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順列都市の読書感想文

私をリアルで知っている人にはよく知られているのだが、私は読書をしない。嫌いなんじゃないけど、言いようによっては嫌いなのかもしれない……単純に読むのに時間がかかるし疲れるから。そのくせ小説書いてみたいなとか考えてるからタチが悪い。
こんなんだから、実はBLEACHの小説版を読むのも苦労した。一回で読破しないと後から追っかける気をなくすが、一回で読めるほど短くない。結局めちゃめちゃ本腰入れて「読むぞ読むぞ読むぞ」と意気込んで、寝る前に数時間かけて読破して寝落ちする。

それはそれとして、先日友人に本を借りた。というか貸すから読んでくれと言われた。本人の名誉のために言うが別に脅されたりしたわけではない。あまりにもオヌヌメしてくるもんだから、そんなに言うなら買って読もうと思ったら、じゃあ貸すよと言われて借りた。

そんなわけで借りた本「順列都市(上・下)」(グレッグ=イーガン著・山岸真訳・早川書房出版)を読んだ。これはその読書レポートである。

実は今空港からこれを書いていて、暫く家を空けるのでその前に読み終わらねばならなかったためつい出発の1時間前まで読み、読了したあとすぐに別の人に又貸し(貸主了承済)したので手元に本がない。本文の引用みたいなのを書くかもしれないが、本文と少し違う表現になる可能性を了承していただきたい。

あらすじと構成

細かいことを書くとネタバレになるのでさわりを言うと、ジャンルはSFで舞台は近未来——2050年代だ。そこでの技術といえば、まあ今も実用化されてるテレビ電話のような「映話」はもはや生活の一部であり、AI技術の進歩もあってか、「対話型」メールというものも存在する。
この物語で軸になるのはある技術——これを隠すと面白くないので言うけど、「コンピュータ世界の中に自分の〈コピー〉を作る」技術が確立されつつあり、その技術を巡って話が進む。

「この世界が実は誰かが作ったバーチャル世界なんじゃないか」という淡い期待を持ちながら生きてる、2歳児に22歳児の肉塊を貼り付けて脊髄にTwitterを接続されて地べたを這う私のための設定だと言わざるを得ない。

構成は半ばオムニバスの講義のようで、全体としては同じトピック、同じ世界の話をしているが、章ごとに違う人物、違う時期の話が描かれる。大きくは2つほどの時代(そんなに離れてない)を行き来する構成になっていて、映画「メッセージ」の時間軸移動に近い。章の途中で時間軸が動くことはなく、章の切れ目で時間軸が動くときにはたいていその章がいつの話なのか、を教えてくれる。意識して読むと面白い(というかこんがらがらずに済む)。

内容と関係のない難点を挙げるなら、もともとが洋書でそれを訳したものであるから、言い回しや文体がどことなく英語である。イングリッシュ・カルチャーがぷんぷん臭う。匂うといってもいい。なので日本語に慣れ切った人は少し苦労するかもしれないが、後半を読む頃には慣れてしまうだろう。
私は時折「原文だとこうだったのかなあ」とか考えながら読んだ。それほどに英語である。日本語の皮を被った英語が縦書きで並んでいる。

あとこれは訳者あとがきにもあったのだが、実は冒頭のポエムが全部原題「Permutation City」のアナグラムだと言うから驚きだ。その味を残すために、章題は「じゅんれつとし」のアナグラムで和訳してくれたようなので、その辺の言葉遊びも楽しめる。

感想(ネタバレなし)

ここからはまずネタバレなし(あらすじに書いた程度の内容+本筋でない内容は許して欲しい)で感想を書こう。

語彙力を3歳にチューニング。「おもしろい」
次に10歳。「夢があっていいし、いろんな人がいろんなドラマを見せてくれる」
さらに18歳。「エセSFではなくしっかりと専門的な内容についても言及され、著者の——貸主曰く理学を専攻した経歴があるらしいが——知識量と理解度が、物語により深みを与えている」

そして22歳まで一気にツマミを回す。

SFにありがちな「すげー!」となる設定ではあるが、一方で技術の限界を認識して物語にしっかりと反映されているものがある。
例えば、作中では課金することで計算リソースを借りることができるサービスが提供されているが、当然高額のようだった。あとは、計算や描画に一定の時間がかかるので、その上で詳細なシミュレーションを実行するためにシミュレーション内の時間の流れをわざと遅らせていたりもする。
この辺の「我々の理解の範疇にある性質」を取り入れているためか、SFのくせに妙にリアリティがある。

加えて、設定がかなり練られている。貸主にはそう言われて借りたので期待しながら読んだが、かなりの完成度だった。そもそもオムニバス形式と言うのが、しっかりできたストーリー基盤の上でしか成立し得ないし、下巻まで読むと「この話を書くためにこの辺りの設定もしたんだな」という部分がちらほら出てくる。そういう意味で設定厨には向いている。

詳しい内容は書けないが、SFのテンプレートのような「宇宙人が攻めてきた!」とか「近未来の技術で勧善懲悪だ!」とかそういう系の話ではないのが、寧ろ私には合っていた。あの辺のテンプレものはお腹いっぱいでそろそろ天麩羅も食えんくなりそうだったから、そういうのじゃないのが本当に胃に優しかった。
SFの中にどういうジャンルがあるのかは知らないが、敢えて言うなら「SF/パニック・アクシデント系」なのかもしれない。要はストーリーの中でわたわたする登場人物を肴に酒を飲むやつだ。酒のんでないけど。

さいごに

ということで、友人に借りた「順列都市」の読レポでした。上下巻構成で少し長いですが、なに、京極夏彦よりは短いから安心してください。私はあの鈍器を読んだことないですが。

マジで本を読まないし興味がない、訳本が読みにくい、オムニバスが嫌い/苦手という人にはあまりお勧めできないかもしれません。それでも内容が気になる、でも意地でも読まないという人は、このままスクロールするとネタバレがありますのでそれで食いつないでください。
でも本の方を読んでほしいなあ。

この本の醍醐味をまとめるなら、
・教養のある人間が精巧に設定した
・今我々の理解の範疇で創作できる近未来技術が
・いくら進歩しても拭えないはずの技術的制限を正しく保有したまま発展した世界で
・登場人物を振り回す
という話です。ぜひ。



感想(ネタバレあり)

おい!!!!!!!!!感想を書くのにネタバレをしてはいけないってどういう制約ですか!??!!!??!!??!?!語れねえだろうがよ内容なしによォ〜、内容がないようってな!!!!!!!!ガハハ!!!!!!!!!ごめん調子乗ったわ

ここから先は内容にバンバカ触れていきます。まだ読んでない人でこれから読む予定の人、読む予定がなくてもネタバレに親を殺された人、解釈違いに一族皆殺しにされた人は絶対見ないでください。

絶対に。復唱しろ。読みませんといえ。誓え。

私は元来ネタバレに寛容ですが、こればかりはネタバレして読ませたくはありません。なぜなら私は、著者が本当に描きたかったところ、この話の結末に被せていたベールを剥いでその輪郭を露にさせた時、急ぎで読んでる最中だったけど思わず身震いしました。
俺がです。
あの俺がですから、お前らは多分失神します。
俺はお前らに失神してほしい。
救急車は手配しておくから存分に失神しろ、免疫をつけるな。ネタバレは甘えだ。

これはネタバレが間違っても画面に入らないようにするための空白です。これが写っているうちに早くブラウザバックしろ。そして順列都市を読んでから戻ってこい。


































ここから先は本当にネタバレあります。心せよ。

本当ならここに、作品を読んだ人にしかわからない7桁のパスワードをかけるんですが、生憎本が手元にないので諦めます。
読んだ人間!!!!!!思い浮かべろ。お前なら覚えてるはずだ。別に覚えてなくても「どうせこれだろ」って思うのがあるだろ。それがここから先を読むための条件だ。

では始めよう。

なにも理解できないを共有する冒頭

冒頭はポール・ダラムという本作の主人公の世界から始まり、いきなり彼は自分の状況がわかってない。文面からわたわたともたもたがひしひしと伝わってくる。「おい読者、わからないだろ?俺もわからんから安心しろ」と言わんばかりに。

コンピュータの中に人間の〈コピー〉を作って走らせる。
これが死を間際にした人間を対象とし、その後すぐ死んでしまうとかならまだわからんでもないが——実際作中ではそういう用途も提供されていて、本作のもう一人の主人公であるマリアの母親はそれに否定的だった——問題は「生身の人間をコピったら自我はどうなるのか」だ。
目下の課題であり人道的倫理的にヤバいと言われる時の最大の理由が「コピーは自分が模造品だと知ることができるか」なのはいうまでもない。

ポール・ダラムはまさにその疑問にぶち当たり、そして自分が模造品だと気づく。発狂する。そりゃそうだよなあ、気持ちわかるよ、と既にポールの世界に引き込まれる。

そしてこのコンピュータの中の時間は外の時間の1/17くらい(数字は定かではないがだいぶ遅い)の速度で流れてる。計算速度限界と描画精度のせいだ。ここで俺は感動した。シミュレーション演算がどれだけ大変で時間とリソースを喰うものなのかを、知らない作者はこうは書かない。技術に対してとても真摯に向き合っていることがわかる。

時間軸は確か2045年くらいか?覚えてないがそれくらい。ポール・ダラムは自分を使って実験をしていたのだ。

一体何のために?知的好奇心からにしては酷すぎるのでは?

読んでいくと明らかになる。彼は模造品の住むコンピュータ上のバーチャル世界「エリュシオン」を作ろうとしていた。これが明らかになるのが上巻の割と後ろの方(マジで最後だったかも)以降になる。この構成は素晴らしい。

文中には、コンピュータ外の時間とコンピュータ中の時間を区別するために「客観分」だとか「主観分」だとかいう単位が出てくるが、これが実は上巻のうちくらいしか頻繁には使われない。読書が感覚になれるまでの繋ぎだったのか、作者が後半慣れてきて使わなくなったのかはわからないが、1回読んだだけだと今もあまりパッとしない。どっちがどっちだ……多分主観分がコンピュータ中のものだろうな。
わざわざこういう小難しい概念——「映話」とか「対話型メール」もそうだが——を前もった説明なく導入するのはSFではよくある話だが、本当に必要になった場合を除いてその説明がほったらかされてるので、読者が勝手に想像したり、読み取って納得したりして気持ちよくなれる。気持ちよかった。ンギモヂイ^〜。

5年の空白とオートヴァース

ポールの話がひと段落すると時代は2050年に飛ぶ。ここで確かマリアが出てくる。ファミリーネームは出てたと思ったが忘れちゃった。
この時点では5年の空白にあまり大きな意味を見出せず、「はーん5年ね、修士課程に入ったやつが博士号を取る頃ね(実際5年で博士取れるやつは変態)」という気持ちでしか読んでなかったが、この期間に何があったかはあまり語られない。下巻に入ってから(?)少し語られるのがポールの話の中でのみで、しかしその話から大体予想がつけられるのが面白い。多分設定ノートには月刻みで事件があったんだろうな、そうじゃなきゃあんなに読み取れないしボロも出る。

5年のうちに、なのかもっと前からだったかは忘れたが、この頃から急速に「コンピュータ中にもう一つの世界を作る」ことを人類が試み始める。
そしてオートヴァースというサムシングが登場する。あんまりよくわかってないが、まあさわりだけ言えば「人工の仮想宇宙」だ。全て人間様に都合のいい物理法則と分割不可能な原子、平らな時空、唯一の太陽、描画されないミクロ事象、量子的に計算されないマクロな性質の再現としての現象、核力が存在せず核融合が起こらないため人為的に用意された32の元素。

この時点で俺はウハウハだった。人間がいじくり回して舐め回す宇宙は人間に都合よく作ってやるのが一番効率的だし、何より計算量が少なくて済む。その辺の妥協というか、妥当な近似という考え方は、剃刀負けして剥がれた物理学の表皮がぴろぴろしているのが鬱陶しくて齧って食べて「まんず」って言ってるような俺にはしっくり来すぎた。
どうせ仮想宇宙を作ったところでその中にあるものは人間が全てデザインするわけだし、人間に都合がいいものだけでいいのだ。当たり前だ。
人間が作り、人間が思ったように動くものの世界なら。

じっさいはそうはならなかったわけだが。

マリアは当初このオートヴァースでバクテリアを「突然変異」させる研究をしてた。そして見事成功する。
それを目撃した時のマリアの言動の描写があまりにも適切で、著者の実体験を思わせた。「え?ほんま?ほんまか?いや、見間違いかも、何かミスがあったかも……これは合ってる、これも正しい、ここにも矛盾はない……やっぱりほんまじゃないと説明がつかない、やば、マジじゃん」という、興奮と冷静のハーフ&ハーフを見せられて「これだよこれ!!!!!!!!!!研究の醍醐味だよ!!!!!!!!!!!!」と叫んだ。俺まだ研究してないけど。
その研究成果をポール・ダラムに見つかって、彼女は渦中に巻き込まれていくことになる。

唯我独尊論者

なんか文字列違う気がするけど多分あってる。本作を構成する三本柱は、ポール・ダラムというエリュシオンの火付け人、オートヴァース内で生物を進化させた初めての人物マリア・某、そして何やら自分だけの世界が欲しい自称・唯我独尊論者のトマス・リーマン/ピーである。

トマスとピーは実は同一人物だったはずだが、当初はあたかも別の人物であるかのように登場する。そしてピーと言うのが、コンピュータ世界で生まれ変わったトマスが自身に名付けた名前であることが少しして明かされる。いいよねこう言う展開。
ピーは一貫して、コンピュータ上に自分だけの別の世界を作ってそこに恋人ケイトと移りたい願望を漏らしまくってる。
基本的にこれだけ。あとはトマスだったころに、突き飛ばしたらすっこけて煉瓦に頭を打って瀕死になった恋人(?)の死体の頭を壁に打ちつけまくる、と言う気が動転したとしか思えない行動を取ったりする。サイコパスだろ。でもこの辺はもう一度読みたい。なぜならこのくだりはもう一度下巻の最後に出てきたが、そこではそんなにやってなかった気がする。記憶違いかな?

本筋に大きな影響を及ぼすわけではなかったが、たぶんコイツの存在無くして順列都市という物語は完成し得ない。

というのは、コンピュータ上の世界という、安定に見えて実は不安定な世界の「不安定」の部分を、開発者でも関係者でもない第三者の視点から読者に語る役割を担っていた。
著者がこの物語の「転」のプラグにプロパンガスをぶち撒けてガソリンを撒いたのは、俺が読んだ限りではこいつの話の中で、だった。彼はコンピュータの上から4週間完全に存在を抹消されていた。しかもその間自分は自分ではない他者として一心不乱に昆虫のスケッチを描いていた。
彼がエリュシオンの「不安定」に遭遇して、そこから一気に物語が動き始めた。そういう意味で彼はなくてはならない存在だったと言える。

あとコイツ、腹に7桁の数字をナイフで彫ってた。何かを数えていたようだが、その目的語は明かされなかったように記憶している。

オリジナルの俺「今飛行機が着陸しました。」

シミュレートされた生態系

これがこの物語のメインディッシュでありデザートであり会計レジでもある。俺、ここの話読んでからワクワクがおさまらねえよ。

ポールがマリアを巻き込んだ理由が「シミュレーションの中で勝手に進化して生態系を形作るような原初宇宙がほしい」という彼の願望を叶えるため。
欲しいよねそういうの、夢だよね。
マリアは「そんなん無理でしょ、バクテリアがかろうじて進化したくらいだし、生態系なんて」と突っぱねていたのだが、まあ母親をコピー人間にしたかったのとその金が捻出できないところに巨額の報酬を提示され(初めいくらだったか忘れたけど、最終的には60万ドル?とかになってた気がする)、しかも「進化が約束できるであろう初期状態の設計だけでいい」つまり「実際に進化するかは報酬に関係ない」とまで言われたら引き受けるしかない。

そして、1から作るのは厳しいからと、とある惑星パッケージ「ランバート」をもとにそういう環境を設定して提出。確かポールはマリアのコピーを作るためのスキャンデータなるものも要求していたのかな、それも結局は提出した。マリアはコピーとして生きる気はなかったようで、ポールに「絶対にコピーを起動させるな」と釘をバンバン刺した。ポールは糠だったからまさに糠に釘というやつだったが、それでもあれだけ刺されたら数千年は保つよね。

ところでこの作品、気がついたら登場人物同士がヤってんだけど何、そういう文化なの?そうか……まああからさまに本筋じゃないですよって文体が訴えてくるのでいいんだけど。一文で行為が終わったところあったな。いらんだろそれは。
とも思ったが、まあ人間、特に男女の日常生活を描く上では重要な要素なのも確か。でもなんか……インキャ臭する……(失礼)

で、晴れて生態系が出来上がる。これは下巻の割と後半まで待たないといけないが、待たされた分、というか待たされた感じはしなかった(待ってすらいないので)から、驚いた。

ただ、現実世界では実現し得ないはずだったその成果は、実はエリュシオンの中で実現したのだ。シミュレーションの中に存在するシミュレーション、というだけでも鳥肌がたった。そのさらに内側に、はたまた外側にシミュレーションがあってもおかしくないと思わせられる。

ポールはその喜びを分かち合いたくて(建前)マリアを起こしちゃう。マリアは狂いながら生態系を見るなり「なにこれ?(CV.ゴロリ)」と喚くが、ポールは淡々と、あの青写真がここまで成長したんだよと、久方ぶりに会ったら甥っ子がオッサンになってて狼狽える妹に自分の倅を紹介するかのように言って聞かせる。
まさか本当に生物が生活するとは思わないもんね、わかるよ〜マリアくん。

でも最後には「あなたが進化したランバートを見せてくれたことには感謝してる」とポールに言っているあたり、自分のやったことに自身も責任も持てないからと遠ざけつつも根っからの科学者だったんだなって思える。親かもしれん。実際親だし。

ランバートに生まれた知的生物である「ランバート人」は昆虫のようなキチン質の外骨格をもっていて、口はなく消化器は剥き出し、発声器官もないので「ダンス」——共同体(群れ)全体で奏でる飛翔軌跡のパターンで意思疎通を図るという。
とんでもなく非現実的に思えるが、それが「独自に進化してきた種族の姿」で、我々と似ても似つかないのが当然だという、みんなが薄々思ってることをしっかり現実化してくれた。そしてその知能の高さを発揮して、彼らは自身のルーツを探り始める。

ここからがマジでメインだと言える。

これは俺の感想だけど、物語のくせに本当にそのランバート人を目撃して、あるいは論文を読んでる気分になりかけた。
英語的な表現にも慣れたからか、英語的表現だからか、ポールたちが観察するランバート人の動きの表現が非常に上手い。実際ハチは飛び方で意思疎通を図ることがあるとは聞いたことがあるが、それを極めた生物を見ているようだった。

ランバート人は8の字状に飛ぶことで「呼びかけ」をし、それに同じ飛び方をすることで「認識」「同意」を相手に返す。合理的だ。
ここからがすごい。
あいつら、飛び方変えるだけで天動説を伝えたり地動説を伝えたり、そういう議論をしたり、32本の安定解を持つ——つまりは32次元の場の方程式をすら解いて見せた。

微分方程式の独立解の個数は微分の階数と変数の数の積で決まるのだが、時空間4次元だとするとコイツらはもしかして8階微分方程式を解いたのか……?それとも単純に32個の基底状態が存在するシュレディンガー方程式に似たものを解いたのか。後者な気がするが、全てはランバート人のみぞ知る、といったところか。

この辺はまだ可愛いもんだ。シミュレーションの中に生命がいる、はそんなに問題じゃない。
問題は、どちらもシミュレーションであるということ……そして大元のコンピュータが同一であること。つまりはエリュシオンを走らせる親コンピュータが、当然、エリュシオン中のオートヴァース——ランバートをも演算しているということ。
つまり、2つの世界に矛盾が生じることを、親コンピュータは許さない。

俺は恥ずかしながらここに気づけなかった。だから読んでいてハッとした。

ランバート人は虫でありながら、科学、とりわけ物理学の「観測事実と整合する理論が正しく、それを追い求める」を真摯に実践した。その結果彼らの世界では、彼らが観測する事実に矛盾が生じない理論が出来上がってしまった。

つまり「ランバートは人為的に作り出された虚構」という前提を、結果たるランバート人が否定するに足る理論を作り上げてしまった。エリュシオンより「もっともらしい仮想宇宙」が親コンピュータにできちゃった。

ということは、親コンピュータが階層構造を書き換えてしまうことを意味する。今までエリュシオンの下にあったオートヴァースが、エリュシオンの上にあるようになってしまうのだ。それはエリュシオンにおいて「オートヴァースを操作できない」具体的には「終了もできなければ、時間の流れを遅くすることもできない」状況として表面化した。

この辺の話を、著者は淡々とまず事実を述べて書く。ちょうど登場人物が先に事実を観測し、それより先にメカニズムの解明が来ないのと同じように。これは臨場感を傘増しした。登場人物の発言があるまで真相が見えないというのはおもしろい。

最終的にどうなったかは、ぜひ自分で読んでみて欲しい。簡単に言えば、エリュシオンはオートヴァースの上に再び君臨することは叶わなかった。人類は自分が作り上げたコンピュータの中で、コンピュータに「正当性」で負け、創始者としての権限を持ってしても敗北した。SF、とりわけヒューマンVSコンピュータものでは人間が勝つが、この作品ではそうはならない。最後までチョコたっぷり、さすがだね、ロッテのトッポ。

みんな、ロッテのトッポ読んでみてね。次は時間をかけてゆっくり、原著を読んでみたい気分にもなりました。

今ここを書いているのは、着陸空港から駅までの連絡バスの中です。旅程をほぼ丸々使って書いたら9300字を超えてしまいました。

ここまで読んでくれてありがとうございます。ちょっと酔いそうだから、もっと聞きたい人は私にコンタクト取ってください。Twitterで@thn09と打つと出てきます。

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