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「First love初恋」と「Love letter」を見比べて…そして「Last letter」も

*ネタバレあり
*ツラツラとまとまりなく書いていますので、そのおつもりでお読みください。

感想と気付いた点など


「First love初恋」を鑑賞した後、監督の寒竹ゆりさんが岩井俊二監督に師事していたことがあると知ったので、岩井監督の代表作「Love Letter」を20数年ぶりに観てみました。
「First love初恋」同様、北海道、小樽が舞台。雪の景色が記憶に残っているので、きっと影響受けた部分、オマージュがあるのではないかと思って…。


観終わった感想は、ウン、多大に影響を感じた!です。

どちらも「失われていた記憶」「初恋」が重要なテーマであります。

その大きなテーマ以外にも、
以下、ザッと思い浮かぶ共通点。

*物語が現在と過去、時間軸が移り変わりながらクライマックスに向かう
*行くか、留まるか、決断の時
*記憶を文章にして送る(LL:手紙、FL:タイムカプセル)
*同じ楽曲を印象的に繰り返して使用(青い珊瑚礁:First love)
*今はもうない住所(樹(男)の家):架空の住所(晴道の住所・逢巴後)
*ギミック、伏線の多用
*ニアミス(LL小樽駅前:FL迷子と出会う空港)
*卒業アルバム、図書館、飛行機、タクシー

これだけ何か共通点があっても、全く別の物語。
師匠の素晴らしい作品を、弟子が見事に受け継いで発展させた素晴らしい作品「Firstlove初恋」。そして「Love letter」もいかに傑作だったのか改めて思い返すきっかけを頂いて、ただただ感謝。

師弟関係で受け継いでいく素晴らしい才能、技術の連鎖。
これって「Firstlove初恋」で親子間で引き継いでいた連鎖(美味しい部分を子にあげる)に似ている気がします。善、良、豊の継承。

ココからはもう少し深堀り。ネタバレもある、というかネタバレを知らないと意味が分からないと思います。

博子が雪山で叫ぶシーンの意味

藤井樹(男)が亡くなった山に、秋葉によって連れてこられた博子。
一晩山小屋に泊まり、翌朝、樹が眠る山に向かって叫ぶシーン。

博子「お元気ですか?」「私は元気です」

そして病室で樹(女)が危篤から目覚めてつぶやく
樹(女)「拝啓、藤井樹様」
「お元気ですか?」「私は元気です」

この2場面が交互に映される。

このシーンの意味を考えた時、その奥深さに驚愕しました。

第1に考えたのは博子の心情。
雪山に向かって叫ぶ、しかし返ってくるのは自分のやまびこ。

これは、亡くなった婚約者・樹(男)に対しては結局一方的、自分の彼に対する気持ちは彼に届かず、やまびこの様に返って来ていた…。(樹(男)は初恋の人・樹(女)のことがずっと心にあった訳ですから)
博子の想いは独り相撲という残酷な例えであったのだと思いました。

この返ってこない呼びかけ(儀式)を行ったことで、博子は自分の愛、未練は報われないものだと理解し、樹(男)への未練を断ち切ることが出来、秋葉との未来を歩んでいくのだろうと想像できます。
(なのでここ以降登場しない。「私は元気です」はあなたがいなくても元気です、元気にやって行きますの決意の意味もある)

しかしこの時、同時に樹(女)が危篤状態に陥り、そこから意識を取り戻したシーンが並列で挿入された意味を考えます。

これは意識がなくなって死にそうになっている彼女の脳裏に、
「お元気ですか?」と呼び掛ける声が届いていたということではないでしょうか?

そう、つまり博子が呼び掛けた「お元気ですか?」が、山に眠る樹(男)の霊の力と言いますか、彼の力を通して死にかけている樹(女)の脳裏に届き、何度も呼び掛け、彼女を死から救った…と捉えることができるのではないでしょうか?

なので、意識が戻った樹(女)はその余韻を感じるように、
「お元気ですか?」「私は元気です」という言葉をつぶやくわけです。

単にここ最近頻繁にやり取りしていた博子の言葉が、樹(女)の脳裏に残っていたからとも取れなくもないですが、あの場面で、博子側の描写と交互に描かれるということはそういうことなのではないでしょうか?

ここでまたまた残酷なのは、死してなお、樹(男)は樹(女)を愛していて、救おうとしていると考えられることです。
博子、悲しすぎるw
あんなに叫んだ言葉も、相手の好きな人の救済に利用されるんだから(;^_^A

この物語も「First love初恋」同様、初恋というものの、もういわば呪縛のような逃れられない強烈さを物語っている部分があるように思います。

それにしても「Love letter」というタイトルは何重にも意味を内包していて素晴らしいです。

この場面での「お元気ですか?」が
博子→樹(男)の愛の言葉と、
樹(男)→樹(女)の言葉に掛かっている上に、
そもそも博子→樹(女だけど当初は男の方に向けている)への手紙の始まりの文章である。ここで3重に掛かってる。

さらには最後の最後、手紙と言う形をとらない樹(男)→樹(女)への図書カードのラブレター。これでタイトルとしては4重に掛かってくる。

ここまで重層的な意味をよく「Love letter」というタイトルに込めたものだと感心するばかりです。

「失われた時を求めて」

「First love 初恋」も「Love letter」も、
マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」が非常に重要な役割を果たします。「Love letter」の終盤にこの本が出てきたときは、アアッ!と声出てしまいました。昔見た時は、本のタイトルのことなんか考えてもいなかったですから(;^_^A。

そして「Love letter」で使われたのは第7篇。
タイトルは「見出された時」

「Love letter」では最後の最後に図書カードが見いだされる訳です。
中学時代には見つけられることのなかった、樹(男)の初恋していた想い、初恋していた時間。それが見いだされる。
同時に、ココまでの流れで、樹(女)の中でも忘れていた樹(男)の記憶、そして彼に対して抱いていた恋心、それが見いだされたわけです。

「First love 初恋」でもプルースト効果によって、失われていた也英の記憶が見い出されます。それもまた初恋をしていた時間の記憶。

同じ題材、「記憶」と「初恋」。
しかし紡ぎ出される物語は異なる。師匠に対しての素晴らしいオマージュであるのは勿論、弟子から師への Love letter でもあるのではないでしょうか?←上手いこと言ったw

「Love letter」では結局、博子、樹(男)、樹(女)誰の恋も成就されなかった。初恋は叶わないもの…切ない、ほろ苦いものという概念は健在。

一方「First love 初恋」は大団円。
この違いは時代の変化も影響しているような気がします。
「Love letter」の90年代よりもさらに不景気、コロナ禍、政治への不信等々、閉塞した時代において、せめて作品の中だけはハッピーエンドを望む世間の気持ちが何かしら影響しているかもしれません。
やっぱり悲恋はツライ。せめて夢見させてよ…って気持ちが強いです。私も。

「Love letter」ではプルースト効果、肉体的記憶についての描写はなかったように思います。(気付けなかっただけかもしれません)
そういう点では似た題材を使いながら、そこまで発展させた弟子、寒竹監督の手腕が光ったということでしょう。

他ブログの考察記事を読んでナルホドと思ったところに、
風邪で病院に行った樹(女)がウトウトする中で、父親が病院に運び込まれる記憶がフラッシュバックする場面。
廊下を走るベッドが扉をバッと開けた時に、樹(男)が本を渡しに樹(女)の家にやってきて扉を開けた記憶?映像がフラッシュバックする。
これが閉ざされていた樹(女)の記憶の扉が開かれたというメタファーだったと。見返すと確かにこれ以降、樹(男)との中学時代の思い出話が始まって行きます。

ただ、どうしてこのタイミングでそのフラッシュバックが起こったのかが不明。プルースト効果のように、肉体的記憶がそれを引き起こしたようには見えなかった。この後の博子の依頼(樹(男)のことを教えて欲しい)の手紙で、少しずつ思い出していくわけですから。

私が読んだ他の方の感想記事では、
霊の樹(男)がそもそも博子と樹(女)の関係を始めさせ、このフラッシュバックしかり、見えない力を働きかけ続け、最後に自分の叶わなかった想いを樹(女)に気付かせたかったのだろうと…それなら納得かな。

雪の中のトンボ

樹(女)が父の葬儀の後に見つける雪の中のトンボ。

物凄く象徴的に映されるが、何を意味しているのかピンと来ない。
幾人かの感想を読んでみてわかったのは、

死んでいる=樹(女)の父の死、樹(男)の死
共に雪の日、雪山と雪に囲まれて死んでいる。

トンボ=儚いものの象徴

そしてコチラで書かれていた
「人生は、はかないものを永遠のものにするためにある」
という言葉。

トンボと言う儚い生き物を雪の中でとどめる(=冷凍保存=永久保存)

肉体という儚いものは消えても、人の(樹(女)への)想いは冷凍保存されて残っていた、ということでしょうか…

儚く短い人生において、いかに永遠に残るものを作り出すことが生きる意味であるということでしょうか…

難しいですね~。深い。そんな凍ったトンボなんてメタファー出されてもアホだからワカラン(;^_^A

映画的に言ってみると、人類という大きなフィルムに、例え儚く小さな命でも光を放って何か焼き付けて残すことが出来ると。偉大な功績でも、誰も知らないような努力でも、何かしら影響を残す、それが生きる意味だということでしょうか?う~ん、深い。色々意味を反芻して考えてみたいテーマです。

恒美との共通点

そもそも動画コメントで博子と恒美が似てるというのを見かけて、「Love letter」を観始めたのでした。

で、共通点があったか?というと…あった。
報われない恋の相手に対して執着している、ということでしょうか?

博子も恒美も、初恋の呪縛に囚われた男たち(樹(男)と晴道)を好きになり、結局その呪縛を解くことが出来なかった存在。確かに似てる。

博子の方はその執着から解放され、さらには次なる受け皿(秋葉)をも用意されていたので救われた感じはあります。

一方恒美は…なんとか吹っ切ろうとしてはいましたが、まだまだツライ状況、その後がなかったのでツライままなのがちょっとかわいそうですよね。

ただ見かけたコメントで面白い指摘だと思ったのは、
恒美はカウンセラー。人の心理のスペシャリスト。
晴道が也英のことを引きずっているのは十分わかっているし(晴道実家で色々知った)、也英が再び現れた時点で勝つことのない戦いを続けたのは恒美自身。そのことも自分でわかっていたはず。
しかしプロの理性より感情が執着させズルズル引き延ばしたのだと。

初恋と言う呪縛と同じで、愛情という厄介な感情。
カウンセラーだから自分で癒す方法もある程度わかってそうだし、まあいいんですかね?(;^_^A 広島風お好み焼きと尾道ラーメン、カープの試合観て癒されていると信じたいですw

雑記

やはり印象的な絵作りって大事。
それと魅力的な人物。

トヨエツ演じる秋葉。
トヨエツの関西弁ってなんか変な感じ。イントネーションがおかしいんじゃなくて(元々東大阪、八尾だっけ?)、妙に関西弁を強調し過ぎているというか…ベタ過ぎるんですかね?力入ってるのかなぁ?

でもやはりスタイルの良さ、立ち姿の存在感は絵になる。
誰とは言わんが、いくら顔が良くても立ち姿が貧相、チンマリしてると、絵的にイマイチなんですよね。バランスが悪いというか、説得力がないというか。絵にならない。

柏原崇の藤井樹(男)。
監督は窓辺で風に揺れるカーテン、差し込む光、本を読む美少年…わかってらっしゃるwww ちょっと笑ってしまうほど。
樹(女)が彼を好きになる直接的な描写は無かったけど、この神々しいかのような彼の姿が彼女の視点で見られてることで、彼女が恋してる、少なくとも意識しているのが伝わりました。

岩井監督にしても、寒竹監督にしても、男性キャラを魅力的に映すことが上手。アッ、この前に観た「恋する惑星」のウォン・カーウァイ監督も。
ムリなキャスティングだと、こんな男に惚れるか?という邪念が邪魔するけど、説得力があるキャスティング。説得力のある撮り方。皆さんわかってらっしゃるw

及川早苗役の鈴木蘭々。
ポンキッキーズで安室ちゃんと着ぐるみ着ていた時から、私は二人ともに闇を感じていたからw、このヤバい感じの役はムッチャ面白かった。ピッタリ!コレも監督のキャスティング能力の高さだなと。

そういえば鈴木蘭々、柏原崇、芸術家のクマさん、范文雀、最近見かけない顔ぶれが多かった。范文雀さんは2002年に54歳で死去。
ミポリンもこの時ほど第一線じゃなくなったし。
トヨエツ、加賀さんあたりはまだ第一線って感じ。
でもこの時のミポリンの演技が評価されたのは確かにわかる。
加賀さんを見ていて、昔から小悪魔的で似てると言われるキョンキョンを思う。
キョンキョンがあの路線というか、このまま加賀さんの後継ポジションに行きそうな感じ。「Firstlove初恋」観てても思う。


あと面白いと思ったのは、岩井監督が「Love letter」作ってから20数年経って2020年に「last letter」という映画を作ったこと。
宇多田さんが「First love」を作ってから20年ほどして「初恋」を作ったのと似てる。

そして「First love」が台湾での音楽ランキングで軒並みトップになったこと。
「Love letter」もその後、韓国で上映され150万人の大ヒットになり、2021年には中国でも再上映され人気になったそう。
両作とも国、時代を越えての大ヒット。何かの縁があるかのようです。

「Last Letter」も観てみた

引き続いて岩井監督の「Last letter」も観てみました。

コチラも「初恋」が重要なテーマ。
そして「手紙」が重要な役回り。

でも私はイマイチ好きにはなれなかったです。
何か大事なコトを見落としている、理解できていない気はするのですが、
例えそれがわかっても、やはり暗い影が強すぎて、あまり好きにはなれないです。

一番は、未咲の死に至るまでの理由がイヤ~な気分になるから。

次に、トヨエツとミポリン(「Love letter」コンビ)が出てくるのですが、
「Love letter」を観た直後だったということもあり、二人には幸せな未来を歩んで欲しいな…と思っていたところに、どうしようもないクズ男と共依存してそうな場末の飲み屋で働く女(妊娠中?)として登場。

確かにあの二人がこういう風になる世界線もあるとは思うけど、そんな残念な世界線で見たくはなかった(別人設定ですけどね)。
トヨエツの役どころは乙坂に強烈な言葉を浴びせる重要な役だとは思うし、熱演は素晴らしいと思うけど、「Love letter」ファンはアレ、嬉しいんだろうか?アンサー映画的な立ち位置と聞いていてアレ見たら…結構ショックじゃないですか?それだけじゃなく時の流れの残酷さも目の当たりにしてるのに(;^_^A。

あと突飛な設定も。
「Love letter」では同姓同名の男女が同じクラスに存在したという突飛な設定。そして死者に手紙を送ってみるという突飛な設定。そしてそれが届いて返信まで来る。

しかしそんな突飛な設定も、観てる側がワクワクする、なんか面白いこと起こりそう!と思えるなら大して気になりません。それがドラマを起こす装置だから。人を動かす鍵は、この「ワクワク」だと常々思っています。ミポリンも歌ってるし、「WakuWakuさせてよ~♬」ってwww

一方「Last letter」でも裕里が姉の振りして同窓会出たり、乙坂と文通始めたり、そこはまあちょっと無理が無きにしもあらずですが、そこは松たか子のキャラで何とかまあ乗り越えられますし、ワクワクはするんです。どうなるの?この展開?…と。

それで、「Love letter」ではその結末は博子にとっては失恋、樹(男)への想いとの決別(そして再生)。樹(女)にとっては過去の初恋の発見。ほろ苦く切ない想い…と言った感じ。

しかし「Last letter」では徐々に明らかになる未咲の死の理由が悲惨すぎる。

確かに乙坂は初恋の呪縛から一旦決別し、新たに作家として歩もうとする。
裕里も乙坂との出会いで、心にわだかまっていた想いを吐露し、姉の死を受け止めることが出来た。
娘・鮎美も乙坂と出会ったことで、読めなかった遺書を読むことができ、母からのメッセージを受け止め、未来に向かって行くのでしょう。

再生の物語…というのはわかるのですが、私はやはり暗い部分に心が持って行かれて陰鬱な気分の方が勝ってしまうのです。

あと初恋の部分の描写がちょっと雑なような。この物語の肝なのに。

まず神木君のキャステイングがイマイチ。演技は問題ないんです。
(神木君自体は好きですよ。来年の朝ドラも楽しみだし)
でも申し訳ないけど輝きが感じられない。高校生としての瑞々しさも。
最初出てきたときも、なんか顔がむくんだ上に白塗りしたみたいな顔をしていて、「初恋」という美化した記憶の登場人物としては色々残念。感情移入がしにくい。

興行的にビッグネーム俳優の起用はわからなくもないですが、ココは無名でもキラキラした若さのオーラを放つ俳優を使用するべきだったと思う。

あと高校時代の3人の初恋の描写がわかりにくいかな。
乙坂は未咲の顔に惚れたのはわかる。
裕里が乙坂に憧れたのもわかる。
しかし未咲が乙坂を好きになる所がわからない。
ここで申し訳ないけど容姿で!というのは、あの神木君では説得力が欠ける。
(「First love初恋」の晴道は顔、スポーツ万能、ちょい悪、モテる男子学生のお手本のようなわかりやすさ)
ではラブレターの内容に感銘したから?としても、結局あのラブレターは裕里が代わりに文通していて、未咲がどこまで読んだのかわからない。
実は全部読んでいて、照れ隠しで訊かれたときに知らない振りをしたのかもわからない。未咲にとって乙坂がどれほど大事な「初恋」だったのか、今一つピント来なかったです。

結局、駆け落ち同然で悪い男オーラがビンビンの阿藤の元に行ったんだから、乙坂のような男に強烈に惹かれるタイプじゃなかったってことになるし。

庵野監督j演じる裕里の夫も、嫉妬してスマホ水没、大型犬2匹も買ってきて世話を押し付ける、姑を同居させる…ここまで来るとカワイイ嫉妬じゃなくて家庭内パワハラ、暴力の無いDV。

犬が乙坂と鮎美&颯香が出会うきっかけになるし、姑の英語の先生を登場させるために、この夫がいろいろ小道具や場面を生み出す裏方的な物語を回す人物なのはわかるのですが…。

夫のスマホ画面が、エヴァの海岸っぽかったのはフフッっとなりましたけどw

図書館で夏目漱石の本を触る、あれも意味あったのかな?
どうせならプルーストの「失われた時を求めて」にすればよかったのでは?

メール、テレビ電話…手紙の必然性が無くなってきた現在、手紙をプロットに入れ込むことに苦心するあまり、ちょっと物語自体の細部へのこだわりが雑になったのか…。

登場人物の名前が
岸辺野、乙坂…これはあの世とこの世の境的な意味があるのかな?
彼岸と此岸、あの世とこの世。
坂…黄泉比良坂、あの世とこの世の境にある坂。

遠野はなんだろう?遠野物語は岩手、この映画は宮城、ちょっと違う。
遠野物語に黄泉の国に関する話があるのかと思ったけど…。

「Love letter」では樹(男)の霊が、「Last letter」では未咲の霊が、
初恋の相手に思いを届けたという意味もあるのかな?と思ったのですが。

以上「Last letter」の感想でした。


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