第5章「伝わりやすく話す」――『一生役立つ3ステップで伝える技術』

ゆっくりと、強弱をつけて話す

この章では、実際に話すときのテクニックを紹介します。

簡単かつ強力な方法は、とにかくゆっくりと話すことです。

緊張するとついつい早く話してしまいがちです。しかし、早口に良いことはひとつもありません。第一に聞き取りにくいですし、相手に緊張が伝わってしまいます。

間を怖れる必要はありません。むしろ、「わかりやすく話してくれようとしているのだな」と好印象を与えるでしょう。

ゆっくり話すために、時間と照らし合わせてスピーチの分量を少なくするのも肝心です。

一般的に、アナウンサーの話すスピードは、1分間で300文字と言われています。原稿を読むプロの方でこのくらいの速度ですから、私たちは300文字/1分の基準は超えないようにすべきです。

また、抑揚をつけて話すのも効果的です。大事なところはさらにゆっくりと慎重に話すのです。声色とスピードで「ここは肝心ですよ」と相手に知らせましょう。

緊張をほぐすのはなかなか難しいですが、ゆっくり話すのは意識さえすれば誰にでもできます。スピーチ中も、いつのまにか早口になっていないか確認しましょう。

「全体から細部の法則」を守る

説明の鉄則として、まず全体像を示してから、その後細かい部分を説明するというテクニックがあります。ここでは「全体から細部の法則」と呼びましょう。

今まで繰り返し、テーマは最初に話すべきであると書いてきました。これも「全体から細部の法則」です。あらかじめどんな話をするか全体を把握させて、その後に具体的な理由を説明したほうがわかりやすいのです。

そして、「全体から細部」という法則は文章の構成だけでなく、あらゆるときに使えます。まずざっくりと大づかみに説明をしてから、細かい部分の話をするよう心がけましょう。

このテクニックは、小説の情景描写にも用いられます。美文で知られる川端康成の『雪国』の冒頭を例に挙げてみましょう。

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
 向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。

川端康成『雪国』、新潮社

臨場感のある文章ですが、ここにも「全体から細部」のルールが適用しています。

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
 向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。

太字の部分に注目して、じっくり読んでみましょう。

まず、第一文で国境のトンネルに雪がふりしきる様子を、ロングショットで描いています。全体を俯瞰した後に、「信号所→汽車→ガラス窓」と徐々にクローズアップしながら細部を写実しているのです。

「全体から細部」の説明は、単にわかりやすいだけでなく、リアリティのある表現にも有効です。誰でもすぐに実践できる強力なテクニックですから、使わない手はないでしょう。

相手を共感させる

共感は大きな武器です。相手に「あの人は、自分と同じことを考えている」と思わせると、心を開いて耳を傾けてくれます。

手っ取り早く共感を生むには、誰でも経験しているような事柄を、自分のこととして話すとよいです。

文章にすると少しややこしいですが、このような共感のテクニックを私たちは日常的に行っています。

例えば、「今日は寒いですね」というひとことから、話をはじめることはよくあります。よく考えると、寒いことなんてみんなにとって自明ですから、あえて口にする必要はないように思えます。

しかし、「私は寒いです!あなたも寒いですよね?」と相手に問いかけ、「私とあなたは同じなんですよ」と共感させているのです。

手本となる例が、かの有名なマーティン・ルーサー・キングの「I Have a Dream」演説の冒頭です。

本日、もっとも偉大な自由民権運動として歴史に残るであろうデモに、みなさんと参加できて嬉しく思います。

(筆者翻訳)

自分の主張を伝えるとともに、「私も、あなたも、ここにいるみんなが歴史を創っているんだ!」と観客の心を掴んでいます。まさに歴史に残る名スピーチです。

専門用語は使わない

専門用語やジャーゴン(仲間内に通じる特殊な用語)を連発する人がいますが、あまり好ましくありません。

専門的な学会やごくごく身内などの狭いコミュニティの場合は別ですが、一般的な場ではアウトです。「このひとは自分たちに伝える気はないのだな」と、観客の心はサーっと離れていきます。

特殊な場合を除いて、子どもにも通じるくらいやさしいことば遣いで話しましょう。観客を共感させて味方につけることが、スピーチ成功のコツです。

全体から細部の法則×共感のテクニック

やや上級なテクニックに、誰でも共感しやすい一般的な例から、徐々に特殊なケースに移っていくという方法があります。「全体から細部の法則」の応用です。

このテクニックは、特に芸人さんが使いこなしています。爆笑問題の漫才を例にしてみましょう。

田中「今年もあと1か月ですよ」
太田「そうですよ、早いですね」
田中「この時期になるとね、今年の流行語を振り返ったりするじゃないですか」
太田「ありましたね」
田中「今年はもう全部コロナ関係でしょう」
太田「もう言葉が暗くて嫌だよね」
田中「そんな中、お笑いの流行語もありましたね」
太田「それは嬉しいですね」

引用元:フジテレビ、「THE MANZAI 2020」、2020-12-06

まずは、「今年もあっという間に過ぎてしまった」という誰しもが共感できる、年末の"あるある"から始めています。

続いて、「流行語が発表されましたね」「コロナ関連の言葉ばっかりですね」という話題も、多くの人が目にしたニュースが題材ですから共感度が高いでしょう。

しかしその後の、「コロナ関連の言葉だけだと暗い」「お笑いの流行語は嬉しい」というのは、彼らの個人的な意見です。

しかし、みんなが共感できる話題から、だんだんピンポイントな例に移っていくことで、観客をスムーズに導入しています。

相手が共感するか不安なときは、一般的な事柄から徐々にスライドしていくと、自然な形で自分の話題に持ちこめます。