「コンセプトを持ち込むのではなく、シンプルな言語で語りたい」〜演出のピエール・オーディが語る、新国立劇劇場「シモン・ボッカネグラ」オペラトーク

 やれオペラハウスの引越公演だ、ウィーンフィルだベルリンフィルだとやかましい11月ですが、個人的にイッチバン楽しみなのは新国立劇場の「シモン・ボッカネグラ」です。ヴェルディのオペラの中でも3本の指に入るくらい好きなオペラ。それが新制作で新国立劇場初演、キャストもとびきりなら指揮は大野さん、そして演出は世界的に有名なピエール・オーディなんですから。期待するなという方が無理なのです。
 昨日3日、新国立劇場のホワイエで「オペラトーク」が開催されたので行ってきました。これまた、大野&オーディのコンビなのです。
 面白かった。本当に濃密な時間でした。特にオーディさんのお話は実に貴重でした。
 オーディさん、「シモン」は、オックスフォード大学に在籍していた学生時代から大好きなオペラだったそう。ともかく音楽が素晴らしい。「音楽が流れている。最初から最後まで覚えたくらい好きです。指揮者もこの作品は好きですが、シンフォニックだかだと思う。ヴェルディオペラの中でも2、3に数えられる傑作」だと。ストレーレル演出の伝説のプロダクションがロンドンのロイヤルオペラにかかり、それを観に通ったそうです。とはいえ、「自分が演出しようとは思ってもいなかった」とのこと。一つの理由は「プロドットが複雑だから」ということのようでした。「プロローグと第1幕の間に25年という年月がある。まずここが難しい」。
 とはいえ大好きなオペラですから、オファーが来たときは喜んで受けたそうです。ちなみにオーディさんがヴェルディオペラを手がけるのは4作目。「イエルサレム」「アッティラ」(METでムーティが指揮したもの)、「リゴレット」(ウィーン国立歌劇場)、そして今回の「シモン」です。
 大野監督曰く、「本作には3つの対立がある。愛、ジェネレーション、そして政治における分断」。それに対するオーディさんの答えは
 「シモンは現代的なオペラ。いらない要素を排してシンプルにやりたい。コンセプトを持ち込むのではなく、シンプルな言語で語りたい」それが肝のようです。それなら、昨今流行りの、やたら雄弁なレジーテアターにはならないですね。
 使われる色は、ジェノヴァの旗の色である白と赤〜対立の象徴でもある〜、そして黒だそうです。ジェノヴァの総督であるシモンは、いつもこの「旗」を背負って現れるそうう。
 「ストーリーは、シモンの「死」に向かって動いている。。恋の成就という個人的な願望で総督になったが、それは叶わず、愛を失った痛みから回復できないでいる。だがシモン自身は平和的な人物で、周囲が騒乱の中にあるのに、平和を願っている」
 という解釈も興味深かった。
 今回、オーディさんが連れてきた舞台美術担当のカプーアさんは、現代美術の大家として著名な方ですが、今回の美術は、「ストーリーよりテーマにヒントを得た」。大道具は、「死」と「女性性」の象徴である「逆さまの火山」。シモンが死に向かって歩いている人物だというところから連想して、火山の火口の近くに住み、いつも「死」のことを考えていたというエンペドクルスという古代ギリシャの哲人を考え、そこから「逆さまの火山」に辿り着いたそうです。なるほど。
 ただしプロローグでは火山は出ず、幾何学模様が中心で、シモンとマリアは船の上でデートしているような感じになるそうです。シモンは海賊ですもんね。
 オーディさんによると、「ヴェルディのオペラを現代美術家が担当するのはまれ。現代美術家が出てくるのはワーグナーとか現代オペラ。私も、ヴェルディオペラで美術家と組むのは初めてです。
 「シモン」は、美術家の世界観があると音楽が際立つ作品です。音楽を大きなテーマとして捉え、アリアではなく、会話として物語を前に進めていく。そして、本質的なものしか見せない。発見がたくさんあります。
 日本の舞台芸術もヒントになります。先日能を見に行きましたが、あれは本質的なものしか見せない芸術の究極ですね。尊敬しています」。
 人物で、肝となるのは悪役のパオロ。ここがちょっと問題で。
 「パオロは「オテロ」のイアーゴのように、物語を前に進めるキーパーソンなのですが、彼につけられた音楽が少ないので、演出でそれを補う必要があります。そういうサブコンテクストを見せることで、物語がわかりやすくなります」。
 それは本当に重要なポイントだと思います。
 自分の主張を振りかざすのではなく、プロットがわかりやすくなるように、そして音楽の美しさが際立つように。オーディさんの話からはそれが感じられ、しかも読みが深くてスリリングで、とても惹きつけられました。一流の方の話の面白さを味わえました。
 大野監督がピアノを弾きながら、初版と改訂版(現行版)の音楽の違いを説明したり、カヴァーの方達(と言っても日本を代表する歌手の方々)の贅沢な歌も(しかも大野さんの迫真の解説付き)あり、充実の1時間40分でした。
 「シモン・ボッカネグラ」は15日に開幕。5回公演で千秋楽は26日です。26日には私が主催する「ようこそオペラ!」での鑑賞会がございます。残席わずかですが、ご興味を持っていただけるようでしたらお問い合わせください。
公演サイト
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/simonboccanegra/
ようこそオペラ!
https://www.casa-hiroko.com/?p=452

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