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夜気が好きだ

9月最後の晩だというのに、2階の寝室はムッとするほど熱気が篭っていた。暑いと寝苦しいので、クーラーを入れる。翌日から10月とは到底思えない。

昨晩はそう思って寝床に入ったが、10月に入った今日、こだぬきずと連れ立って2階に上がると昨日までとは部屋の空気が全く違う。熱気がない。

窓を開けると、外からヒソーっと冷たい夜の空気が入って来た。

「涼しいなあ」こだぬきらも昨日までと違う空気を敏感に感じ取る。

あぁようやっと季節が変わるようだ。こだぬきずが寝入るまでは窓を開けていようと思う。風はないが、夜気がしっかり室内に入り込み、足元は寒いくらい。

まだ活躍している夏布団を足元にかけ、顔は夜気にあたるようにして、暗い寝室で横になる。たぬきちは夜気が好きだ。寒くなりすぎると窓も開けていられないので、今から本格的に冬が訪れるまでの短い期間だけ味わえるお楽しみのようなもの。

たぬきちの住む地域は空港にほど近く、窓を開けると、ひっきりなしに通る飛行機の轟音が凄まじい。最寄りの駅の電車よりも、飛行機の通る数の方が多いくらいだ。

住宅街のため、21時までに飛行を終えねばと、駆け込むように飛行機が頭上を通り過ぎる。

「うるさくて寝られない」こだぬきずが文句を垂れるが、幼子の眠気が飛行機などに負けるはずもなく、ほどなくして2人の寝息が交互に聞こえる。

21時を超えようやく静かになると、今度は高速を走る車の音が聞こえ出す。実は高速道路の高架も近い。

それでも、騒音対策で高い塀で覆われているので、日中はそんなに気にならない。静まった夜にはどうしても、高速を走る車の音がよく聞こえる。

幸いなことに、たぬきちはこの音が嫌いではない。高速を駆ける車のエンジン音は、たぬきちにとって幸福な思い出に繋がっている。

たぬきちのせっかちな父、父きちのせっかちズムのおかげで、幼い頃の我が家の旅行の出発はたいてい夜間であった。寝巻きに着替え、毛布を抱え、姉妹で車の後部座席に寝転がる。夜中寝ながら目的地まで移動する。

旅行が始まる特別な感情と心地いい車の振動。夢うつつで聞いた高速道路を走る車両の音。本来なら騒音であるはずのエンジン音が幸福感に結びついているとはなんともおめでたい話。

騒音と言えば、秋の夜長を鳴き通す虫の音も西欧人(ポリネシア人は日本人と一緒)には工事現場の騒音と同じように聞こえるというのは有名な話(日本人の脳/角田忠信)。

日本人は虫の音を左脳で処理し、西欧人は右脳で処理することから、日本人は虫の音を「虫の声」として聞いているんだとか。

角田氏によると、実際には日本語を母国語としている人の脳では左脳で処理されるとのことで、西欧人であっても母国語を日本語とする人は同じく、虫の音は「虫の声」になるそうだ。日本語の特殊性によるうんぬんかんぬん。もちろん虫の声も好きだ。

ブランド物を欲しがるでもなく、美食家でもなく、着飾ることも無く、夜遊びするでなく、ただ夜気が好きで、高速道路から聞こえる騒音と虫の声が好きだなんて、なんと安上がりな女でしょうか。

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