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【1000文字雑文】落とし穴

ひたすら落とし穴を埋めるべく手を動かし続ける。土をすくい上げ放る。ところが穴は底なしなようで終わりは見えない。とおせんぼする落とし穴。道はここだけではない。とおまわりをすればいい。私はひたすら手を動かしている。かつては私以外にも手を動かすものはいた。だが皆諦めていった。底なしのこの落とし穴に落ちていくものもいた。やがて誰もよりつかなくなったこの穴を前にして私はひたすら手を動かしている。この道の向こうに何があるのかは知らない。他のものはもしかしたらとおまわりしてたどり着いたのかもしれない。ある時私は気付いた。穴の奥深くで蠢くものがいた。より深くへと掘り続けるものがいることを確認した。埋まらない穴。それは私の手の動きに呼応している。手を止めれば向こうも止める。動かせば向こうも動かす。私の背後に新しいものがやってきた。もう諦めてしまおうと言っている。他の道もあるのだからここにこだわる必要もないと言う。そう言い残し消えていった。この道の向こうに苦労してでも手に入れたいものがあるのだろうか。最初は皆それを信じていた。だから穴を埋めようとしていた。他ならぬ私がそうだった。私はまだ手を動かしている。この道の向こうに何もないと決めてしまったらこの穴はどうなるだろうか。きっと誰もこの穴を認識しなくなる。穴があるから進めないと考えるものはいなくなる。進むべき道がないから穴の存在など認識しなくなる。私はまだ手を動かしている。橋をかけてはどうだろうか。大きな橋で穴を超えていけばどうだろうか。穴の向こうにあるものだけを手に入れることはできるだろうか。あるいは出来るかもしれない。そんな声が私の頭の中からきこえてくる。そこに意味はあるのだろうか。私はまだ手を動かしている。この深い穴の奥底にいるなにものかは何故穴を掘り続けるのだろうか。私は手を止めた。あるいは違うのかもしれない。穴を掘っているのはこの私自身だとも言い換えられる。私は手を止めている。穴は深くはならない。私が手を動かすと穴は深くなる。私は手を止める。眼は開いたまま。ひとたび目蓋を閉じてしまうとその穴が消えてしまう気がした。私はこの穴が嫌いになった。それでも私は手を動かしている。私はこの穴が嫌いだと言える私を好いている。私自身を好かせてくれるこの穴のことが私は好きになった。私は手を動かしている。底なしの落とし穴。どこまでも。いつまでも。


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