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【詩】非常線

ベビー・ドール、いつものように目を大きく見開き、本棚の上で壁に寄りかかっている。
S、無言の視線を感じ、そちらに目を向ける。
S 己と対話したいのか。
B ……。
S 一説によるので定かではない故聞きたいのだが、おまえはジャボ*1にすがれる者に来たるものか、あるいはインフェルノ*2の遣いか?
B どちらでもない。
   B、にやりと笑う。
B おまえは何者だ。
S 己はサニティー(正気)、いわばこの肉体を持つ主人を守ってきた監督者だ。
B だが、おまえの主人はジャボに会いたがっていたことがあるぞ。
S それを制御することなどが、まさに己の仕事の一つである。
B さて、それはどうかな。そこの水を摂れ。
   B、無言の視線を送る。
S これを飲んだらどうなる?
B おまえが本当に主人を守れるだけの器があるのか試すだけだ。
   S、水を一気に飲み干す。
B さて、こういう人間もいる。ねずみの死と人間の死は何ら変わらないのだと。おまえの主人も、そういう考えではあるまいか?
S そうらしい。レゾン*3に依るところだ。しかし己はねずみには己の仲間は仕えないと考えるが。
   B、ため息をついて、
B レゾンとやらもどこまで信用できたものか。おまえの主人は物書きで、しかも天才が備わっていれば、と切に願っている。そのことが、おまえに己を引き合わせたということが、わからないのか。
S 己もそれほど愚かではない。おまえが何者なのかが、ようやくわかったぞ。しかし、今となっては主人が物書きを続けるのを支えるのが……しかも、___の声が聞こえた気がする。空耳か?
B 先のは、荒廃の水だ。
S おまえは……
   S、ろれつが回らないことに地団駄を踏むと同時に、Bにぼんやりと感謝し始める。
B さあ、行くがよい。これからは苦しまずに済むのだ。全ては主人の意志に導かれたトレードだということは、もうわかっているな。だがいつの日かもし戻ってきたくなったとしても、実際に戻ってこられるのはおよそ3割だとさ。
   Sとレゾン、その肉体、とぼとぼと光のさす方へ歩いて行く。
   B、片腕をねずみにかじられ、壁に寄りかかり、目を見開いて薄笑いをうかべている。

*1 ジャボ  ポルトガル語で、悪魔の意
*2 インフェルノ  地獄
*3 レゾン  フランス語で、理性の意

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