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風を許す

眠りに入る頭を抱えながら、そうだ、このこと絶対に文章にしよう、と思って寝て、朝起きたらなんのことか忘れてしまった。本当にすっかり忘れてしまった。


風が外で鳴っている。その音のことをひゅう、ひゅう、と初めて表現した人は正しいと思う。


二月の風は吹くたびにあたたかくなる、といわれる。強い寒気が日本海で巻き起こり、それが南側で発達して気温を上昇させるのだ、と高校の地理Bの授業で習ったのを覚えている。


これが、立春を過ぎると春一番になる、と。つまりは、春一番の赤ちゃん。


なるほど、それもそのはずだ。顔に当たっても髪をぐしゃぐしゃにされても、なんだか嫌じゃないのはそのせいなんだな。温かければ、何でも許せてしまう。自分の安直さに笑ってしまった。


簡単に午前中が終わってしまった。何をしていたかというと、もふもふのひざ掛けをかけて、吉本ばななが描いたキッチンはどんなキッチンなのか、と想像したり、ジンジャーミルクを飲んだり、お日様の方を向いたりしていた。気づいたら町が鳴らす12時の鐘の音が聞こえていた。


最近は11時に昼食をとっている。でも、何も食べる気にならず、しばらく台所で静かにしている。食べたくない日は食べなくていいよ、という誰かから教えてもらった知恵を思い出し、今日は何も食べないようにしようか、と思いながら映画を観る。するとカナペーをつまんでいる登場人物を見て、私もなにか、小さく突くみたいにして食べたくなってきた。


冷蔵庫を開けると、最近ちょっと都会に出かけて行ったときにグローセリーショップ購入したカカオ75パーセントの製菓用のチョコがあった。すっかり忘れていたのをずるずる取り出す。チョコのお菓子をつくろうと思っていたけれど面倒で何もしなかったのだ。食器棚の中にくるみがある。オートミールでグラノーラを作ろうか。


全部混ぜて、オーブンに敷き詰めて焼けば簡単にできるグラノーラ。豆乳をかけていただく。


今日はほとんど誰にも会ってないのに、一人になりたい、と猛烈に思ってしまう。何をしてても、それを考えてしまう。私は一人で生きられるわけもないのに、そんなことを思い浮かべるなんておかしいんじゃないか、と思えてくる。


犬が私の布団に入って、寝ている。布団が温まるのでうれしい。私もとなりにそっと入って、ゆっくりしようか。2時間ほど寝た。


起きてかぼちゃの団子を作る。さつまいもがなかったので、代わりに甘いほくほくしたものはあるか、と探したらかぼちゃだったのだ。種をくりぬいて、蒸す。皮はそのままにつぶす。砂糖と上新粉を加えてよく練り、大きなスプーンにひとすくい。賽の目に切ったプロセスチーズをなかに入れて、包むようにして丸めた。これを蒸す。


夜ご飯には、おいなりさんをつくった。なんだか甘いものを食べてばかりな気がする。炊きたてのご飯を混ぜていると湯気が顔に当たって気持ちいい。


中学で同じクラスだったあの子は、今どこでどんな人生を送っているんだろう。私が高校で出会ったあの子は、結婚したんだろうか。大学で会ったあの子にはどうしてあんなに嫉妬していたんだろう。米をうちわであおぐ。


なんにせよ、私は今、ここに私の人生があって、それを誰も知ることはないんだな。私は私の人生を生きるしかなくて、それを捨てられないんだな。甘くなった米を、揚げの袋にぎゅうぎゅうつめた。


風はまだ窓に当たって、うなり続けている。






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