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あなたのそばのダービー対決

パブに入ると、内装の一部に、サッカーチームのスタジアムがある道路の名前の看板がかかっていることが多い。

これはロンドンのセルフリッジの近くにあるパブ、アンフィールドはリバプールのスタジアムがある道路、もちろんこのパブ、リバプールファンが集まることが多い。

この国に来て初めて知ったが、「今日のチェルシーはどこで試合がある?」などと聞かれて誰かが返すのだが、そういうときに「ビカレージロード」とか「アンフィールド」「ホワイトハートレーン」と返す。これはチーム名ではなく、相手チームの本拠地であるスタジアムがある道の名前である。で、まあ、なんとなくサッカーになれると「ああ、じゃあワトフォードとやるのね」とか、この答えで一発でわかるようになっていく。

覚えておいて損はないような気がする。まあ、ワトフォードだのノリッチ(キャロウロード)だの、結構プレミア下位チームの本拠地がある通りは慣れてないからぐじゃぐじゃだが。あと、あまり好きではないのが、もともとちゃんと通りの名前があり、それが通っているのに、企業に案件で名づけの権利を売っていて、スタジアムの名前がそれになっていること。そうすると人によって「スタジアムがある通り」で答える人と「企業名が入ったスタジアム名」で答える人がいて、ややこしい。(ボーンマス、お前だ。)

そして、この通りの名前が書いていある道路標識のプレートはお土産になっていて部屋の中にぶら下げたり、キーホルダーなどになっていて、ある種、そのようなグッズは、「私はここのサポーターです」という目印である。パブの中に入って、その看板を見れば「ああ、ここはxxxのファンが集まるパブだわ」とわかる。そして、この手の看板はある種頭の中に入れておくことをおすすめする。そしてそのチームがあまり好きではないなら、一杯で出て行って河岸を変えることをおススメする。

私の家から一番近い、本拠地を構えているプレミアリーグのサッカーチームはブレントフォードである。プレミアリーグ昇格2年目、少ない予算で小さいスタジアムながらも、頑張っているチームである。(みんな応援してあげて)このチームは2年前までチャンピオンシップという2部にいた。そしてチャンピオンシップにはブレントフォードの本拠地から約5キロ、ロンドン中心部に寄ったシェッパーズブッシュというところに、QPRというチームの本拠地がある。

QPRは何年か前まではプレミアリーグにいた古豪であるが、最近、ずるっと降格し、今じゃ2部に定着、QPRがもたもたしている間にブレントフォードがすっとプレミアに昇格した感じである。なので、最近はQPRファンはおとなしい。

が、お互い2部にいたころはバチバチだった。通称西ロンドンダービーと呼ばれたQPR対ブレントフォードの試合になると普段はフレンドリーに口をきいてくれるパブのおっちゃんどももシリアスになり、鬼の形相でテレビをにらみつけ、パブの中の空気はずっとピリピリしていた。勝った負けたでそのあと大騒ぎするわけではないが、やはりダービーの日の緊張感は格別な感じはした。

まあ、それでも、西ロンドンはまだおとなしいとみんな言う。あと南ロンドンにあるクリスタルパレス対その先の南のサッカーチーム、ブライトンのM23ダービーというのがある。これは南ロンドンのクリスタルパレス、そして南ロンドンの幹線道路であるM23をクリスタルパレスから南に下るとブライトンというチームがあり、パレス対ブライトンは、M23ダービーと呼ばれているらしい。が、西ロンドンのおっさんたちに「パレスとブライトンもダービーだよね?」と聞くと「知らん」と言われることが多く、これは本当に地元の人しか知らないような気がする。まあ、でもクリスタルパレスのファンの人に言わせると「ダービーの日は騎馬警官出てくる」ということである。だからダービーなのであろう。

まあ、ロンドンでダービーと言えば、アーセナルとトッテナムの「北ロンドンダービー」であろう。とにかく苛烈に嫌いあっているご近所さんダービーである。毎試合騎馬警官当たり前、警官がバンに乗ってたくさんやって来る。もめごと当たり前で、やはりサポーターが集まるパブやレストラン、持ち帰りにはだいたいどっちかのチームをサポートするという旗やらサインが貼ってあり、試合の当日はどこのパブやレストランでもバウンサーが控えており、違うシャツを着た人達は絶対に入れないようになっている。そういう風にしておかないといつまでも喧嘩している人達である。

この近辺出身の男の子と一緒に働いている。彼の家はアーセナルのスタジアムがある北ロンドンで、スタジアムから1マイルくらいしか離れていないところが実家だという。彼は両親、兄弟全員アーセナルサポーターである。学校のクラスはアーセナルサポーターが多かったが、トッテナムのサポーターもいたという。

北ロンドンは人種のるつぼである。どちらかというと、西は西に行けば行くほどインド系が多いような気がするが、北はいろんな民族がいる。ウェストインディアンと呼ばれるジャマイカなどからの移民、もちろんインド系もいるし、アフリカ系も多い。そして、際立って北ロンドンに多いのがユダヤ系の移民である。北ロンドンをバスでのんびり小旅行などしていると結構な割合で、ユダヤ系の伝統的な恰好をした人達を見かけることになる。パッチのような帽子、巻き毛の長髪、夏場でも長そでの黒いスーツという恰好の人達である。そして、この手の人達は伝統的にトッテナムホットスパーズのファンが多いということになっている。

彼は公立小学校、中学の出身であり、クラスメートにこの手のユダヤ教の子たちもいたという。そして、アーセナル組が問答無用でこの手の子たちを目の敵にしていたと言っていた。

彼のグループで、ユダヤ教の子だったが、仲間とうまく行かずはじき出されたらしく、アーセナルファンに鞍替えして、彼のグループに入ってきた子がいたという。その彼を連れて試合をトッテナムとの「北ロンドンダービー」を見に行ったことが何回かあるが、冬だろうが、夏だろうが、彼の頭頂部や巻き毛を隠す帽子を仲間うちでかぶせたという。巻き毛が見えるだけでアーセナルファンに何されるかわからないという緊張感がすごかったと言っていた。

そんなこんなでクラスではサッカーを引きあいにしたもめごとが絶えないので、サッカーのことをクラスで言うのは禁止だったという。ただ、一人だけサッカーの歌を歌っていい子がクラスにいたという。その子は特別支援学級の子で、英語と数学だけ普通クラスの授業を受けに来ていたという。「めっちゃ頭がよかった。で、テスト、俺たちが15分かかって解く問題をその子は5分で解いてしまって、残りの時間はずっとトッテナムの歌を歌っていた」という。なので、彼はアーセナルファンだが、トッテナムの歌はほとんど空で歌えると言っていた。

まあ、正直北ロンドンのアーセナルとトッテナムのこの手の話は、拾えば拾うほどたくさん出てくる。笑っちゃうくらい出てくる。キリがない。

マンチェスターを代表するダービーと言えば、マンチェスターシティとマンチェスターユナイテッドであろうが、これは北ロンドンほど熾烈ではないという話である。シティは今でこそビッグチームになったが、昔は小さいチームで、マンチェスターの名門ユナイテッドがそびえたつ大名門ということで「相手になんない」ということがあるらしく、そこまで、というイメージ。それより、ユナイテッドと犬猿の仲でダービーと言われているのはユナイテッドから電車で30分ほど行ったところにあるリーズという街にあるリーズユナイテッドとの試合であろうか。ユナイテッドとリーズの試合はローズダービーと呼ばれており、険悪なムードが漂う試合が繰り広げられる。(ユナイテッドの名将、サーアレックスファーガソンはリーズとの試合を一番嫌がったという。)日本人の知り合いのお坊ちゃん、リーズ大学に短期留学して、お土産にマンチェスターユナイテッドのグッズを買いに行って、ユナイテッドの紙袋を持ってリーズ駅に降り立ったところ、リーズ駅にいたリーズサポーター10名程度に取り囲まれ、怖い思いをしたという。まあ、囲まれて何を言われたのかと言えば「身の安全のため、その紙袋、使わないことにするか、裏返しにして駅から出なさい」と言われたという。怖いエピソードである。

北ロンドンに次いで熾烈だなと思うのが、エバートンとリバプールのマージーサイドダービーであろうか。エバートンとリバプールのスタジアムは5キロも離れていない。ちょっと歩くとすぐ敵地の本拠地についてしまう。

ちなみに私が聞いた話だと、リバプールはアイルランド移民の支持者が多く、カソリック中心。エバートンはプロテスタントや国教会の人た多いという話である。まあ、スコットランドのセルティックとレンジャーズほどカソリック対プロテスタント代理戦争の色は濃くない(あとで触れます)が、とりあえず仲はあまりよくない。そして、ダービーになると結構な勢いで各チームカラーの発煙筒が炊かれ、なんだか殺伐と雰囲気になる。

まあ、ここ20年程度はリバプールはいろいろ変遷があったが、世界的な名チームにのし上がり、チャンピオンズリーグを取ったりと、強くなったこともあり、ちょっと実績ではエバートンが置いて行かれ気味。なので、まあ、そこまでバチバチでもなくなったという。

ただ、リバプールは狭い街だから、結構よく聞くのが「母ちゃんエバートン、父ちゃんリバプール、姉ちゃんリバプールでオレ、エバートン」というダービーの敵味方が一家族にごちゃっといるという話。そういう家にホームスティして、どちらを支持していいいかわからなくなったという日本人の学生の話とかよく聞く。あのビートルズでさえ、ポールマッカートニーはエバートンサポーターで、他はリバプールサポーターという構成。なので、まあ、お互い同じ学校やら、職場などにいながらお互いのチームの悪口言い合っているというイメージであろうか。

おもしろいなと個人的に思っているのが、クリスマスにリバプールの人達はサンタの恰好をして、善意で集めたプレゼントを小児病院やら孤児院、児童施設、小学校などに配るのだが、赤いサンタはリバプールカラーということで、エバートンのチームカラーの青いサンタの衣装を作り、青いサンタもプレゼントを配るのである。まあ、リバプールはそういう街なのである。

他、ニューカッスルとサンダーランドのタインウェアダービー。これは正直かなり苛烈で熾烈で暴力的。サンダーランドが破産してしまい、プレミアリーグから3部まで落ちてしまい、現在オーナーなど変わって2部まで戻ってきたが、ニューカッスルのいるプレミアリーグまではたどり着けていない。なので、今はお預けである。こういう事情でダービーが消滅してしまう場合もあり、「あれだけ憎かったのに、やっぱりなくなってしまうのはさみしい」と言っているニューカッスルファンを数名知っている。

しゃれにならないというか、「ガチでやばい」と個人的に思っているのが、スコットランドのリーグのオールドファームことセルティック対レンジャーズのダービー。これは完全に掘り下げると結構めんどくさい歴史があり(北アイルランド闘争の話になってしまい、IRA絡みとかになってくる。セルティックは共和国派のカソリックのファンが多く、レンジャーズはプロテスタントでアイルランド統一反対、イギリスよりの北アイルランドルーツの人達が多い。)、とにかくめんどくさくなってくる。よく言われるのが、セルティックのスポンサーになるなら、レンジャーズのスポンサーにもならないとだめ、という話である。片方だけだと、片方のファンがそこの商品の不買運動などを起こしてしまい、面倒なことになるので、両方にお金を出さないとだめという話。私は日本人選手もおり、セルティックサポーターが知り合い、友人に多いので、セルティックよりだが、絶対にそれは自分からレンジャーズのサポーターには言わないことにしている。何が起こるかわからない、という怖さがあり、試合を見ていても、周りにセルティックファンの男の人がいない限りは喜んだりしないようにしている。この辺は一応注意深くはしているつもりである。(別に怖い思いをしたことはないけど。)

ただ、ちょっと前にレンジャーズは一度破産しており、スポンサーを見つけられず、下部へ降格をしている。その年はダービーがなくてさみしかったとセルティックサポーターは言っていた。一応その辺の情はあるらしい。そうなんだ、という感じであるが。

知っているダービーを書いてみたが、なんとなく、順番はそこまで怖くないからすごい怖いという順番で書いてみた。ただ、イギリスで生活するにあたって知っておくことは悪くないと思うし、これも偉大な文化の一つであると思っている。ダービーのことだけで一冊の本が書けそうなくらいいろいろエピソードが詰まっている。ある種宝庫である。










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