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非常停止ボタンは迷わず押したい

 先日、山手線で財布を落とした客が非常停止ボタンを押したらしい。そして、その客に対応していた駅員の言動が問題ではないか、と話題になっていた。
 非常停止ボタンを押した客が動画を撮っており、ネット上にあげられていたのを拝見したので、感想でも書こうかなと思う。


 JR側の発表によると、客が落とした財布を拾おうとして線路に降りようとするのを繰り返した末に、非常停止ボタンを押したそうだ。ちなみに、ボタンが押される前には駅員が既に対応していた。その対応が遅いことに腹を立ててボタンを押したとみられるようだ。
 結果、山手線は遅延が10分ほど発生したそうだ。

 さて、私が取り上げたいのはタイトルの通り、非常停止ボタンのその取扱いについてだ。
 ネット上では、今回の件は客が完全に悪いので損害賠償などを請求するべき。でないと、悪しき前例となって模倣犯が出てしまう、などの意見が見受けられた。が、どうだろうか。それが正しいのだろうか。


 まず、駅員と客の行動についての私の見解を述べよう。

 駅員に関しては、不適切な言動には間違いない。あの場で怒りをあらわにする必要性は皆無だ。だが、行動自体は駅員としての職務を果たそうとしていると見えるし、おそらく線路への落下物への対応マニュアル的にも問題はなかったのだと思われる。
 ただし、この駅員の発言の中で個人的に看過出来ないものがあった。それは「誰が悪いか言ってみろ(財布を落としたのはお前だろ、だからお前が悪いだろ)」というくだりだ。その後にカメラで確認するという旨を発言していることから、この時点では客が意図的に財布を落としたかどうかまでは判断できていないにも関わらず、落としたこと自体を悪いと断定してしまっている。財布を誤って落としてしまったとするなら、その時点ではそこに悪意はなく遅延も発生していないのだから、財布を落としたこと自体に責任を求めることは出来ないはずなのに、だ。この論調で行くと、線路に誤ってものを落としただけで悪者認定されてしまうようで、非常に居心地が悪い。

 次に客に関しては、駅員に線路に財布を落としたことを告げている時点で、その後の行動の全ては越権行為であると考えている。もちろん、非常停止ボタンを駅員が側にいるのに押したこともだ。

 以上より、客が非常停止ボタンを押さなければ駅員があのように怒ることもなかったであろうし、この状況において悪いのはどう考えても客である。


 しかし、ここで注意が必要だ。ネット上の意見を見ていると、非常停止ボタンを押したことと電車が遅延することをイコールで直に結びつけている人が多かった。が、これは違う。
 正確にはこうであると考える。

「非常停止ボタンが押される」

「安全確認をする」

「(結果的に)遅延する」

 というよりも、こうでなくてはいけないのだ。非常停止ボタンが押されるのは、人が線路内に立ち入ったときや、電車の運行に支障をきたす恐れのあるものが落下した時など、安全確保とその確認を目的として押されるためのもののはずだ。
 では、安全が確保されていない状態とはどういうことか。これを正確に判断できるのは駅員たちだけだ。客であるわけがない。

 今回落ちたのは財布だ。
 客は、財布が線路上に落ちていても事故が100%起きないと断言できるだろうか。電車は過去の事例より、置き石で脱線することもあるという認識でいる人も多いと思う。もちろん、速度やその他の条件もあろうが、そんな細かいことを客は知らないだろう。少なくとも私は知らない。
 常識的に考えて大丈夫、という判断を下すといっても、そうならなかった時に誰が責任をとれるだろう。
 今回のケースで言えば、客は財布を線路に落としたことを認知している。つまり、安全の確保が出来ていないと判断する事は出来る。そのため、安全に問題が無いかを判断する駅員が側にいなければ、その場ですぐに非常停止ボタンを押してもよいはずである。理屈の上では。

 だが、実際には駅員に先に依頼していた。その時点であらゆる責任は客から離れるのだ。そして駅員は電車を停止させる必要なく、安全確保しながら落下物を回収するという判断をしたのだろう。当然、客はそれに従わなくてはいけなかった。が、それを守らずに非常停止ボタンを押すという行動に出たわけだ。

 一番問題のある行動は、この駅員の指示に従わなかったことであり、非常停止ボタンを押したこと自体ではない。ましてや、遅延を発生させたことでもない。ここを勘違いしないでほしいと思う。つまり私が言いたいのは、この客が悪いのは間違いないが、それと非常停止ボタンとを結びつけるのはやめてほしいということだ。だから、遅延による損害賠償請求などは絶対にしてほしくない。


 非常停止ボタンは命を守るためのものだ。必要に迫られた(と思ったとき)は躊躇なく押さなくてはいけない。しかし、こういった「非常停止ボタンを押すこと=遅延を発生させること=悪いこと」という認識を与えてしまうような報道や世論が生まれると、「女性への救急救命処置は後で訴えられるから行わない」といったような、残念な方向へと意識が進んでしまいかねない。これだけは防がなくてはいけないのだ。


 確かにこの客の自分勝手さには呆れるところはあるし、実害を被った方も多くいるだろう。しかしそれでも、我々の住みよい社会を維持するためにも、一時の感情に流されずに長い目で見て物事を判断していきたいと、私は考える。

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