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30年前の本から、イタリアワインを逆照射する

Vol.032
わたくしごとになりますが、最近、古い倉庫を解約して、新しいストレージを契約したため、仕事の合間を縫って、新ストレージにこもり荷物の整理をしています。
保管していた多くのものは、本や写真集、カタログ、そして美術展の図録でした。遡ること、四半世紀前に借りた倉庫のため、わたしの記憶では、段ボールは服で充満していると思っていました。しかし、箱を一つひとつ開けていくと、実際はほとんどが書籍でした。

段ボールのなかに眠っていた本に、こんな一冊がありました。『田中康夫のソムリエに訊け』。版元はTBSブリタニカ。いまは存在しない出版社です。本の構成は、作家の田中康夫さんとソムリエの田崎真也さんとの対談。1993年の初版ですから、田中さんは、長野県知事のはるか就任前。田崎さんは、まだ「第8回世界最優秀ソムリエコンクール」で優勝してません。
そんなふたりが、ワインについて何を話すのか。内容を忘れた本なので、冒頭から読み飛ばし、イタリアワインについての対談に目を留めました。

当時は、イタリアワインに関してこの程度の情報しかなかったんだ、というのが、率直な感想です。白ワインは『ガヴィ』がポピュラーだと田中さんはいう。一方、田崎さんは、「『ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノ』『ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ』『キャンティ』は、同じ品種のブドウをベースに造られています」と話を向けるが、その品種をサンジョヴェーゼとは指摘しない。

なぜ? おそらく、イタリアの土着品種のサンジョヴェーゼを説明したところで、田中さんに伝わりにくいだろう、と考えたのかもしれません。それでも、さすが、1990年にパリで開催された「第3回国際ソムリエコンクール」で第2位に輝いた実力者の田崎さん。ワインに対する感性が鋭い。
「たとえば、赤のテーブルワインでカベルネ・ソーヴィニヨンを主体に造った『オルネッライア』『サッシカイア』『ソライア』というワインがあり、評価が高いのですが、イタリアワインというよりもインターナショナルワインといえます」と断言する。

主の読みでは、田崎さんは、イタリアワインは国際品種で造るより、土着品種の方がイタリアらしさを引き出せる、と感じていたのではないだろうか。だた、書籍の発刊時は、イタリアワインの個性的な魅力が土着品種にあることを、見通せていなかった。1993年以前は、本腰を入れて土着品種を用いたワインの生産者が少なかったし、個性の強いイタリアのワインを受け入れる大きなマーケットは、世界のどこにもなかったからです。

すると、この30年間に、イタリアワインのトレンドが大きく変化したことがよくわかります。カベルネ・ソーヴィニヨンやメルローといった国際品種のブドウをブレンドして造ったワイン、“スーパー・タスカン”の大ブームがあり、老舗の銘醸ワイナリーの底力を見せつけた時代もありましたし、やがて、ナチュラルワインへと移りゆく。
ファッションだけではなく、ワインの人気も時代に左右されることが読み解けます。

この本から気づいたことで、もうひとこと。
日本におけるワインブームは、バブルのころにボージョレ・ヌーヴォがありましたが、やはり、田崎真也さんが1995年に「世界最優秀ソムリエコンクール」で優勝したのが、本格的なブームのはじまりです。そして、1990年代後半、雑誌『ブルータス』が97年、98年に立て続けにワイン特集を組み、一気にワインが“意識の高い系のひと”たちを先頭に、一般のひとへと広がりました。そのころ、レストランのテーブルで、赤ワインが入った大きなグラスをグルグル回す輩が多く、かなり滑稽な風景だったことが思い出されます。

聞き手が田中康夫さんですから、
女性とレストランにいったときのシチュエーションがありありと想像できます。
どんなワインを頼めばベストか、どのワインに蘊蓄がたっぷりと詰まっているのか……。
そんなガイド的な役割を満たすために、
田崎真也さんが、やさしく丁寧に答える対談集です。
目次をみると、いまも気になるテーマが多いですね。

次回の“ディアリオ ヴィーノサローネ”に続きます。

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