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翻訳じゃない方の詩/投稿の6篇

これまでに書いた詩の一部は詩誌に投稿して、そのうちのいくつかは掲載していただきました。掲載から1年以上経ったもの詩を6篇ご紹介します。


三〇一教室

螺旋階段を一段飛ばしで駆け上がり
七分遅れで三〇一教室に入った
大きな階段教室の後ろの二列だけ埋まっていて
先生はこちらも見ずに口ずさんでいた

住人のいない金魚鉢に水をなみなみ注いだら
その中にコインを一つずつ入れなさい
水があふれてもそのまま続けて
それこそが学ぶってことそのもの

隣の席の中山さんはあのグリッターグルーを持っている
いいな ずるいな 私も欲しかったのに
使い始めは液体のりにラメが濃く入っている
そのラメを器用に大学ノートの表紙の罫線に盛っている

まだあるよ 中山さんは視線に気づいて自慢してくる
小動物の旅行鞄みたいなポーチから出した一本のふたをとって
ノートをなぞるとラメじゃなくて小さく芝が生えた
でも四センチ分なぞったらそれっきりで終わってしまった

中山さんはしょんぼりした わたしはそれを振った
振ると中身が飛び散って教室中に広がって育っていって
私たちは熱帯雨林の真ん中に座っていた
アムールトラがまだ鼻歌を歌っている先生を一口で食べた

《2020年、月刊ココア共和国2020年8月号電子版掲載》
詩誌情報:https://www.youyour.me/cocoa202008
Kindle版販売ページ:https://www.amazon.co.jp/dp/B08DKL1RNB/


試験のバイト

牛柄のミニブタが
一斉に走り出した
開始五分前の会場で
腕章付の担当者は
得意げに語った

試験中はみんな
集中しすぎてピリピリして
雰囲気が悪くなるでしょう
だから癒しとして
ミニブタを五十匹
バイトで雇ったの

動きが鈍いやつを一匹
背中からつかまえて
こちらに顔を向けたら
満腹の表情だったから
解放した

牛柄のミニブタは
走るとどんどん成長して
牛柄のヤギになって
答案用紙を食べつくして
牛柄のロバになって
机やいすを静かになぎ倒していって
試験開始の合図の直後には
みんなホルスタインになって
受験者は全員逃げ出して
牛も全員逃げ出して
担当者と私だけが残った

《2020年、月刊ココア共和国2020年11月号電子版掲載》
詩誌情報:https://www.youyour.me/cocoa202011
Kindle版販売ページ:https://www.amazon.co.jp/dp/B08LG6CFWT/


発熱

熱が出た
午前一時過ぎに体温計で
測ると三十八度五分だった

前に熱が出た
日付は一月二日
その日が印刷された
キエフバレエ団の公演の
七千八百円のチケットを
かばんの底に入れて
ゾンビのように
劇場に向かった

舞台の上で
ひとが跳んでいた
ひとはとりになって
黒いとりはゆがんで
二羽になった

「劇場の女子トイレって少なすぎない?」

休憩のあいだに
不自然なぬくもりのプレッツェルを
ひとつ買ってたべた

座席に戻ると
舞台に白鳥が戻ってきて
ひとりぼっちで
いつまでもいつまでも
回っていた

《2020年、月刊ココア共和国2020年12月号電子版掲載》
詩誌情報:https://www.youyour.me/cocoa202012
Kindle版販売ページ:https://www.amazon.co.jp/dp/B08P2T1SW3/


ひと瓶のヘアオイル

午後四時にうどんを食べようと思って
下り階段を下りて入った店では
注文に忠実なうどんがでてきたけど
よく見るとストリップクラブだった

気にせずにうどんを食べればよかったのに
きょろきょろと無遠慮に見回したせいで
うどんをまだ三本しか食べてないのに
用心棒がやってきて出口を指さした

うどんのために立ち向かった
思ったよりも身のこなしが軽くて
身体の軽やかさが心地よくて
四肢は関節の柔軟さを越えて自在に動いた

華麗な立ち回りで用心棒は倒れて
私の腕のなかでその首がぐったりとしていた
人だかりができていて
チップのピンクの二十ドル札を山盛りもらった

負けたあなたを祝福するよ
とヘアオイルを用心棒にひと瓶ひたひたにかけて
のびきったうどんを平らげた
外に出るとまだ日暮れ前だった

歩道橋で煙草を吸っていたら
手にあったのは煙草ではなくヤツメウナギで
気にせずに吸うとヤツメが倍々で増えて行って
自分は監視カメラだったのだと思い出した

《2020年、月刊ココア共和国2021年1月号紙版・電子版掲載》
詩誌情報:https://www.youyour.me/cocoa202101
Kindle版販売ページ:https://www.amazon.co.jp/dp/B08QYGYBBM/


よみがえり

深夜に詩を書いた
だけど 気に入らなくて思い切り破いた

朝起きて やっぱりあの詩を読みたいと思って
テープでつなぎ合わせてみたら ちぐはぐだった

あまりにも紙が不恰好になったので
テープをはがしたら 今度は擦傷だらけになった

もう戻らない
あの詩はどこかへ失われたんだ

紙片を集めて銀の盃に入れて
火を点けると 一瞬で鈍く炎が上がった

白い煙が充満して 視界が徐々に晴れると
太ったすずめが 盃の上で首をかしげていた

《2021年、月刊ココア共和国2021年4月号電子版掲載》
詩誌情報:https://www.youyour.me/cocoa202104
Kindle版販売ページ:https://www.amazon.co.jp/dp/B08ZSJ2HQV/


自転

今年も数学の授業に出られなかった
気が付いたら出席を忘れていて
休んでいたつもりはなかったのに
わたしだけが置いていかれている

時間割のどの場所に数学の授業があっても
その曜日だけは その時間だけは
どこにもわたしは存在していなくて
ただ出席簿に名前があって 欠の文字が書き添えられる

嫌いなわけでもないし 避けたいわけでもなくて
ただ生活しているだけなのに
数学の授業だけが途方もなく前に進んでしまって
転んで擦りむいたわたしの膝は まだ生乾きのまま

《2021年、月刊ココア共和国2021年6月号電子版掲載》
詩誌情報:https://www.youyour.me/cocoa202106
Kindle版販売ページ:https://www.amazon.co.jp/dp/B095NRDCNM/


Photo: Simple Line – stock.adobe.com

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