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木枯らしに抱かれて

昭和歌謡や中森明菜が大好きではあるが、カラオケで歌うのには結構勇気がいるラインナップ、でも今の曲あんまり知らないし、どうしようと思うことが非常に多い。

そういうときは、やっぱり小泉今日子かな、などと思ってあなたに会えてよかったとか入れるんだけどさ、まあ、これだってそんなに新しくはないよなと。

小泉今日子、テレビドラマもそこまで出なくなったし、Xで変なことばかり言ってるおばさんかもしれないけどさ、それなりにテレビには出てるし、何かを発信しているし、演技は舞台でやってるしということもあって、まだまだ現役なのはありがたいというか、ほんとにキョンキョンくらいなんだよね、まだまだ現役でいろんなことに興味を持って発信して、頑張ってくれてるアイドルって。(個人的には中山美穂が昔の自分の持ち歌を大切に育ててコンサートツアーとかやってくれてるのはうれしい。)

まあ、小泉今日子といえば、持ち歌で一番好きなのはあなたに会えてよかったなんだけど、もう一曲、かなり古いが「木枯らしに抱かれて」が好きである。この曲の最後の方の歌詞、切ない片思いあなたは気づかないってところが本当に切なく歌っていて好きである。

いつも行ってるパブは一応2階に結構本格的なキッチンがあり、そこにはいつもタイ料理を出しているユニットがいた。パブには結構立派な配膳用エレベーターがついていた。料理を2階で作って昇降機に料理を乗せ、ボタンを押すと、パブのフロアまで料理が下りていく仕組みになっていた。パブは料理を一応出せる構造にはなっていた。ユニットの長の方はかなりのおばさんで、何かちゃんとしたタイの名前があったが周りが覚えられないので、ノキという名前で呼ばれていた。一応月曜は休み、火曜から日曜のランチタイムと夜にユニットの人達がいて、パブのカウンターで注文を出すと、バーメイドがインターコムで「パドタイチキン3個」などと伝えてくれ、10分くらい待つと、エレベーターが下りてきて、カウンターからパドタイが出てきて、ユニットの人達が2階からパブのフロアに降りてきて客まで運んでくれる。お金はその場でユニットの人達に渡して終わりである。食べ終わったころを見計らって、お皿をユニットの人達が下りてきてさげてくれる。

ノキのタイ料理は味はフツーだったが、安かったので、サッカーを見ながらよく食べていた。しかし、ノキはある時点でパブに家賃を収めずにいなくなった。そのあとパブのタイ料理はしばらくストップしていたが、パブのオーナーに誰かが別のタイ料理のユニットを推薦したらしく、ある時から再開になった。

新しいユニットはかなり料理の腕のいいマレーシア人のおばさんと店長及び営業、ウェイトレスさんも兼ねたなるちゃん、そしてなるちゃんのマブダチのブルースという3人でやっていた。

マレーシア人のおばさんはずっと2階のキッチンにいて下に降りてくることはあまりない。マレーシアといっても、中華系マレーシア人なので、容貌は私たちに近い。無口で静かなおばさん、ナルちゃんはタイの南部出身、いかにもタイ人らしい、南部の派手な顔立ちの明るい人だった。ブルースは、ナルちゃんとは反対に北出身、タイというよりは、シンガポールなどと言われた方がしっくりする容貌だった。ブルースの本名はかなり難しい名前があったが、飼い犬の名前がブルースなのでそのままである。ブルースはナルちゃんのお手伝い、という感じなので、あまり見かけなかったがなるちゃんは毎日パブにいるのでよく話すようになった。

なるちゃん、一応日本語がちょっとできる。もともとはタイで何をしていたが知らないが大学を出て、バンコクの企業で働いていたようだった。仕事で来ていたイギリス人と知り合って結婚して、イギリスにやってきた。

旦那さんのことはあまり話してくれない。たぶん、私の推測だと、かなり年上のそれなりにお金があってタイなどで事業をやっていた人だったと見受けられる。なるちゃんが子供を妊娠したのを機に、タイの事業をたたんで、イギリス南部の自分の故郷であるリゾート地に戻ってきたという。旦那の実家に住むようになり、なるちゃんのイギリス生活が始まった。16年くらい前の話である。

なるちゃん曰く、南部はロンドンに比べればもっとのんきで人々は気が長く、あまり些細なことで怒ったりはせず、のんびりしていて、それなりにいいところだったと言っていた。アジア人もロンドンほどいなく、というか本当に移民も少ない場所で、イギリスらしい場所だったという。

結論として、コロナ禍の最中になるちゃんは旦那と離婚した。というか、コロナ禍の最中に旦那の家を飛び出し、ロンドンのブルースの家に下宿するようになったという。ブルースの話やなるちゃんの息子の話を総合すると、家を出たなるちゃんと全く連絡つかなくなった旦那が離婚専門の弁護士を雇ってなるちゃんを探し出し、離婚調停を経て、離婚した。

子供は旦那が引き取り、普段は子供は旦那と暮らしているが、ハーフタームや長期の休みはなるちゃんと一緒に暮らすという約束になっているらしい。子供は何かあるとしょっちゅうロンドンに来て、なるちゃんの仕事を手伝っていた。

話の端々を聞くと、旦那はなるちゃんをばかにしていたというか、何も知らないんだからお前はという扱いをしていた。子供の教育のためにこういうバカな母親がいるのはどうか、みたいなことを平気で言う人だったらしい。父親は子供は絶対に手放したくなかったらしく、親権や教育に関することはすべて父親が仕切る、生活のこまごました面倒も父親の身内で全部固めるという話になったらしく、なるちゃんは本当に子供の休みの期間しか、こどもの面倒を見させてもらえてないようだった。

ただし、父親はそれなりに話を聞いていると、そこまで間違ってもいないような気がする。時たま会うなるちゃんの子供を見ると、それなりにきちんとしてるし、きちんとした学校に通わされてるようだった。そして、子供がなるちゃんと休みの時期にロンドンできちんと過ごすためにもそれなりに金銭はまとまって渡したようなので、まあ、そこまでひどい男とも思えなかった。

なるちゃん曰く、「一緒にいても先が見えていた。いくらお金があっても先が見えていてそれがつまらないようなものに見えた。みんなに我慢して一緒にいれば、苦労しないって言われたけど、そういう我慢はしたくなかった。自分で何かやって自分で生活したかった。」というのが離婚の原因だそうだ。

もともとパブになるちゃんを紹介したのはコロナ禍になるちゃんとブルースと調理のおばさんがタイ料理の弁当をボランティアで作り、近所の年寄りに配っていたが、その年寄りが残した弁当を食べた子供がいきつけのパブに紹介したというのがきっかけだった。

何が幸いするかはわからない。なるちゃんはしょっぱながパブという場所ではあったが、キッチンを確保し、自分で飲食ビジネスを始めることになった。

なるちゃんは本当に明るくて元気のある性格で、最初はロンドンという土地柄にも慣れておらず、小うるさいロンドンの客に結構失礼なことをやらかして散々怒られてるという場面も見かけたが、持ち前のガッツでうまくその辺は対応し、最近はパブよりもタイ料理目当てでお客がやってくるようになった。地元のレストランレビューなどでも、今月のおすすめなどに取り上げられるようになって、知名度もあがってきた。

ビジネスは大成功だね、よかったねというところであるが、なるちゃんはいつも「ラブライフが全然だめで」「リレーションシップがだめなので」などと言っていた。要するに旦那や彼氏がいないので人生つまらないみたいなことをよく言っていた。

パブは3階建てである。2階はキッチンユニットがあり、3階はエアビーになっていて、2組が滞在できるようになっていたが、最近は1部屋はパブの住み込みのマネジャーのクリスがそこを使い、もう一部屋はダブリンから出稼ぎに来ているアダムという男が住んでいた。

アダムは熱心はゲーリックフットボールダブリンチームのファンで、サッカーはリバプールのファンである。私がゲーリックフットボールにはまるきっかけになった、GAAダブリンの暴れん坊将軍、顔は花王石鹸ことディアムンド・コノリーという選手の話をしてから私はアダムとはそれなりに話すようになった。アダムはまめにゲーリックを見にダブリンに帰っていて、気前がいいというか、一応何か試合を観戦に行くと私に試合のパンフレットを買って持ってきてくれ、時たまファンマガジンみたいなのがあれば、それを分けてくれたりした。一応試合があって、ダブリンまで見に行けないときは「xxのパブでダブリンサポーターが集まるから一緒に来ない?」などと誘ってくれたりと、まあ、結構マメに連絡くれたりする男だった。

普段は家の内装の関係をやってるらしく、いつもパブの前には白いトヨタの彼のバンがあった。小柄で容貌はフツーのおじさんであるが、まあ、なんとはなしにイギリスの女が好きそうだなという雰囲気のある男だった。体がガチムチ、見るからにマッチョだったし、おしゃべりに近い部類ではあるが、くだらないことは言わない感じだった。普通に世間話もできれば、女性のたわいのないおしゃべりもくだらないという感じではなく、ちゃんと聞き役をやっていた。ふるまいには余裕があり、ちゃんと女性を守ってくれそうな雰囲気の人だった。

時々、彼の話のはしばしに娘がいるというのはなんとなく知っていたが奥さんの話はあまり出て来なかった。でも頻繁にダブリンに帰っているのだから、彼はダブリンに家庭があるのであろうというのが私の推測だった。

前にだったか、パブにいたバーメイド頭のクレアさんにこっそり呼ばれて「あのさ、アダムの話なんだけどさ、」と言われて「はい?」という感じでよく話を聞いたら「独身って言ってるみたいなんだけどさ、あの人結婚してるの?」と聞かれたことがある。「あなただったら知ってんじゃないかなと思って、人に聞いてくれって頼まれたのよ」というのであるが、私はかみさんの話はしらないが、子供がいるのは知ってる。ダブリンにしょっちゅう帰っていて、ホテルに泊まってる風でもないし、実家は自分の大嫌いなマンチェスターユナイテッド支持の兄貴がいるからよりついてないって言ってた、と言うくらいしかなかった。

クレアさんに聞いてくれと言って頼んできたのは、パブでは「ポーランドの伯爵夫人」というあだ名のついた女性だった。未亡人で、この近辺で持ち家が数件あり、それを管理するビジネスをやっている女性だった。思いっきり、ロンドンの人ではあるが、3代前はポーランドの貴族という家柄の人らしく、そういうあだ名がついていた。パブではあまり見かけなかったが顔くらいは知ってる人だった。アダムはこの未亡人から相当仕事をもらっているらしいし、一緒にデートに出かけているという噂だった。伯爵夫人はアダムと一緒に住みたいらしかったが、アダムが強硬にそれを拒否するらしく、その辺からいろいろと疑惑が広がり、クレアさんに探りを入れるように頼んできたらしかった。

「別に結婚していて向こうに女がいても構わない、ロンドンまで出張ってこなければ、どうでもいい。」とは侯爵夫人は申しているらしいが、かなりご執心のようだった。(ロンドンなどの大都会で割に経済的に余裕がある女性はこの手のことを言う人が非常に多いです。不倫だから、と言って身は引きません。正直、ロンドンで不動産持っていてそれなりにキャリアもあって、男に頼る必要性のない人はこの手の人非常に多いです。私も相手のテリトリーには踏み込まないから、あんたもそうして頂戴みたいな人です。)

それからしばらくして、パブでバスの運転手に出会った。「お前さ、最近アダムと何話した」と聞かれたので「ディアムンドコノリーがパブで大暴れして訴えられて裁判になった話」と言ったら「そうじゃなくってさ、」というので「わからないよ」と言ったら「お前あいつが既婚だって知ってるか?」と聞いてき’た。そして「とりあえずさ、簡単に言うと、いろいろな人にあいつが既婚者かどうか聞かれたら、知らねえっていっておいた方が無難らしい。」と言って話を打ち切った。なんだかよくわからないので、よくよく話を聞いたら、「あいつはなるちゃんとできている。なるちゃんが今いろんな人にあいつの身辺のことを聞いているらしい。で、あいつはそれに気がついて、今パブの人達にことを荒立てないように頼んでまわってるらしい」と言われた。

なるちゃんが結婚したいとか次のパートナーが欲しいとさんざん言っていたのは聞いていた。旦那とは年齢が相当離れていたというのもあり、性的なことも不満だったのでそこもちゃんと一致する人がパートナーにほしいとさんざん言っていたのは知ってた。バンブルというマッチングアップを電話に入れていて、しょっちゅうそれを覗いてはタイレストランが休みの月曜か火曜にデートしていたのも知っていたが、私はアダムのことは知らなかった。

バスの運転手にこの話をされたあと、数名に「アダムってさ、あんた仲いいみたいだけど、奥さんいるの?」と聞かれたが、もう面倒臭いので「知らんわ」といっていた。

そして、ある日、なるちゃんが私のところにやってきて「アダムのこと知りたいの。結婚してるの?私には結婚してたけど離婚して一人って言ってきてるんだよね」と言ってきた。「知らない。娘がいるのは知ってるけど」としか私も言わなかった。

なるちゃんはもう私がアダムとなるちゃんができていたことを知ってるのをわかったような口ぶりだった。

一応なるちゃんとアダムは破局したらしいが、それでもなんとはなしにパブで二人で親密に話をしているところはしょっちゅう見かけるし、なんとなくまだお付き合いは残ってるような気がしてみている。よくイギリスの人がいう「オンオフリレーションシップ」というやつだろうか。

そして、アダムはいつも通り、私や私の連れによくGAAのことを話しかけてくる。なるちゃんは話に入りたそうだが、話にはついていけるタイプでもないので、遠くからじっと私たちを見て居る。

(なるちゃんには何回もサッカーのことなど説明をしているのだが、全然頭の中に入ってくれなくて、いつも赤いシャツのチームはマンチェスターユナイテッドだと思っていて、テレビで赤いシャツのチームを見ればブレントフォードだろうがリバプールだろうが、ユナイテッドだと思い込んでいる。そして青いシャツのチームは全部チェルシーなので、「チェルシーとユナイテッドって毎日試合してるのね」などと平気でいう。)

多分なるちゃんはアダムのことが大好きだし、もっと一緒にいたいと思っていたはずである。しかし、男の方は煮え切っていないし、あちこちに女がいる状態である。たぶん結婚して、ダブリンにはそれなりに家庭もあるだろうし。

なるちゃんの切ない視線を見るたびに、秋だろうが夏だろうが春だろうが、私の頭の中には小泉今日子の「木枯らしに抱かれて」がかかるのである。切ない片思いあなたは気づかない。

思いを込めて見つめたって、男はかみさんとも別れないだろうし、あちこちで女と遊ぶ習性は改めないであろう。それでも、見つめてしまうんだよね。「涙の河を越えてすべてを忘れたい」とか「あきらめきれぬ恋でも夢はみていたいのよ」とか、あの歌の歌詞はなんて切ないのであろうか。そしてキョンキョンの声も切ないのである。










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