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継続するコツは無意識が知っている〜勉強が嫌いなのかテスト勉強が嫌いなのか〜

こんばんは。Vinoです。
はじめましての方へ。

毎日noteを書き続けて半年が過ぎました。
学生時代までは、こうやってコツコツ続けることが大の苦手でした。

いつも何をやっても続かず、自分は何かを継続することが出来ないと思っていました。テスト勉強も直前で慌てて一夜漬けで覚えていたので、とりあえず落第しなければ良い、受かれば良いと思っていました。

今、振り返るともったいなかったなぁと思います。
合理的に考えれば、テストの目的は合格であって、何点取得しようと受かれば良いわけです。

でも、テストの本来の目的は、知識の定着度を測ることであって、決して資格マスターのようなものを目指している訳ではありません。

ですが、興味がないことを覚えるのはなかなか苦痛ですよね。

しっかりマジメに集中して聴けば面白いのかもしれませんが、世の中には、もっと刺激的で面白い遊びが沢山ありました。

誘惑に負ける自分は意志が弱いのだ、と思うこともありましたが、必ずしも自分の努力不足ではないかな、と今は思います。

受験勉強にフォーカスを当てた杓子定規な教育システムでは、なかなか子供たちの興味を引き出す面白い授業は難しい気がします。
この教育システムは、中国の科挙から影響を受けているのでしょうか。

中高生くらいの時は、アメリカの教育システムに憧れを持っていました。
自分の好きな科目を自分で選んで学ぶ仕組みは、自律性を促し、学ぶ楽しさを教えてくれるように見えました。

勉強自体が嫌いなわけではなくて、興味のないことを淡々と覚えてテストでアウトプットするという仕組みが苦痛で、継続出来なかったのだろうなぁと思います。

テスト勉強は面白くないから好きじゃないという人、けっこういるのではないでしょうか。

今も、仕事の新しい商品を覚えたり、ルール改定を覚えるのは苦痛です。
誰かが作ったものを運用するのは、子供の頃の受験勉強に似ている気がしてしまうのです。

もちろん丸暗記だけでは仕事は出来ませんが、決まった形を決まった方法で行うことに反発せず出来るメンタリティは、まるで飼い慣らされた羊のようです。

社会システムを安定化させるには必要なことかもしれませんが、それだけでは面白くないですよね。

いつになったら、この詰め込み式の世界から脱出出来るのかなぁと思いますが、自分にとって慣れ親しんだ仕組みは楽だから選んでいる気もします。

もっとクリエイティブで、海のものとも山のものともつかないジャンルでも適応出来る人は、真の冒険者だと思います。

羊の群れの中でも自分を見失わず、自分のやりたいことにチャレンジする気概は忘れずにいたいです。

冒頭に戻り、何かを個人レベルで続けられているときは、「やる」と決めていて、そのことを通じてなりたい自分像やビジョンが有り、それが叶う方法だと無意識レベルで分かっている時なのかもしれません。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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