知らん町 −橋本・海老名編− 2023/11/23

 二週間前の書きかけの日記が下書きに眠っていた。すっかり忘れていたが、勿体無いので完成させて投稿することにした。大阪→東京の高速バスを降りたところから始まる。


 早朝のバスタ新宿など私にとってはもはや庭のようなもので、迷いのない足取りで小田急の改札に向かうことができる。今回の滞在はありがたいことに友人の家に寄せていただく運びとなっており、ただその友人はすでに会社勤めの身であるから、忙しい朝の時間になるべく負担をかけぬよう、向こうがちょうど出勤するタイミングに合わせて伺う手筈となっていた。七時ごろ「起きました」というメッセージをアパート付近の公園で受け取り、家を出てきたところを直撃。鍵を強奪して他人様の部屋に転がり込んだのであった。
 パンッパンに詰まった無印のリュックをようやく置くことができた。頼まれていた洗濯を回して歯磨きをしながら今日の予定を立てる。お風呂……大きなお風呂に入りたい。調べると相模原に「湯楽の里」という良さげな源泉掛け流しのスーパー銭湯があり、現在地から電車で一時間ほどの場所らしい。ちょうどいいやと荷物を整理し、洗濯物を干してすぐに出発した。
 普通の人間は東京西部に用などないが、だからこそ開拓の余地があるとも言える。こんなことでもなければ行くこともないわけだから、結果的に良い機会であった。京急の橋本というところで降りると栄えてるとも寂れてるとも言い難い駅前が広がっており、傘はまあいっか……くらいの小雨が降っていた。ここから2.5キロ歩く。思ったより寒かったのでホットコーヒーを購入し、喃語の知らない町散歩〜橋本編〜を開始した。

 悪天のせいかすべての施設が不気味に見える。「大人のスイミング 体験無料」と1文字ずつ印刷されたA4の紙が張り出された市民プール。屋外にせり出すタイプのウォータースライダーをしばらく見張っていたが童の一人も流れて来ず、ただただ寒々しかった。こういう施設のロビーには焼きおにぎりやたこ焼きやポテトをアツアツで提供してくれるあの自販機があるはずと思い入館してみたものの、残念ながらメッツとポカリとオロナミンCと麦茶だけを揃えた夢のない自販機がポツンと設置されているのみであった。

 開いているのに真っ暗な窓があり、無機質な外観も相まって鳥肌がたった。遮光もせず真昼間にこれほど暗くなることがあるのか?「空が灰色だから」の怖い回を思い出し、足早に去った。一体なんの施設だったのだろう。

 一度怖さを感じるとあらゆるものが怖くなってくる。そういえば駅からここまで誰ともすれ違っていない。雨足は強まりも弱まりもせず、ただ体温を奪っていく。こうして寒気を感じれば感じるほどお風呂が気持ちよくなるという算段だ。ホラーごっこ終わり。湯楽の里は百点満点のスーパー銭湯であった。サウナはアチアチ、水風呂はキンキン、外気浴スペースもひろびろ、温泉もすべすべ、これで880円とは参った。少し遠いけどまた寄らせてもらおう。

 清められたホカホカの体で橋本駅まで戻り、そのままJR相模線に乗り込む。目的地は海老名。先日サービスエリアに寄ったばかりだが、今日はお隣厚木にある有名ラーメン屋を目指してやってきた。うつらうつらと揺られるうちに海老名駅に到着し、改札階行き上りエスカレーターを登っていくと改札正面がこれ以上なくひらけており、誇張抜きにして天への階という感じがした。駅はららぽーとに直結し、スワロフスキーの輝きやアディダスのやんちゃなマネキンが私を迎え入れてくれる。せっかくなのでペットパラダイスに立ち寄ってころころと遊ぶパピーらを眺め、ららぽーとを後にした。
 「エビーロード」というくだらない名前をつけられた道(街路樹が多いわけでも横断歩道が特徴的なわけでもない普通の道)を抜け国道246号線に出るとひっきりなしに大型トラックが往来しており、曇天と排煙の区別がつかなくなった。

 相模川に架かる相模大橋。私の他に徒歩の者はおらず、大きな声でくるりの東京を歌いながら歩いた。ちなみにここは神奈川である。このあたりはあまり治安が良くないように見え、トタンとグラフィティと不法投棄が常に視界に入っていた。大橋を渡りきってしばらく歩くとまた別の、今度は中津川にカーブして架かる中津川橋に差し掛かる。これを曲がって少し歩けば目当てのラーメン屋がある。朝から何も食べず遠出してサウナで整ったりたくさん歩いたりしたのだ。歩みも早まる。

 途中店舗型のトイザらスがあった。自分の中には存在しないアメリカのノスタルジー。人工的なたのしさ。これをLiminal Spaceに含めるのは正直全く違うと思っており、最近は友人らと「レトロユートピア」という概念を模索しているところである。昔の人々が思い描いた理想卿の、どこか上滑りしているような偽造感が不気味で心地よい。

 その後はラーメンを食べ、厚木駅から帰った。歳をとるごとに散歩好きになっている。ウォーキングという運動が好きなわけではない。知らない道の中、目に入るあらゆるものについて想像を膨らませるための共感性と教養が身についたおかげだと思う。思料の材料集めだ。

この記事が参加している募集

散歩日記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?