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家族もどるも、帰らずを知る R20107

「今度料理をおしえてよ、麻婆豆腐くらいしか作れないんだ」とぼく。

「じゃ、まーぼーどーふ、作っておいてよ」とカミさん。

少しでも話題を作ろうとし、口から出たのは麻婆豆腐の話だったが、それでも前向きな反応(ぼくにはそう思えた)がもらえたのは嬉しかったのだ。

記念すべき令和2年の1月から、家族がアパートにもどってくるということになり、初日はとりあえず夕食をぼくが担当することになったと思い込んでいた。

素敵な勘違い。

そして見事に期待は裏切られる。

確かに連絡はなかったが、数日前の会話の内容を信じて、甘口の麻婆豆腐をつくり、米を炊いて待っていたぼく。

カミさんが二人の子供を連れて(一人はすでに眠っていた)戻ってきたのは午後10時過ぎのこと。

倅が「お父さんはもうごはん食べたんだよね」といい

「食べたんでしょ」とカミさんが悪気もなくかぶせる。

「今日は練習に行くことになったんだ」とさらに。

カミさんとぼくの共通の趣味であるモダンダンスの練習が、隣町で、今日から始まるという情報は確かに知っていた。

まさか、そこに直行していたとは。

そんなことを考えているぼくを、まるでいない人のようにふるまうカミさんはそのまま倅と娘を布団に寝かせている。

リビングでお茶をのんでいるぼくに、話をしてきたカミさん。

「これからガソリン入れて買い物してくる。すぐ帰ってくるから。」

「ああ、わかったよ」とぼく。

そういうことか。二つのことをぼくは考えた。

ひとつ、この人はまったく変わっていない。むしろ、さらに強くなっている。ぼくにとって悪いほうに。

「すぐ帰ってくる」と言って明け方になるのはザラだったのだ。それがケンカの原因だったというのに。

ふたつ、(わかっていたことだが)親に言われてしかたなく、ぼくのアパートに戻ってきただけだ。

自ら望んで来たわけではない。

「買い物にいくから食費を」と、金を受け取りそのまま出ていった。

さて、今夜の 『すぐ』 はいったい何時間になるのか。すでに午前1時を回っている。

おそらくは、例のアイツが、どこかの駐車場でまってるんだろう。

でなくとも、通話やLINEで盛り上がっているはずだ。

最初から100%の期待を持っていなかったのか、

耐性ができてきたのか、

わりとぼくは冷静だ。あきれてはいるが。

どこか、もうあきらめているのだろうか。

おそらく何の悪気もなく、カミさんは帰ってくる。

もはや、誰の言うことも聞かないこの人を

ぼくはどうすればいいのか、わからないままだ。

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