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クヴェヴリと漫画とわたし

東欧グルジア🇬🇪現ジョージアの古代製法ワインに出会ってから劇的に嗜好と思考が変わった。素焼きの甕に土着ぶどうを入れ、地中に埋めて自然発酵させるそのワインは出汁のような旨味がして輝くオレンジ色なのだ。


キレイな酸味とまるい渋みをともなう未知なる味が独特で「好き」と「嫌い」がはっきり別れる。そこがまたいい。愛飲して4年になる。2年前にはついに店まで出してしまった。


ぶどう栽培も独特で月の満ち欠けや宇宙のリズムを取り込み、コーカサスの土壌と自然界のエネルギーを葡萄の樹に最大限に還元させる有機農法で育てる。


農家それぞれのマラニ(蔵)に宿っている菌とぶどうに付いている野生酵母、そしてクヴェヴリという人が入れるくらいの大きな壺、この肝心かなめの三点が神秘のワインをつくる。


土地の菌と蔵の菌と葡萄の酵母による壮大な共同作業。8000年前からつづくグルジア伝統お家芸。


ジョージア全体のワイン生産量のうち1〜2%しか生産されてない古代製法クヴェヴリワイン。2013年、ユネスコ無形文化遺産となった。生産者の愛と熱と技術がなければ存続が難しい。


昨今日本にもジョージアワインを目にするようになってきたがステンレスタンクや樽で量産しているものがほとんど。当店ビンガでは古代製法の造り手の意志や伝統をリスペクトし継承していきたいのでクヴェヴリワインのみ扱っています。


はじめて飲んだときはこの製法や産地も知らずアメリカのジョージア州?と勘違いしてたくらい無知だったのですが、一口飲んだ途端なんとも言えぬ感覚になり不思議な顔をして「なにこれロマン」とぼそっと言ったそうだ。青山の国連大学内ファーマーズマーケットでの出来事。


そのとき脳内タイムスリップしたのを覚えている。いきなり4歳か5歳くらいの記憶。母の実家がぶどう農家をやっていて、天棚で囲まれた広いぶどう畑の奥に牛舎があった。なぜかバナナの木や井戸があり朽ちた藁葺き屋根の民家、更に奥に進むと防空壕の跡まであった。記憶なのか、前世なのか。どちらにしろはっきり光景が浮かんだ。


古民家はもう誰も住んではなかったが納屋になっていて床土を掘った穴ぼこに芋を入れて貯蔵してあった。私はアルプスの少女ハイジになったつもりでそこに藁のベッドを作って寝そべったり、穴ぼこにもぐってマンガを読んだりしていた。土のかおりに包まれた秘密基地。クヴェヴリワインの匂いや土壌のエキスを感じて当時の記憶にジャンプしたのか。。。


古い納屋に片されていた少年マガジン、少年サンデー、少年チャンピオン。いとこのお兄ちゃんの読み終えたマンガ本の中から私の宝探しが始まった。手塚治虫、ちばてつや、小山ゆう、鴨川つばめ、山上たつひこ、梅図かずお、偉大なる漫画家たちの作品をこの穴ぼこの中で読みふけり血となり肉となっていった。


それはあたかも地中のクヴェヴリのなかでブクブク発酵する葡萄のように、穴の中でジャパニーズ漫画カルチャーを自らの中に培養させていった幼き自分の姿とかぶった。


のちに講談社ちばてつや賞の大賞をいただくことになるとはこのとき夢にも思ってなかったけど、間違いなくこの穴の中で描きたい欲求や表現したい自我へと熟成していった。


漫画と自分の話になってすみませんが、手塚先生の「ふしぎなメルモ」よろしくキャンディの代わりにグルジアワインを飲んだとたん時空をさかのぼり到達したのがあの穴の中の自分だったとは。


連想が妄想となり、妄想を現実へと転化させる糸口が見つかった!そうなったらもう止まらない。こどもの心にもどった私がまずはじめたことは、もう自分に嘘はつかない。人の顔色も見ない。好きなことをとことんやってみよう。


忖度とコンプラにまみれた時代にオサラバした。


その日から嗜好と思考が変わり樽の白ワインが甘く感じて仕方がない。醤油も木桶仕込みのものに旨さの衝撃をうけ、日本の発酵食、ホヤなどの天然珍味とクヴェヴリワインの相性のよさに気づき独自のペアリングを開始。糠の研究もはじめた。


いつしかBAR頻伽(びんが)はサチラボと呼ばれ、「すいよせられる人」と「いぶかしがる人」に別れていった。わたしはその引力と斥力を面白く思い、同時に感謝した。好意的な好奇心をもつ柔軟な人たちとの純度の高い自由空間を手に入れたから。


店の看板もあえて出さず、わざと閉塞的なスペースを作り出した。この店の地場と磁場に直感的に惹かれる人だけを待った。勇気のいるチャレンジではあったが穴の中の秘密基地で遊んでいた頃のワクワク感に満たされていた。基地の復活!


「こんなニッチな商売成り立つの?」と心配してくれる人もいたが、応援してくれる優しい気持ちだけくみとらせていただき、よりマニアックに今まで秘めていた自己の世界観を解放していった。


「心配」という心遣いより、「好奇心」という弾けたエネルギーをもつ人達が楽しめる店にしようとがっつり腰を据えた。


頻伽の上座に鎮座する石と貝殻でできた地球儀。時々換気をするように月光浴させながらクヴェグリワインをのむ。童心にかえった意味のないおまじないだけど大切に思いを念ずる。店を気にいってくださった人たちの幸せを。太陽とコーカサス大地の叡智を。理想を現実にした自分を。生産者へのリスペクト。愛。


既成概念にとらわれず、新しい価値観でものを見る創る。無理だといわれたことや不可能を可能にするストーリー。おさなき頃マンガから教わったそれらのことを自分で身を以てチャレンジしてみる。


妄想と観念のわたしのような人間でも現実の世界に一つのコミュニティである人々のための理想郷をつくれるのであろうか。。あれから2年半、ビンガのファンが増え楽しく店をまわしていけている、あの時のモチベーションも今なを続いている。


そこでこのコロナ。しかしながら今回のことで自分が思った以上にビンガのことをなくてはならないお店と思ってくれている人がとても多かったこと。わたし以上に店を大切に思ってくれている人たちの真心に触れた。


昨日もちょっと泣けちゃったよ、ここでは書かないけど。またいつか。皆さんともに乗り越えましょう。



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