ハルキ

小説 文学

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宛先は君に 2021年7月27日

2021年7月27日  何の予定も、目的も持たず、ただ一つの憶測、しかしそれは確信に近いものを持って僕は外へと繰り出す。家の中にいても、彼女と会うことはできないんだからね。  それは嘘か本当なのか、まだ完全に昇り切っていない太陽の光を受けて、僕の目に眩しく映る彼女の姿を留めたのはやはりあの場所だった。川のせせらぎが心地よく耳を浸し、木漏れ日の下草に寝転がって、枝と枝の間に広がる青空を覗けるあの場所だ。彼女は黒のキャップを深く被って、ジーンズに白のTシャツというシンプルな格好

    • 宛先は君に 2021年7月26日

      2021年7月26日  まるで全てから解き放たれる、そんな幸運に僕は巡り合うことが出来たのだ。君も笑ってしまうだろ。ついこないだまでの僕は、壊滅的に打ちひしがれ、何にも手が付かないほどだったのにね。  夏がやって来て町に休暇を過ごしにやって来る人も増えてきた。散歩がてらに午前中、ぶらぶら通りを歩いていると、スマホを手にして、あちこち見渡している女性を見つけた。大きなキャリーバッグを引いてることからも、彼女が旅行客であることは明らかだった。彼女は僕を見つけるなり、サングラスを

      • 宛先は君に 2021年7月20日

        2021年7月20日  耐えがたい不安に襲われる。突然降りだした雨が地面を強く叩きつけ、空高くに豊潤な匂いをたっぷりと漂わせている。洗われた通りは街灯の明かりをキラキラと反射させている。ああ、こんなものは僕の心に届かない。僕の魂はこの自然を受け入れることが出来ないのだ。僕の心情をこの目に映すのなら、今、町は大きな嵐に襲われ、僕がいるこの部屋は海の上にいる。冷たい風を頬に受け、肩を震わせる。甲板には誰がいる?誰が僕の肩に手を掛け、優しい言葉を降ろしてくれるの?僕の胸ポケットに

        • 宛先は君に 2021年7月16日

          2021年7月16日  つまるところ、僕らはどんな答えを導いたとしてもそれは正解だと、断定できるものはなく、現時点で導き出した答えというだけに過ぎない。だが、どこかに本当のものがあるはずで、それを追い求めることが人生なのだ。  魔法のような夕暮れ時に、外へと飛び出し、ただ目的もなく歩いていく。今日はりかと佐和子さんと、三人で散歩をした。それはとても有意義な時間だったが、しかし、その後部屋に戻り、りかと二人になるとある現実が僕らに重く圧し掛かった。 「ねえ、私たちはいつまでこ

        宛先は君に 2021年7月27日

          宛先は君に 2021年7月15日

          2021年7月15日  騒がしい、東京からの若い客人たちは、町に喧騒だけを持ってきて、嵐のようにすぐ去ってしまう。リンさんたちのバーに押し寄せて、僕らの居場所を奪ったと思えば、砂浜ではテントの下でゆっくり本を読んだり、音楽を聴く静かな空間までも、彼らは簒奪するのだ。そして居場所のなくなった僕らは、どこに行けばいいのか分からず、彷徨った挙句、自転車を漕いでは決して登りきることのできない坂道の上にある、小屋を見つける幸運に巡り合った。まさに不幸中の幸いだね。リンさんにあれは何か

          宛先は君に 2021年7月15日

          宛先は君に 2021年7月3日

          2021年7月3日  ウェルテルが自殺の代名詞のような扱いを受けていることに、心底僕は絶えられない。彼ほど、生きることに純真で、それを願った人はいないというのに。  こないだの文章で、僕はウェルテルの名前を突然出してしまったね。ウェルテルは当然、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』の主人公のことだ。僕は学生時代、ゲーテの偉大な傑作に情熱を注ぎ込み、そのためには、図書館で鞄を重くする本を何冊も借りては読み、辞書を拡げて、ドイツ語と格闘したものだ。その実りは僕に何を与えた? 確かに

          宛先は君に 2021年7月3日

          宛先は君に 2021年6月30日

          2021年6月30日  執筆が進み、それは良いことなんだが、それに応じるように僕の苦しみが再燃してきている。ああ、辛いことを思いだしてしまったんだ。しかもそれは、夜に、眠りを通して僕を襲ってきたんだ。  僕がまだ、この狂った社会に馴染もうと努力をしていた時のことだ。いわゆる就活というものに真面目に取り組み、自分を社会にの一員に、毎年のように循環されていく、スペースの中に自分を押し込もうと、ああ、自分の形を変えてまでだ。長年の間、一生懸命、それを形成してきたというのに。  あ

          宛先は君に 2021年6月30日

          宛先は君に 2021年6月28日

          2021年6月28日  夜の間降り続けた雨は、朝の到来とともに止んだみたいだ。服を着替え、外に出てみると、雨に濡れた下草が特有のにおいを立ち込めさせて、靴底を濡らした。門に続く歩道まで行くと、どこから来たのかも分からないミミズが這って移動していた。ああ、なぜだか分からないが、僕は少しだけそれに自分の感情を重ねてしまう。僕はどこからきて、どうしてこんなところにやって来てしまったのだろうかと。  せっかく雨が止んだというのに、りかはその気分に変化は起きないと言って、部屋から出よ

          宛先は君に 2021年6月28日

          宛先は君に 2021年6月23日

          2021年6月23日  僕はもう一度、自分の人生を取り戻し、幸福な日々を歩まなければいけない。それには何が必要だって言うんだ。この薬はもう捨ててしまいたい。この薬は僕の一時的な不安しか消し去ってくれない。それでも、この場所まで持ってきてしまった。逡巡を重ね、僕はこのカプセルに詰まった薬を抽斗の中に鍵をかけてしまっておくことは出来なかったんだ。    ああ、時間が経てば、大きな波に飲み込まれ、身動きが取れなくなるんだ。それが黒い大きな物体である時もある。僕を一瞬で取り囲み、呼

          宛先は君に 2021年6月23日

          宛先は君に 2021年6月22日

          2021年6月21日  目覚めるとふと、川の流れに身を浸したくなる。そうすればいつか行き着く先で、清らかに洗われた僕を陸地まで引き上げてくれる存在に出会えるんだ。

          宛先は君に 2021年6月22日

          宛先は君に 2021年6月21日

          2021年6月21日  朝目を覚まし朗らかな気分でいられる。こんな気分はいつ以来だろう。  支配されたアルゴリズムの街から離れ、僕とりかはただ二人で近くの川まで漕いだ分だけ進む自転車に乗って、自然という、人間が与えるものを受け取ることの出来ない僕らに関係なく届けてくれる美しさを享受しに出掛ける。日焼けした手足を半袖と短パンで仰々しく露出したジンさんと、黄色のワンピースに白い肌、麦わら帽子を深く被って、日差しを避けるリンさんがピクニック気分でパンを紙袋に詰めてやって来るのが、

          宛先は君に 2021年6月21日

          宛先は君に 2021年6月16日

          2021年6月16日  日々は疾風怒濤のように過ぎ去っていった。この十日間で自分の身に起こったあれこれを話すとしよう。そうじゃなきゃ、君には何のことだか分からないだろうからね。  まず、バーを経営する兄妹のところに次の日の午前中、すぐに向かった。お店は楽器を演奏できる小さなステージ、テーブル席、カウンター席があって、想像していたよりも立派なものだった。二人には悪いんだけど、僕はもっとこじんまりとしたものを想像していたんだよ。僕がお店の扉を開けると、妹のリンさんが出迎えてくれ

          宛先は君に 2021年6月16日

          宛先は君に 2021年6月6日

          2021年6月6日  僕はここに来れてよかった。やっぱり、身体ごと囚われた場所から移動するのが正解だったんだ。僕は精神だけの離脱で全てが済むと勘違いしていた。この決断は正しいものだったと確信している。  今日、遂に僕は離れを飛び出し、三人で食事を囲んだ。久しぶりに面と向かって話すと感激が襲った。それほど、この一週間は退屈なものだったんだ。もし、コロナに罹患したら、もっと孤独で、最悪死の恐怖が襲うと思うとゾッとするよ。特に初期に罹った人の恐怖は、想像するだけで震えるよ。無知ほ

          宛先は君に 2021年6月6日

          宛先は君に 2021年5月29日

          2021年5月29日  朝 電車内 書き起こしを始める。 「二人の名前は?」 「小島裕樹、8歳です。小学三年生」 「小島昌子、祐樹の母です」 「祐樹くん、君には夢はある?」 「サッカー選手」 「へー。ポジションはどこ?」 「ミッドフィルダー」 「それは攻撃的?守備的?」 「うーん。どっちもやるけど、好きなのは攻撃」 「得点とアシストは?」 「アシストする方が好き」 「好きなサッカー選手は?」 「モドリッチ。レアルが好きなんだ」 「マドリーが好きなんだね。じゃあ、将来の夢はレ

          宛先は君に 2021年5月29日

          宛先は君に 2021年5月28日

          2021年5月28日  人垣を作る紛い物の言葉に何の価値があるというのだろう。そんな声を聞くたびに胸糞悪くなる。誰もが真実の言葉を話すようになればいいのにと願う。  午後八時過ぎに電話のベルが鳴った。この家にかけられた電話のベルで、僕は取るべきか一瞬迷ったが、取るだけ取って相手次第で切れば構わないと思い、おずおずと受話器を握った。電話の相手は佐和子さんだった。内容は僕も別荘の方に遊びに来ないかとの提案だった。ワクチンをうってからにしようと思っていたが、来てから離れで数日間待

          宛先は君に 2021年5月28日

          宛先は君に 2021年5月20日

          2021年5月20日  僕はいつだって約束を守れない人間だな。書こうと思っていたことは明日に任せるとか意気揚々に言ってみてもこうやって反故にしてしまうんだからね。まあ、そんなふうに生きていて、それは悩ますことでもあるけれど、仕方がないって我慢するしかないよね。僕を動かす活動力は、時々消極的になるし、それは自然のようにコントロールできないものなんだから。  書こうと思っていたことは決意なるものであったが、この空いた少しの期間でそれは行動と変わった。こないだ、佳穂さんと行った公

          宛先は君に 2021年5月20日