水色の国 〈散文詩〉

 

 水仙の花がひらくときを世界は知らない。

 それは、行方知れずの恩寵。それは、どこにも入り口のない城。それは、高い塔のうえから、海をはるかに望む、古代からある幻想としての。
 いつからか、わたしたちの心は湖の底にあって、呼吸を止めたまま。今はまだ目をとじて、待っている。波間に貝の舟を浮かべて、風たちは時をつくる。それだけしか、することがないから。わたしは階段を降りよう。何もかもが水に落ちてしまう。どんな季節もそれを遠ざけることはできない。ひとつひとつ、物語を辿っていたはずの者たちは、冷たく揺れている。何度も何度も、同じ夢が、繰り返される。音を立てずにあらわれる鬼火や、星や、まだ名づけられていない光。カーテンを引いて、眠りにつく。それでもなお、重力によって、この世界につなぎとめられていることを知る。

 そして、世界はまだ、水仙の花がひらくときを知らない。いつだったか、水に濡れる花弁のすがたを見い出したのは。忘れられた死者たちよ。


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