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「分断を煽るな」?

私達は分断の中で生きています。というより、人は「分かれる」こと無しに生きられるでしょうか。大なり小なり、分断はそこにあるのです。

「分断を煽るな」というクリシェがあります。たとえばAというグループとBというグループの利害が対立していて、資金や資源の配分が問題となったとき、実はその両者に対立があるのではなくそもそものリソース不足が原因なのだと、視点をずらす考え方です。資金が100万円しかないから奪い合いが発生するのであって、ここに200万円あれば全員に必要なだけ行き渡るだろう、というわけです。

ふたつのグループは対立しているように見えますが、それはいわば偽の対立でであって、本当に戦うべきはリソースを出し惜しむ行政や政府なのです。このように議論を組み立てることで、民衆同士の内ゲバを防ぎ、本当に戦うべき「敵」を見定めさせる。そのための文句として、「分断を煽るな」が用いられています。

これは実際、必要な視点の切り替え方だ。民衆同士で牽制し合ってもらった方が統治には都合がよい。政府の不正や失策にも眼が向きにくい。社会を良くしたいなら、表面上の対立よりも、その背景にある社会構造や社会システムに目を向けることが大切だ。

しかしそうしたメリットの一方で、この思考法には無視し難い問題点があります。「分断を煽るな」という決まり文句によって、私たちは利害の対立する人々とコミュニケーションをとり交渉していく能力を失ってしまったのではないでしょうか。

たしかに多くの対立は偽の対立だと言えば言えます。資金か人手が十分に支給されれば解決する問題は少なくありません。たとえば社会障の問題。高齢者の増加による医療費は増大していますが、その負担は現役世代に重くのしかかっています。未来を担う若者の生活を安定させるならば、老人世代の医療費負担を現状より大きくせざるを得ないのではないか……。ここにあるのは、老人と若者の対立です。

この対立は、現状の社会保障を維持したまま若い世代の支援も十分に行えるだけの資金があれば解決されます。そういった資金の存在を前提とするならば、これは偽の対立と言ってよいでしょう。

しかしその資金はどこから捻出されるのでしょうか。仮に他分野の支出をそちらに回すのだとすれば、今度は資金が減額される分野と増額される分野の対立が問題となるでしょう。政治家が使っている「無駄なお金」を減らせばいいのでしょうか。それで多少状況はよくなるかもしれませんが、どこかに問題を解決しうるだけのリソースが隠されていて私たちはそれを知らないだけだと言われても、どうも埋蔵金の発掘を夢見ているような感覚になります。

結局のところ、問題を上位の構造(社会、政府、国家……)にずらしてもそれを解決するには一定の時間を要します。なぜなら上位の構造体は一般に大規模で、スムーズにはことが進まないからです。しかもこれは、解決のためにその上位の構造が動くという前提の話であって、そもそも社会構造自体の変革が試みられるという保証さえないのです。

したがって私たちは、そこにある分断を認め、対岸の相手とコミュニケーションをとる能力を磨かなくてはなりません。ほどほどに歩み寄り、最低限のラインは堅持しつつ、それなりのところで妥協するための能力を。

「分断を煽るな」というクリシェが危険なのは、こうしたコミュニケーションの必要性自体を否定してしまうからです。分断が争いに発展するかどうかは、他者とのコミュニケーション能力にかかっています。そうしたコミュニケーション能力が失われたとき、待っているのは取り返しのつかない破局だけではないでしょうか。

もちろん利害が対立する相手とコミュニケーションをとり交渉を重ねることと、政府に対してよりよい再分配を要求することは矛盾しません。大きな構造に働きかけつつ一方では短期的な解決も模索していく。運動にはこうしたプランBがあってしかるべきです。「分断を煽るな」という文句は、本来そこにある分断に目をつぶり議論の場をなかったことにする悪しきクリシェでしかありません。

いま、さまざまな場で他者と対話する能力の重要性が叫ばれています。それが重要なのはもちろんですが、もうひとつ、「敵」と交渉する能力の重要性も思い出さなくてはなりません。

「対話」が相手の意見を受け入れ、自分の意見を押しつけずにまずは伝えることを目指す、ゆるやかな話し合いの場を作る能力だとすれば、「交渉」の場は相手の意見を聞きつつもそれを拒絶する可能性を残し、相手に対して自分の意見を通すことを模索する緊張感のある話し合いの空間となるでしょう。

対話だけでなく交渉へ、私たちのコミュニケーション能力は、そのように重層化されていく必要があるでしょう。そしてこれからの教育は、そうした多面的なコミュニケーションの能力にいかに光を当てるか、という点にかかっているのではないかと思っています。

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