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大失敗という名のDJ、大炎上という名の力士

 さて先日DJをやりました。馴染みのクラブですが真面目なのでちゃんと開店25分前に行って店長さんや店員さんや演者の皆さんに「おはようございます(芸事では夜でも朝の挨拶というアンリトゥン・ルールがある。)今日はよろしくお願いいたします。」と挨拶して回っていたところ、DJブースの機材やスピーカーがまるまる最新型にリニューアルされている事に気がつきました。えっ!パッと見使い方が分からない!で、店員さんに訊こうと思ったのだがトップバッターのDJの方がリハーサルしていて訊けないというかその人が機材を完璧に使いこなしていてしかも上手い。スピーカーの出音も最高だ。リハーサルいらなくないですか。しかもその方はUSBメモリとPCを使ってDJしているのだがおれは100円CDしか持ってきていない。
「(まずい事になった…)」
いよいよ開店、お客さんがどんどん入ってきて激うまDJの方がどんどん盛り上げている。超いいスピーカーはどんな小さなアイソレーターいじりにも追随しクリアかつド迫力のごまかしがきかない大音量!ズンドコズンドコ

いよいよあと10分ほどでおれの出番だ。
「(かなりまずい事になった──)」

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──さてときどき頼まれてクラブでDJをやったりしますが、毎回毎回やる前に動悸、息切れが止まらなくなってやめたくなります。それは過去に大失敗したトラウマがあるからだ。そもそもテクノやハウス好きだったとはいえスラッシュ・メタルのギタリストの作業員だったわたしが何でDJをやり始めたのかというと遡ること17年ほど前──

2007年、神奈川県厚木市。
「人は、モテようとしなくなった時、老い始める。」
30歳になったばかりのわたしはいきなり言った。
「DJイベントをやるぞ!」
あまりのモテなさに気が狂っていたんだと思う。ある大手電機メーカーのオフィスと研究所を建てている現場の残業中、突如としてDJイベントの企画会議が始まった。仲間は5人。
その時点でDJをやった事ある者は1人もいなかった。
「まず渋谷のイシバシ楽器にCDJを買いに行くぞ!」
次の日、モテなさそのままにわたしは厚木から渋谷まで機材を買いに行った。CDJください!
「えっCDJって2台必要なんですか!?」
あとDJミキサーも必要だった。店員さんに言われて初めて知った。勉強になった。
その後レゲエが好きすぎて自衛隊を辞め作業員になった人(この人の話で3時間ぐらい話せるほどあまりにもぶっ飛んだ人)の下でアナログDJを1ヶ月ぐらい修行して、初めて人前でDJをやったのは新宿三丁目のクラブだった。テレビとかに出てる本格的なダンサーが出演するブレイクダンスのイベントだった。お客さんは男性も女性もおしゃれでかっこよくてダンスが上手い若者たちがたくさん来ている!
その時わたしは事の重大さに気づいた。
「みんなが好きそうな曲、一曲も知らねえ。」
そもそもおれは顔と服装からして場違いだ。
「(まずい事になった…。)」
さてアクロバティックなダンスチームのパフォーマンスのあと、いよいよわたしのDJタイムだ。どうしよう。インクレディブル・ボンゴ・バンドの「アパッチ」のエレクトロリミックスが当時流行っていたからギリありか。いやいきなりそれではあんまりか。どうしよう。そうだ!家で作ってきたマッシュアップ(2つの違う曲を合体させたやつ。)がある。ファミコンのスーパーマリオとスチャダラパーのnobleをマッシュアップしたやつだ。はじまりますよ~ はじまりますね~というやつだ。これはウケるにちがいない!そして俺はモテるにちがいない。ていうかミキサーがNumarkのやつだ。これどうやればヘッドホンでモニターできんの?ああもう司会の方がDJターイム!AUDIO平八郎(わたしの当時の芸名)!って言った。まあいいどうせトラックは一曲目のド頭からだから頭出ししなくてもいいように0秒からおともだちだ。いくぞ!ポチっとな。


ドデッテデデデデン ドゥンドゥン


満員のクラブにスーパーマリオが死んだときの音が鳴り響いた。


まちがえた─────持ってくるCDRを間違えた。額というか顔全体にドオウと汗が吹き出る。お客さんが全員こっちを見ている。2秒…3秒…4秒…音が、音が出ねえ!なんかかけなきゃ!なんか!そしてわたしが掴んだCDは「クラフトワーク」の「アウトバーン」だった。

「アウトバーン」(1974年 ドイツ)
テクノの源流にして開祖、クラフトワークの名曲。ゆっくりたっぷり20ぷん以上ある。

お客さんたちが一斉にバーカウンターに足を向け仲間同士の談笑に花が咲く。わたしは全身汗びっしょりで必死に次の曲をかけたが、PAさんが音量を下げたのでフロアにはわたしが汗だくで選んだダサいかすかなBGMがかっこいい若者たちの楽しい会話の邪魔にならないような音量で流れていた。

ん、死にたい


あー思い出しただけで、死にたい!しかしその後下北沢や代官山でDJやったり横浜中華街で仲間たちとついに自分たちのイベントをやったりAUDIO平八郎のMIXCDを作ったりしていたら

たのしい


と思った。モテはしなかったが、楽しかった。友達もできなかったが、楽しかった。

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───で、先日のDJ(まずい事になった)なんですが、激うまDJの方が交代の時Vitalicのマイ・フレンド・ダリオをかけたので

マリオ

の悪夢が甦りました。

おわり



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