロの作家は基本的な限定条件はだいたい知っているし、その上で斬新な限定条件はないかと探していたりもする(斬新な限定条件は作品に付加価値を与えることがあるからだ)。
 ただ、斬新な限定条件なんてそうそう見つかるものではないし、ウェルメイドな犯人当てを書く上ではそうまでしてこだわる必要はないのである。それに限定条件のバリエーションが思いつかないというのであれば、ある程度犯人当てやミステリを読みこなすことで増やすことができる。
 何より重要なのは……犯人当ての面白さは限定条件だけで決まるものじゃないということだ。実のところ、「犯人は左利きだった」程度のベタな限定条件でもそれなりのものは書ける。
 例1を具体的にどう発展させればよいのかという答えも兼ねて、新しい例を挙げてみる。

例2

・問題

資産家Aが別荘で刺殺された。
検死の結果、現場に残されていた凶器と切り傷から、犯人は左利きであることが解った。
事件当時は嵐で内外の往来は断たれており、別荘には招待客であるB、C、Dと家政婦のE、Fしかいなかった。B~FはAに恨みを持っており、Aを殺す動機は充分にあった。

・手がかり

B~Eは右利き、Fは左利きである。

・解答

1、Aを刺殺したのは左利きの人間である。
2、容疑者はB~Fの5人。
3、右利きであるB~Eは除外され、左利きであるFだけが犯人の条件を満たす。

 このプロットを読んだあなたは「バレバレだ!」「雑過ぎる!」と思った筈だ(自分でもそう思う)。その通り、このように一つの限定条件で犯人を完全に限定できてしまうことを古巣のミステリ研では一発限定と呼んでおり、「大味であまり面白くない」という意味合いを伴って使われることが多い。
 だが、ここで思い出して欲しい。例2はあくまでプロットなのだということを。
 例2を犯人当てとして書き起こす際に、「Aは右利き」「Bは右利き」と手がかりを馬鹿正直に書かなければいけない決まりはない。むしろ、手がかりだと悟られないようにそっと書くべきだ。
 せっかく資産家の別荘で人が集まるのだ。おそらくは皆で集まって食事をしたり、遊戯に興じたりするだろう。そうしたシーンを描くついでに容疑者たちの利き手の情報をさりげなく紛れ込ませればいい。
 これなら限定条件は一種類でも読者は五人分の利き手の情報を能動的に集めなければならない。もし手がかりを探す楽しみで読者を満足させることができたなら、一発限定であっても良い犯人当てだと思う。
 これが限定条件そのものにこだわらずに面白くする方法の一例だ。ただ、これもいきなりはできない人もいると思う。
 なのでもう一例、例2とは別の方向性の発展のさせかたを紹介しよう。

例3

・問題

資産家Aが別荘で刺殺された。
検死の結果、現場に残されていた凶器と切り傷から、犯人は左利きであることが解った。
死亡推定時刻は午後10時から11時。
事件当時は嵐で内外の往来は断たれており、別荘には招待客であるB、C、Dと家政婦のE、Fしかいなかった。B~FはAに恨みを持っており、Aを殺す動機は充分にあった。

・手がかり

C、D、Eは右利き、BとFは左利きである。
10時から11時にかけてのアリバイが成立している容疑者はC、Fだけである。

・解答

1、Aを刺殺したのは左利きの人間である。
2、Aを刺殺できたのは午後10時から11時のアリバイがない人間である。
3、容疑者はB~Fの5人。
4、右利きであるC、D、Eは除外され、左利きであるBとFが犯人の条件を満たす。
5、2から午後10時から11時のアリバイが成立しているFは除外され、アリバイのないBだけが犯人の条件を満たす。

 このように限定条件をたった一つ増やすだけで割といい感じに複雑になる。例2で挙げたように手がかりを隠すのが苦手な人にもオススメだ。
 というわけで、ありふれた材料でてっとり早くウェルメイドな犯人当てを書く方法は二つ。手がかりの隠し方に凝るか、限定条件を一つ増やすかだ(つまり、犯人当てを読む際は作者がどこに工夫を凝らしたのかを見極めればよいという話なのだが)。

 いかがだったろうか。なんだか犯人当てが書けそうな気がしてこないだろうか?
 本当は例3の応用テクニックなどを紹介するつもりだったのだが、一記事の長さは原稿用紙10枚程度にしておきたいので次回へ。
 正直、書いてるこちらも手探りでやっているので、何がどこまで通じているのか解らない。まさか第0回にのべ400人も閲覧者が来るとは思っていなかった。
 というわけで「このステップをもっと詳細に書け」「ネタの作り方から教えろ」など、何か意見があればコメント欄まで。
 ちなみに第0回には特にコメントがついていなかったので、コメントがあると案外拾うかもしれない。

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