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エースの肖像~Arisa Inoue in France~

見出し画像:St-Raphael公式HPより

お久しぶりです。ぱんだ(@vball_panda)です。
月1回更新を密かな目標としてやっているのですが、なかなか難しいですね。。。

つい最近開幕した() Vリーグもあっという間に終わり、いよいよ代表シーズンに突入します。
VNL開幕まであと2日(執筆当時)となった今、どうしてもクラブシーズンの集大成として、この選手については書いておきたい!!と思い、重い筆(キーボードw)を執りました。

井上愛里沙選手。
フランスに渡った今季、私のTwitterでは毎週のように宣伝していましたが(笑)、ほどんどの方は彼女がどんなシーズンを過ごしたのかご存じないのではないでしょうか。
今回は僭越ながら、ほぼ毎週フランスリーグをリアタイした者の責務として、海の向こうでの彼女の活躍をお伝えしたいと思います。

プロローグ-その始まり

2022年。この年は井上の年だった。
前年の皇后杯に引き続き、Vリーグ21/22シーズンのMVPを獲得。久しぶりのA代表復帰となったVNLでは2戦目のドイツ戦での途中出場をきっかけに、瞬く間にレギュラー奪取。遅咲きのエースが日本の主力として定着するまで時間はかからなかった。
2022年最大のメインイベントとなった世界選手権では、全10試合にスタメン出場。古賀が不在となった予選ラウンドブラジル戦ではコートキャプテンを務め、チーム最多の27得点で歴史的勝利に貢献。大会通算でも159得点(全体10位、日本人トップ)の大活躍で、世界に「Arisa Inoue」の名を轟かせた。

一方、順調に飛躍を遂げるVNLの最中、「その」話は突然降って湧いてきた。
2022年6月4日、フランス1部St-Raphaël(サン=ラファエル)の公式Facebookで井上の移籍が発表される。7月には久光の公式HPでもリリースされ、海外挑戦は確定的となった。

そして、世界選手権が終了した10月下旬、日本では華々しくVリーグが開幕する裏で、井上は一人フランスへ渡った。

1.始動-順調なデビュー

井上が加入したSt-Raphaelは前シーズン7位(/14チーム)の中堅だが、主力はほぼ全員退団し全く別チームとして迎えた開幕。強豪との連戦だったこともあり、開幕2試合は1セットも取れずに敗戦した。
開幕から遅れること2週間、第3節Marcq en Baroeul(マルク=アン=バルール)戦の2日前に井上はチームに合流。急ピッチでの調整となった中、第1セットから交替で出場し第3セットからはスタートで登場。途中出場ながら12得点の活躍を見せ、チームも3-1で初勝利を飾った。

そして合流2戦目となった第4節、France Avenir(フランス=アベニエール)戦。井上はこの日もスタメン出場し、チーム最多の14得点。試合はストレートで勝利し、初のMVPを獲得した。

第6節では、同じく今季から渡仏した柴田真果を擁するVandoeuvre Nancy(ヴァンドゥーブル・ナンシー)と対戦。柴田はS、井上はOHとしてスタートから出場し、ネットを挟んで仲の良い2人が直接向かい合った。
試合はストレートでSt-Raphaelの勝利となったが、両選手とも移籍直後から主力として活躍する姿を見せた。

2.転機-エースの自覚

この上なく順調に見える海外デビューの裏で、私は画面越しにある種の物足りなさを感じていた。
チームの中で明らかに井上の実力は抜けている。日本人OHとして期待された通りの守備力、そして何より世界バレーで十指に入るエースとなった得点力。にもかかわらず、当初は守備型OHとして扱われ、なかなか井上にトスは上がらなかった。
もちろんチームには得点源のOPがいて、そちらにトスを集めるという事情は理解できる。しかし、2022年のVリーグ、そして代表シーズンで見せた鬼のような得点力を見てきた私としては、まだ本当の意味で信頼されていないのではないかと感じていた。

個人的にフランスでの最大の転機だったと感じているのが、第7節のParis St-Cloud(パリSC)戦。
この日は序盤調子が上がらず、第1セットはわずか1得点。セット終盤には初の途中交替となった。
しかしチームには井上の代わりとなるOHはおらず、第2セットからは再びスタートで登場。

結果として、この第2セットが井上の1シーズンを決定づけた。
再びコートに立った井上は第1セットに比べて遠目にも明らかに覇気が違った。言葉の壁があるチームメイト相手に、フロントでもバックでも関係なく手を叩いてトスを呼びまくり、それを全て得点に結びつける。
気が付けばほぼ全てのトスが井上に吸い寄せられ、面白いようにアタックが決まっていった。
このセットだけで11得点。試合はフルセットで敗れたものの、この日を境に井上は完全にチームの信頼を勝ち取った。

3.逆境-長いトンネル

シーズンも中盤に差し掛かり、井上がフランスでの生活にも慣れてきた頃、チームは迷走を続けていた。
第10節、2度目の日本人対決となった田代佳奈美を擁するNantes(ナント)に完敗した後、後続の2戦も星を落とし泥沼の3連敗。St-Raphaelはプレーオフ圏外の10位で年内の試合を終えた。

St-Raphaelの目下の課題は守備力、特にサーブレシーブが壊滅的だった。
開幕前に昨季の正リベロが負傷離脱し、急遽加入したスタメンリベロ。そして何より、井上と対角を組むOH候補が定まらなかった。
攻撃力に秀でたスロベニア出身の16歳・Mija Siftarはサーブで狙われ途中交替を余儀なくされる試合が多く、代わって出場するベテランのKimも少々火力不足。
登録選手僅か12人、苦しい台所事情の中で井上はまさに孤軍奮闘していた。

日本では苦手と言われていたサーブレシーブではチームメイトに指示を飛ばし、広い守備範囲で若いSiftarをカバーする。後衛では献身的なディグに加え、バックアタックでも攻撃に参加し得点を重ねる。
気づけばフランスリーグのOHランキングで井上は6位に浮上し、特にアタックとサーブレシーブではトップレベルの数字を記録。
それでも、チームはなかなか勝てなかった。

日本よりも少し早めのクリスマス休暇を挟み、年が明け最初の試合となった第13節のPays d'Aix Venelles(ヴネル)戦。この日も入り2セットは勝負所で点を取り切れないもどかしい展開となったが、そこからチームは3セット連取で逆転勝利。MVPこそMBのAlessia Mazzonに譲ったものの、井上はチーム最多の21得点。St-Raphaelにとって今シーズン初となる格上相手への勝利となった。

しかし、事はそう順調には運ばない。
開幕ダッシュに失敗したチームが徐々にギアを上げていく一方で、今度は井上の調子が上がらなくなった。
年内まで40%を超える決定率を残していたアタックだったが、17節のChamalières(シャマリエール)戦を除いて30%台前半が続く。第14節のNancy、18節のNantesと2巡目となる日本人対決でもいい所なく敗れた。

VNLで世界を席巻したブロックアウトが、少しのポイントのずれで綺麗にワンタッチを取られ、あるいは狙い過ぎてふかす。少し近くなったトスを打ち切ろうとしてシャットを食らう。シーズンも折り返し地点を超え対戦順が一巡し、各チームがしっかりと対策を練って来ていた。
さらには、毎週ほぼフル出場を続けて疲労が蓄積する中で、日本ほど日々のケアなどのサポート体制が充実していない、かつて井上がインタビューで「サバイバル」と語ったほど過酷な環境がのしかかる。
初の海外挑戦は、今まさに正念場を迎えていた。

チーム公式Facebookより

4.復調-春がまた来る

VNLでも世界バレーでも課題となっていた、シーズン終盤でのコンディション維持。この時、フランスリーグでも同じ壁に直面していた。
しかしここから徐々にではあるが、井上は復調の兆しを見せていく。

シーズン中盤以降、St-Raphaelでの井上の役目は点取り屋となったが、並行して同等か、あるいはそれ以上に期待されていたのは守備。
レフト対角を務めるSiftar、OPに入る主将のMalina Terrellが調子を上げていたことも幸いし、この時期の井上は割り切って守備に集中するようになる。
代表シーズンで見せた献身的なディグ、そして何だかんだで世界バレーを持ちこたえたサーブレシーブで、自分で得点を稼ぐことはできなくともチームの勝利に貢献していった。

守備でリズムを掴んだことで、攻撃も無理をせず決めるべき時だけ決める余裕が生まれ、徐々に安定感を取り戻していく。
第20節のLe Cannet(ル・カネ)戦で、チームは敗れたものの久しぶりに37%の高決定率をマーク。翌週は振るわなかったものの、22節のMarcq en Baroeul戦も36%で19得点。トンネルは脱しようとしていた。

そして年内から変わらず10位前後を定位置にしていたSt-Raphaelは、ここからプレーオフ進出に向け驚異的な追い上げを見せる。
22節の勝利を皮切りに、1Legで劇的な逆転勝ちを収めたPays d'Aix Venellesに再びフルセットで勝利。翌週のFrance Avenirにも快勝し今シーズン初の3連勝となった。
井上もこの3連戦でチーム最多の51得点を記録し、復調ぶりをアピールした。

しかし、プレーオフに向け最後の壁となった25節のBéziers(ベジエ)、26節のTerville Florange(テリヴィル)と上位チームとの2連戦。
チームは格上相手に粘ったものの連敗し、11勝15敗の10位でシーズンを終えた。


エピローグ-再び、日本のエースへ

井上の海外挑戦は成功だったのか?それとも失敗だったのか?
結果だけ見て語ることは難しい。リーグ終了時点でOHランキング5位と個人成績では奮闘した一方で、チームは前年の7位から順位を下げプレーオフ進出を逃すという結果に。シーズン通じて、自身の頑張りが勝ちに結びつかず、チームが上り調子のなかで自身は波に乗れず、個人とチームの成績が連動しない歯がゆさもあったことだろう。

それでも私は、この海外挑戦は成功だったと思っている。
第7節で見せたエースとしての矜持。チームメイトに自ら指示を出し引っ張る光景。代表でも同じ姿が見られることを期待している。
また、シーズン終盤にかけて見せた復調へのカギ。昨年の代表シーズンで終盤に失速気味だった井上が、不調の時に踏ん張る方法を見つけられたのならこれほど頼もしいことはない。

そして何より、タフな海外で1シーズンを戦い抜いた経験は大きい。
「日本は恵まれすぎている」とインタビューで語った通り、サポート体制が整った日本とは違ってフランスでは食事もケアも自律して行わねばならず、試合間の移動もハードな行程を強いられる。
その中で調子を落とす場面はあったものの、大きな怪我はなく、合流後は全試合に出場し続けた。
VNL、オリンピック予選と過密日程が続く代表シーズンで、井上のようなタフな選手の力が発揮されるはずだ。

Volleyball World公式HPより

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