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”ほめられ○○” が嫌いだ

 ずっと違和感があったので、独り言として。
ほめられ○○って、世にあふれている。
ほめられファッション、ほめられヘア、ほめられご飯、ほめられベビー用品まで。広く使われているこのフレーズ、使われ続けているのは理由(売れる)があるんだろう。

 でも私は思う。この表現、主体が第三者じゃない?何で自分のことを決めるのに第三者目線なんだろう。ファッションにせよ、ご飯にせよ、自分が素敵だと思うもの、いいと思うもの、心惹かれるものを選べばいいのに。他人の目線を気にして行動する日本人らしい、と言えば言い過ぎだろうか。

 そもそも、好きなものを身に着けて褒められたら嬉しいのはわかるが、褒められそうなものを身に着けて褒められたとして、嬉しいのだろうか?例えば、「あの人に褒められたい」と特定の人を思い浮かべる気持ちは理解できる。でも、その答えは万人向けの雑誌やSNSには載ってないと思うよ。雑誌を読んで研究するより、その人を観察した方が早いよ。

そんなに深く考えてないのかもしれないけど、でも、気になるんだよなあ・・・。

 あ、あと「みんながやってる○○」「まだ~してないの」系のフレーズも嫌い。自分のことは、自分で考えて決めたいです。  

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