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変な人がやっている変なスーパー

 規模の拡大と効率化を推進することに躍起となっている食品スーパー業界ですが、不振企業が続出しています。一方で、個店経営を掲げ、売場の人員を増やし、品揃えと売り方で「変な動き」をしている食品スーパーが好調です。

 一橋ビジネススクール特任教授・楠木建氏の著作「ストーリーとしての競争戦略」は「変なスーパー」を理論的に解説してくれます。

 楠木教授は、優れた戦略とは、ストーリーがある戦略だと言います。思わず人に話したくなるような面白いスト―リーがある戦略こそ素晴らしいのです。要約すると、ピンポイントで見れば「バカ」な行動が、全体像を描くストーリーを聴いてみると「なるほど」ともっと詳しく知りたくなるのが優れた戦略だそうです。

 楠木教授は「バカなる」ことが「ストーリーとしての競争戦略」の核で、業界の動きとは変わった動きをする「変な」企業になることが長期利益を獲得できると説きます。

 サッカー日本代表の中田英寿選手は敵地の誰もいないスペースにスルーパスを出します。そのパスを必死になって追いかけてゴール前にセンタリングし、その地点で待っていたかのような味方がピッチに現れて、目の覚めるようなシュートします。相手を死に至らしめるから「キラーパス」と呼ばれるそうです。

 味方が取れないパスをだすと、中田選手には批判が殺到します。「追いつけもしないパスを出して中田は何を考えているんだ」と。ストイコビッチやジーコだって、相手のレベルに合わせた取りやすいパスを出していると中田選手をなじります。

 しかし、海外勢が緩いパスを出しているから、自分たちも緩いパスでいいんだという発想では、日本のサッカーは永遠に海外勢に勝てないでしょう。中田選手がスルーパスを出す瞬間に、受け取る場所を察知する能力、その場所に全速力で駆けつける脚力、ボールを受けたら切り返してセンタリングを打つ体幹力を鍛えればよいのです。さすれば、スルーパスが「キラーパス」になって日本サッカーの武器になるのです。

 楠木教授によると「キラーパス」は賢者の盲点を突くものだと言います。

 ほとんどのスーパーマーケット経営者は、規模を拡大すること、効率化して経費を削減することが長期的利益を得ることだと妄信しています。年商1,000億円と年商3,000億円では仕入原価が異なります。

 仕入原価が異なると言っても、異なるのはナショナルブランド(NB)だけで、御当地ブランドなどは逆に規模が大きくなるほど入手困難になります。プライベートブランド(PB)は増えるかもしれませんが、年々PBは売れなくなっています。規模が大きくないとネットスーパーへの投資が遅れるという識者がいますが、そもそもネットスーパーなどビジネスモデルが崩壊し、大量撤退が始まっているのです。

 本部一括仕入れ、生鮮のセンター化、自動発注、セルフレジ、効率化できることは何でも効率化します。しかし、経費の削減以上に売上げダウンの方が大きいのです。経費は削減できても売上げが減っているので経費率は上昇します。年商1,000億円の時代には粗利益率が20%でよかったものが、3,000億円になったとたんに30%必要となるのです。

 規模の拡大、効率化は誰もが考えつくことです。誰もが考えつくことだから、同質化競争となり、業界全体が儲からなくなってしまったのです。

 スーパー業界では、「変な動き」をしているスーパーがあります。オオゼキ(東京都)では、個店主義を掲げ、鮮魚部門では、全店舗のチーフが毎朝豊洲市場に集結し、各々が仕入れを行っています。現地で現物を見ることによって、いくらで売るか、どうやって売るか、誰が買ってくれそうかなどインスピレーションが湧くのです。

 愛知県東三河エリアと静岡県浜松エリアに店舗展開するクックマートでは、各店舗に100名のパートタイマーを配置しているそうです。クックマートの売場面積は300坪、年商は25億円です。1店舗100名のパートタイマーの配置は、同規模のスーパーの3倍です。

 HPによると、「食品スーパーの機械化・効率化が進む中、クックマートでは他社の何倍もの人が関わり、無駄や非効率なことも行っています。なぜなら効率一辺倒では楽しさや価値が生まれることはないからです。そしてどんなに機械化が進んでも人間の内面からあふれるモチベーションや創造力にしかできないことがあると信じているからです」とあります。

 人間の親切や明るさが感動を生み、感動がリピートを生み出します。リピート客は客数増の直結するのです。

 クックマートの店頭では、従業員(スタッフ)とお客が笑顔で会話する場面にたびたび出くわします。買い物かごは満杯で、満杯の買い物かごをサッカー台まで運んでくれるスタッフもいます。スタッフもお客も笑顔です。結果として、楽しさや価値がある売場では買上げ点数が増えます。

 売上げは、客数と買上げ点数に依存します。効率化一辺倒でコスト削減するよりも、売場の人員を増やすことにより、WTP(Willingness To Pay:支払いたいと思う水準)が高まり、利益は極大化するのです。

 さらに、人間の内面からあふれるモチベーションや想像力は、喜びがお客との間に行ったり来たりすることでますます強化されます。人間の内面からあふれるモチベーションと想像力は「永久機関」なのです。

 同じく愛知県豊橋市に本社を置くサンヨネでは、5店舗で鮮魚部員は80名だと言います。1店舗当たり16人です。

 鮮魚部門の労働分配率は60%を超えるスーパーがほとんどです。そのため、人員を削減します。すると売場はセンター経由の刺身と切身、塩干と冷凍魚が主体の魅力のない売場となってしまうのです。

 1店舗当たり16人の鮮魚部員がいると、対面コーナーに4名、切り手に8名、詰め物に4名配置できます。4kgサイズの養殖ブリを1日50本おろし、冷凍鮭を1日200kg切身にするなどスキルとセンスのある担当者を養成すると月商は1億円売れるはずです。

 当初労働分配率が80%であっても時間の経過とともに、担当者のスキルとセンスが向上するとともに、お客の喜びが感動となってWTPが高まるのです。労働分配率は、80%→60%と下がっていきます。月商1億円であれば、労働分配率が60%でも利益が溢れ出ます。

 オオゼキにとって「個店主義」が「キラーパス」なのです。クックマート、サンヨネでは、「効率化しない」ことがキラーパスだったのです。

 「もっと儲かる方法があるのに」とバカにされながらも、「あの店変だ」と笑われようが、「変な人がやっている、変なスーパーです」堂々と胸を張って笑顔で動き回るのです。それが我々地方スーパーの「ストーリーとしての競争戦略」です。


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