サワムラカバー

「その者の名をサワムラ」ディベロッパー・スピンオフ

バタバタしている時ほど、何かを「創りたい」という意欲を抑えきれないのは不思議なものです。昨夜届いたSSFに刺激されたからか。今日プリンスの訃報に接した情動が昇華されたのか。。。
くっ。。。!これがディベロッパーの罠、かっ。。。!

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「くそっ!何て速いんだ!」
男たちが必死に追いかけるが、引き離される一方だった。
「おいおい!なぜバギーでも追いつけないんだ!山道で70kmだぜ!?」
相手はそれよりも早く、自らの脚で走っている。
うさぎのように。

「この先は崖だぜ!」
「よし、そのまま突き落としてしまえ!」
だが相手は、崖先に足を踏み込んだその瞬間、あり得ない方向へ飛び跳ねた。
「う、うわああああぁぁぁ。。。」
止まらず崖から落ちたのは、バギーの方だった。残った男たちは呆然となった。
「な、何だってんだ。。。あんな飛び方、あり得ねえ。。。」
うさぎのように。

「どこへ行きやがった!」
男たちが探しまわっている中、一人、陰から相手を着実に捉えた者がいた。男たちが金で雇ったスナイパーだ。
スナイパーは、無駄口を叩くこともなく、無防備に背中を晒している相手に向けて静かに引き金を絞り込んだ。
その瞬間、相手はかすかに体を揺らして弾丸を避けた。
冷徹なスナイパーは思わず叫んだ。
「馬鹿な!今のを避けるなんて、後ろまで見えるのか!」
うさぎのように。

「あそこだ!」
「こうなったら、全員で撃ち尽くせ!仲間に当っても構わん!」
男たちは弾倉が空になるまで一斉に連射した。
相手は、ある時は宙に飛び、ある時はわずかに伏せ、ある時は首を傾げ、ある時は『手』で叩き落とし、一つも当たる弾はなかった。
弾丸の多くは男たちの間で飛び交い、半数以上が倒れ伏した。
「な、何て軽い動きだ。。。」
うさぎのように。

残った男たちはナイフで一斉に躍りかかった。
切っ先が触れよう瞬間、相手は自分の身長の十倍以上の高さをジャンプした。
ナイフの多くは男たちの間を繋ぎ、残った者の半数以上が倒れ伏した。
「じ、助走も道具もなしに、あんなに飛び上がれるのか!?」
うさぎのように。

「相手は逃げるしか能がねえ!」
「全員一体で追い込め!」
男たちは今更ながら態勢を整えて相手を慎重に囲んでゆくことにした。
そのうち、男たちが一人、また一人と昏倒していった。何ら気配を感じさせず、相手は男たちの背後に現れて軽く触れ、意思を奪っていった。
「落ち葉だらけなのに、あ、足音もしねえ。。。」
「足で音を吸い込んでいるってのか!?」
うさぎのように。

最後の男が倒れ、その場で立っているのは標的者だけだった。
その者は、かすかにひげをそよがせ、敵意が消えたことを知って立ち去っていった。
「孫子ぐらい読んどけ」
ルビー色の目を一瞬光らせ、つぶやいた。
「『脱兎』というのは逃げるという意味じゃない」
その者の名をサワムラ、と言う。

男の子は孤児だった。
正確に言えば、両親ともそれぞれ別の好きな相手ができ、邪魔な男の子だけ放り出された。
幸い、なのか、裕福そうな人物がすぐに引き取った。
「かわいそうだねえ。。自分の名前が分かるかい?シャツには『沢村』と書いてあるねえ」
男の子は、下の名を覚えていたが、あんな親に付けられた名は口にするのも嫌だった。
「よしよし。じゃあ、私が名前をつけてあげよう。これから君は、新しく生き返るんだからね」
その人物は心から同情するように、新たな名を与えた。

男の子は何不自由なく生活できた。
周りは、同じぐらいの年頃の少年や少女が数多くいた。みな、驚くほどの美貌だった。少年や少女たちに言わせると、男の子は中でも美しいらしい。
その人物は優しく、欲しいもの、必要なものはすぐに与えてくれたが、毎日のようにみんなに注意した。
「いいかい、好きに遊んだり勉強したりしていいんだよ。だけど怪我だけはしては駄目だからね。特に顔は」

少年や少女は時々入れ替わっていた。
ある程度年齢が上がった子供がいなくなるが、そうとも限らなかった。
幼い子供が入ってくることが多いが、そうとも限らなかった。
ただ、骨折のような怪我をした子供、小さくとも顔に傷がついた子供は、例外なく間もなくいなくなっていた。

ある日、男の子はその人物に呼ばれた。
「おめでとう。とても優しい夫婦が、君を養子に迎えたいと言ってきたんだよ。世界的に活躍している会社をいくつも持っていて、ゆくゆくは君に継がせたいそうだ。それに、ちゃんとした子供たちが通うような学校にも行けるよ」
男の子は、あまり出て行きたいと思わなかったが、長くいてその人物の負担になるのも申し訳なかったので、受け入れることにした。
同時に、それで少年や少女が引き取られていくのか、と納得した。
既に屋敷の前には車が待っていた。見たこともないような、長い車だった。
車に乗る前に、これまでで一番美しい服装に着替えさせられ、到着するまで汚さないように、くれぐれも注意された。
男の子は体が少し弱かったので、車に乗ってしばらくすると酔ってしまい、広いシートで横になった。

「しかし、あの店の名前、Pet Shop Boysとはよく言ったものだな」
前の方から大人たちの会話が聞こえてくる。
「おい。聞かれたらどうするんだ」
「大丈夫さ。後は『お届け』するだけさ。それに、ほら、横になってぐっすり寝ているぜ」
「服に皺が寄らなければいいけどな。ラッピングも商品価値だからな」
「ああ。こいつみたいに綺麗な状態だと、在庫の回転率が上がっていいんだがな。なかなか先入先出とはいかないもんだな」
「そういや、傷がついた在庫はどうするんだ?」
「ああ、お前はまだそっちのジョブはやっていないんだっけな。来月あたりに回ってくるだろうから言ってもいいだろう。不良在庫は廃棄して特別損失に計上するのさ。後は減価償却が終わっちまったやつとか、な」
「廃棄?ああ、なるほど。傷がついても傷がつかなくても、どうせ商品は商品、か。ペットショップと同じだな本当に」
「こいつみたいに売れたら売れたで、散々消費されて、飽きられたらやっぱり廃棄だからな。中古市場へ出すとやばいしな」
「結局あの店長が独占するだけか」

男の子は冴え渡った頭で話を聞いていた。うらはらに胃の中から何かが逆流してくる。
前の方の会話が終わって随分経つのを待ってから、男の子はえずいてみた。
「お、おい、吐くなよ、こんなところで。シートが汚れちまう」
「馬鹿。シートはいいんだよ。服が汚れると、返品になっちまうかも知れねえ。おい、吐きたいのか?っと、聞くまでもねえな。顔が真っ青だ。仕方ねえ。そこらで停めて吐かせるか」
「だ、大丈夫か、車を停めても」
「弱っているガキだ。大丈夫だろう」
車が停止し、降ろされた男の子は、派手に吐きそうな仕草をした。腕を掴んでいた大人たちが怯んだ隙に、振り払って逃げ出した。
「あっ!このガキ!」
「馬鹿っ!銃を使って傷がついたらどうするんだ!相手はガキだ。じっくり綺麗な状態で追い詰めるぞ」
男の子は町に背を向けて山の方へ向かった。てっきり人のいる方へ行くものと思っていた大人たちは慌てて追いかけた。
森に入って逃げ回っていると、大人たちの気配が消えていた。
そこは人間が踏み込んだことがないような山奥だった。

男の子はうっすらと目を開いた。どうやら倒れて眠っていたらしい。空腹で気絶していたのかも知れない。
草原の先で、狼がうさぎを追い回しているのが目に入った。その気配で目覚めたようだ。
あのうさぎは僕だ。どうせ助からない。
そう思ってぼんやり見ていた男の子の目は、やがて大きく見開かれていった。
うさぎは狼を翻弄するように、ある時はすごいスピードで引き離し、ある時は予想もつかない方向へジャンプし、ある時は恐ろしく高い位置へ飛び、狼をまったく寄せ付けなかった。それどころか、段々差が開いていった。
とうとう狼は疲労で倒れ、動かなくなった。うさぎは立ち止まったが油断なく耳を立て、辺りの気を推し量っていた。

男の子は思わず飛び起きて、うさぎを追いかけた。もちろんうさぎに追いつく訳もなく、あっと言う間に見失った。
(こんな勝ち方があるんだ!逃げ続けることは勝つことなんだ!うさぎが僕なんじゃない、僕がうさぎになるんだ!)
男の子はずっとうさぎを探しまわった。何日も探しまわった。空腹になると、草や木の実を齧り、時には腹を下した。
(いた!)
男の子は、とうとう見つけたうさぎを、驚かせないようにずっと観察した。
(そうか。。。肉を食べるから疲労するんだ。草だけでもいいんだ)
男の子は、うさぎの真似をして、食べられる植物、エネルギー効率がいい植物を知った。必要なエネルギーを得るため、一日中絶えず食べ続けた。
(なるほど。。。全身の全てを走ること、飛ぶことに集中させているんだ)
(足の裏は肉球じゃなくて、びっしり毛で覆われているから、気配を消すことと強いグリップ力を獲得しているのか)
(目が横についているから、360度の視界を獲得しているんだな)

男の子は、それからはうさぎの真似をし続けた。全身を使って走り続け、ジャンプし続け、頭を動かさずに五感で周囲の気配を探り続け、草を食べ続けた。
やがて、うさぎは慣れこそしないものの、男の子が一定の距離感を保つ限りは逃げなくなった。
(師匠以外にうさぎがいないな。みんな巣穴に籠もっているのか、他のうさぎは狩られてしまったのか。。。)
男の子は、ある時からうさぎのことを『師匠』と心の中で呼んでいた。
男の子が疲れて身を横たえているとき、ふと気づくとうさぎが立ち止まって遠くから咎めるような目で見ていた。男の子は恥じいって、音を立てずに物陰へ走った。うさぎは走り去るところだった。
男の子は、『それでいい』と師匠が言ってくれた気がした。

男の子は、ちょっとした木であれば助走なしで頂点までジャンプできるようになった。狼程度ならあっという間に振り切るスピードを身につけた。落ち葉の音を立てずに走るようになった。
すべて師匠の真似をし続けているうちに、可能になったものだ。
男の子が気配を消して草を食んでいると、数メートル先で師匠が身づくろいしていた。
『人間にしてはやるじゃないか』
師匠がそう言ってくれている気がした。

そのとき遠くから、ぽん、という間が抜けた音がしたかと思うと師匠が倒れた。出血していた。猟銃で撃たれたのは明らかだった。
師匠は、辛うじてゆらりと立ち上がり、がさ、がさ、と音を立てながらふらふらと男の子へ近づいてきた。
長い時間をかけて師匠は呆然と座り込んでいた男の子のひざに身を預けた。師匠と触れたのは初めてだった。
「きゃああぁぁ」
師匠が声を出すのを初めて聞いた。女の子が思わず悲鳴をあげたような少し可愛い声だった。そして動かなくなった。
男の子も動けなかった。

やがて、猟銃を持った人間どもがやってきた。何か声をかけてきているが、男の子には理解できなかった。人間どもは男の子の肩に手を置こうとした。その瞬間男の子が真後ろを振り返り、人間どもをにらみつけた。その目は真っ赤だった。結膜ではない。角膜瞳孔虹彩が血の色に染まっていた。

『世界中の富裕層へ児童の人身売買を斡旋していた組織 ”Pet Shop Boys” が破壊、店長と呼ばれていた人物は意識混濁状態。少年少女は全員無事保護』

『児童売買に関与していた人物のリストが明らかに。OECD加盟国を含む世界中の首脳の半分、Forbes Global 2000ランキング企業の8割の経営幹部が含まれる』

『密猟組織の巣窟と噂されていたビルが一夜にして消失』

『A国のペットショップ、ブリーダーから動物が突如として消え、破綻が相次ぐ。動物達は各国の施設や無人島で目撃』

『B国の行政システムが制御不能に。政治、経済活動がストップ、デフォルト宣言。インターネットからも物理的にも外部から隔離されていた中央管理システムのOSが書き換えられた模様』

『C地域において15年間にわたって続いていた紛争、一夜空けて双方の戦闘員15万名が全員原因不明の戦意喪失状態に陥り、事実上停戦へ』

『D国の現地有力財閥ならびに実質的に支配していた世界屈指のコングロマリットの全ての銀行口座が破られ、残高ゼロになり破綻。概ね同額と思われる物資や施設がD国およびその周辺に出現。なお、この現地財閥およびコングロマリットに対しては、各国政府および民間からD国へ送られていた援助金、支援金を着服していたとかねてから一部団体から批判を受けていた』

ある頃から、『サワムラ』という人物が噂になっていた。タブロイド紙、SNSやインターネットにのみ情報を依存している世界の大多数の者たちの間では、格好のネタとして。ごく一部の層では駆除すべき深刻な存在として。さらに一部の層では救世主として。
共通しているのは、うさぎの顔をしているらしいということと、人間を殺したことがないということぐらいだった。それもまた、ネタに彩りを添えた。

あまりにも素早いため、うさぎのようだ。実際は目が血のように真っ赤で悪魔のように耳が尖っているのを、うさぎと見間違えた。自分の顔を隠すために仮面を被っている。突然変異のキメラだ。自ら顔に手術を施した。実際にうさぎだ。本当は伊賀流忍術の達人で特に『深草兎歩』と呼ばれる技を得意とすることが由来だ。

何しろ、目撃者は極端に少なく、厳重に隠匿、あるいは姿を消したため、確かな言葉はほとんどない。
ただ、根強く信じられているエピソードがある。サワムラの工作を受けた者が発した問いに対する答え。
『な、なぜとどめを刺さないんだ。。。』
『。。。うさぎは“狩る”者ではない』

サワムラは孤独だ。勝手に慕ってくる集団はいるが、指示をしたことはない。
特に忍術とやらを自称する連中は勝手にサワムラのことを『白雲斎』と呼んで慕ってきている。最初は誰かに依頼されてサワムラを暗殺しに来たようだが、ひげをふるわせている間に一掃して以来、勝手に忠誠を誓ってきた。
どうでもいいことだ。

色々と依頼を受けて活動しているようだ。『白雲斎』が出ないと格好がつかない場もあると頼まれることもある。面倒なので適当な者をそれらしく仕立て、代わりに名乗らせている。
当然弟子もいない。
特にある兄妹は『弟子にしなければ殺す』としつこく迫ってくるが、適当にあしらっている。なかなか面白いのだが、血なまぐさいのは苦手だ。

何年ぶりなのか、何十年ぶりなのかは分からない。
サワムラは師匠の墓参りに来ていた。あの後のことは良く覚えていないが、気がついたら師匠の亡骸を深く埋め、そばで身動ぎもせず見守り続けている自分を見た。
師匠はつまらない小さな鉛で死んだ。自分はそれからも逃げるようになることで、師匠の供養になると考え、師匠の姿を想い描きながら一人鍛錬を続けた。
山から降りて最初にすることは決まっていた。その後は好きなようにした。どこから聞きつけたのか、依頼を受けることもあったが、そのたびに師匠に問いかけ、許しが出たものだけやった。

サワムラは立ち尽くし、目を見開いた。
師匠がたくさんいる。あるいは楽しそうに、あるいは必死に走り回ったりジャンプしたり寝そべったり。
サワムラの視界は歪み、揺れ、透け、それらを繰り返した。

そうか。そう言えばうさぎは繁栄、多産の象徴でもあった。師匠、気が付かなかったよ。やっぱり敵わない。僕の相手をすると同時に近づけないようにしていたんだね。
サワムラはしばらくその場で空になりつつ、この後、あの兄妹と話をしようと考えた。

師匠、これでいいんだよね?

空ではアンタレスが瞬いたようだった。