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【so.】平 安代[5時間目]

「いまからホームルームを始める」

 三条先生がホームルーム開始を宣言して、お弁当が遠くへ飛んでいってしまった。お腹がすいたなあ。さっそく新藤さんがいつ食べられるのか聞いてくれたら、このホームルームが終わったら食べられるってことが分かった。じゃあ何をやるのかなと思ったら、みんなに聞きたいことがあるって言う。

「こないだ面談やったじゃないっすかー」

 和泉さんが言うと、三条先生は答えた。

「年末の件はもういいんだ」

 郷さんが死んじゃったことじゃなければ、さっきの人体模型が落っこちてきたことかな。今まで体育館で校長先生のお話を聞いたばっかりなのにな。

「山浦が犯人ー?」

 和泉さんが言う。えっ、山浦さん? 見回してみるとたしかに山浦さんの席が空いている。いないのかな。帰っちゃったのかな。

「三条先生、でも、山浦さんだけいません」

 部長もそう言った。山浦さん体調でも悪いのかな。そねちゃんも体育を休んだし。そう思い返して、そういえば地理準備室から出てきたそねちゃんの驚いた表情が頭に浮かんだ。もじゃとそねちゃんが険悪な雰囲気になったのも分かんなかったな。仲直り出来たんだろうか。今日も分からないことばっかりだ。

「君たちの中で、裏サイトってものを知ってるのは何人くらいいる?」

 先生がみんなに尋ねた。裏の斎藤? 斎藤ってだれ?

「何それー」

 新藤さんが大声で言った。

「匿名で誰でも書き込めるネットの掲示板のことなんだが、このクラスの掲示板もあってだな」

 このクラスの掲示板が裏サイトっていう名前なのか。へー。

「先生」

「なんだ」

 細田さんが死にそうな声で言う。

「もう、郷さんのことがあって、さっきの人体模型落とすような酷いことがあって、これ以上、刺激の強いこと、やめてください…」

「いや、なんというか」

「先生、先生、ほんと、ワタシ、つらい…。さっきから気持ち悪くて吐きそうなんです」

 細田さんはゲボ出すみたいな真似をした。ぎょっとしたけれど、真似だけだったらしい。

「大丈夫か。ちょっと隣の席だから悪いけど、伊村な、細田を保健室まで連れて行ってくれないか」

「…わかりました」

 伊村さんが細田さんを連れて教室から出て行った。体調が悪くなる人が多い日だなーと思った。

「他の者も気分が悪くなったりしたら、遠慮せず言うように。それで…どこまで話をしたか…」

「このクラスの裏サイトについてです」

 部長は話をちゃんと聞いていて偉いなと思う。わたしは5分前くらいになるともうよく分からなくなる。細田さんのことが無ければ裏サイトのことだって覚えていたはずだった。

「…今日の書き込みの中に、看過できないような物があったんだ」

「カンカってなんですか?」

 すぐに岡崎さんが聞いてくれたから良かった。

「殺害予告じみたものがあったんだ」

 カンカって殺害予告ってことなんだ。へー。

「ひっ」

 誰かが小さな悲鳴を上げた。何か怖いことがあったんだろうか。

「いいか、ちょっと気分を悪くする者もいるかもしれないけれど、読み上げるぞ。…やってやるやってやるやってやるよ見とけよ。この書き込みが午前中の最後の書き込みだ。そして人体模型が落ちた」

「じゃあ山浦が書き込んだんだ!」

 和泉さんが勢いよく言った。山浦さんが人体模型落としたのか。なんでそんなことしたんだろう。山浦さんのことを全然知らないからよく分からないな。

「推測で犯人扱いするんですか」

 埋田さんが怒ったように言う。でも、やってやるって書き込みをして、人体模型が落ちて、いま教室にいないんだから、怪しいんじゃないのかな。

「大事なのはな、この後なんだ」

 先生はまだ続きがあるように言う。殺害予告って言ったら、人体模型を落とすのとは違う。それは破壊予告になるからね。じゃあ、誰を殺害するんだろう。そもそも誰かを殺すって書かれたの? それって怖いよ。怖い-。

「は? ワタシ?」

 田口さんが驚いたように言う。田口さんが殺されちゃうの? ちゃんと話を聞かなきゃと思うんだけど、考え出すと耳から話が入ってこなくなっちゃうから途切れ途切れになってしまう。

「えー、行くぞ。…田口もたまにはいいこと言うわ。ホント死ねば良かったのに」

「何だよそれ! ふざけんな! 誰だよ!」

 田口さんがライオンみたいに吠えた。これはこれで怖いなあ。

「落ち着いてくれ。次にもうひとつ書き込みがあって終わってるんだが…読むぞ。…それじゃあまずあんたから殺してやるよ。特定したぞ」

「きゃああ!!」

 さっきから叫んでいたのは青江さんだったらしい。

「せんせーもうやめよう。怖いよ」

 もじゃも怖いらしくて先生に訴えた。うん、もう怖い話はやめてお弁当食べたいよ。

「書き込みはここまでだ。俺だって全員を集めてこんなの読みたくなかったけどな、殺害予告があったらもう事件になるんだ」

「じゃあ、今から犯人捜しをするんですか?」

 部長が探偵マンガみたいなことを言い出した。山浦さんが犯人なんじゃないのかな。だっていま教室の中に犯人がいるなら、みんないるから何も出来ないし。あ、でも、さっき伊村さんと細田さんが保健室へ行った。もし片方が犯人で、もうひとりが狙われている側だったとしたら、それは危険だよなーと思った。

「ジョーさー、すっげ気分悪いんだけど」

 田口さんが不調を訴える。また体調悪い人だ。今日は寒いしなあ。

「保健室行くか?」

「そういうのじゃねーんだよ!」

「この発言に心当たりは?」

 田口さんは黙ってしまった。代わりに神保さんが口を開いた。

「ヨシミちゃんごめん。先生、これは、さっきの体育館からの帰りの廊下での発言です」

 体育館から教室へ戻ってくるとき、そういえば田口さんが誰かとケンカしてたらしいのは、遠巻きに分かった。細かいことは全然分からなかったけれど。

「山浦だけがいなかったから、人体模型を落としたのが山浦じゃね?って話になったら、ヨシミが言ったんす。ホントに死ねば良かったって。そしたら埋田さんが来て、ヨシミにビンタして」

 福岡さんが説明してくれたからやっと分かった。埋田さんってかっこいいな。田口さん相手にそんなこと出来るなんて。

「本当か埋田」

 先生が尋ねる。

「言いたくありません」

「しただろうがよ!」

 田口さんはずーっと怒っている。にぼしを食べたらいいのにな。

「それでだな」

 先生が話を始めようとしたら、橋本さんが遮って言った。

「ねえ先生、この書き込みした人は、あの場で、会話が聞こえる位置にいた人ですよね。私は離れたところ歩いていたから、埋田さんの言ったことしか聞こえなかったです」

「じゃあ、その時、田口の周りに誰がいたか、誰か覚えてるか?」

 覚えてないけれど、聞いてないから覚えてないんだろうなと思う。色んな人が次々に誰々が聞いてたと言うけれど、わたしには流れが速くてついていけない。犯人を探すんじゃなかったのかな。

「せんせーさー、最後の書き込みしたやつを特定しないといけないんじゃないの?」

 同じことを思ったらしい和泉さんが言う。

「それが難しいから、狙われそうな方を特定した方が防げるってことじゃない?」

 橋本さんがそう言って、そういうことかと納得した。

「ああ、そうだ。だから今、田口の発言を聞いていた者を探してるんだ」

 じゃあやっぱりわたしは聞いてなかったから、分かんないな。

「嫌っ!」

 誰かが短く叫んだ。何だろう。ゴキブリでもいたのかな。あれは確かに嫌だ。名前を思うのすら嫌だからGと呼びたいくらい。

「山浦が殺しに来るんでしょー?」

「黙れ!」

 和泉さんが意地悪いことを言って怒られた。大きな声出されるとビックリするから止めて欲しい。

「…悪い。ちょっと先生も初めての事態で焦ってる」

 先生は疲れ切った様子で言った。可哀想だなと思った。

「三条先生。この、殺害予告をした人物は、郷さんも殺したって事は考えられないんですか?」

 部長が尋ねる。郷さんって首を吊って死んでいたはずだけど、誰かに無理矢理されたってこと? 何だか怖いことを考えるもんだなと思った。もじゃが朝練の後に言った言葉が思い出される。年明けからクラスの雰囲気悪いって。ほんとにそうだなと思う。だから、もじゃが楽しいことがないかって探したくなる気持ちも分かる気がする。

「終業式の前の日のね、4時間目の体育の後、サトミちゃんがね、ヘアピンがなくなったってパニックになったの」

 大和さんが、初めて聞く話をした。なんでそんな話を知らなかったんだろう。

「初めて聞いたんだけど。えっ、みんな知ってたん!?」

「私も知らなかった」

 岡崎さんと月山さんも知らなかったらしい。三条先生がなぜだか説明してくれた。

「その時教室に残ってた者だけが知っていることだ」

「ちょっとワタシも知らないんだけど!」

 田口さんがまた怒ったように言う。

「あのね、サトミちゃんが、あの日休んでたヨシミちゃんには黙っててって、何回も言うから、みんな言えなかったんだよ」

「じゃあ、郷さんそれが理由で自殺したわけ!? 盗まれたってこと?」

 岡崎さんは大げさに言う。ヘアピン盗まれたショックで死んじゃうとかって、あるのかなあ。だとすると、やっぱり殺されたって説の方が正しいのかもしれない。

「警察を呼んで遺体を調べたら、制服のポケットにヘアピンが入っていたのが分かったんだ。それは葬式の時に、田口にも確認してもらったよな?」

 先生がそう言った。次の日にはポケットに入ってたってことは、いっぱい騒いでみんなに探してもらったのに、ポケットに入ってたことに後で気がついて、それが恥ずかしくってうわーってなっちゃったのかな。恥ずかしい思いするの嫌だもんねえ。わたしだったらどうしただろう。わたしなら、次の日にみんなに謝るかな、ごめーんポケットに入ってた-、って。そしたら許してくれると思うんだけどな。

「え。っていうことは、盗まれてなかったってことですか?」

 もじゃが聞いた。

「だからな、みんなに面談で話を聞いたけれど、いじめがあったわけじゃない。郷の遺書が残っているわけでもないから理由は分からないけれど、ヘアピンを盗まれたのが理由じゃないってことは、確かだ。ご家庭の事情のことまでは踏み込めないけれど、それが理由なんじゃないのか」

「せんせーこのホームルームいつ終わる? もう腹がぺっこぺこなんだけど!」

 新藤さんがいらいらして言った。

「もうちょっと我慢しろ。まだ5時間目の最初だろ」

「もーむりー」

 そう言うと新藤さんは机に沈み込んでしまったらしい。

「みんな協力してくれ。そしたら早く終われる。他に何か、思い当たることはないか?」

 郷さんについては面談で話したこと以外には何も思いつかないんだけどなあ、と思っていたら先生が言った。

「いや、書き込みのことだ」

 頭の中を読まれたみたいでどきっとした。

「先生。あの」

「なんだ、津田?」

「さっき、体育館の裏で、猫が死んでて…」

 津田さんがなんだかこわごわ言う。また新しい事件があったんだろうか。わたしももじゃが言っていたように、もっと年明けから楽しく過ごしたかった。

「誰かが猫を拾ってきて、体育館の裏に段ボールで家を作って飼いだしたの。で、みんなで餌をやったりしてたから」

 津田さんが説明していたら、猫を飼ってたことが部長の逆鱗に触れた。

「ちょっとそれ顧問の先生が許可したの?」

「今そんな話じゃないっしょ委員長。その猫が、変な物食べさせられて死んでたのを、さっきあたしとつだまるで見つけたの」

 部長はバカみたいに真面目だからなあ、ルールを破った人にものすごい厳しいからなあ。修学旅行で同じ班だったけれど、買い食いするなとか並んで歩くなとか、随分苦労したもんなあ。

「だからさあ、猫と殺害予告と何の関係が」

 和泉さんもイライラした様子で言うと、橋本さんがその意味を解説してくれた。

「あのね、猫を殺した人間って、だいたい次に人間を狙うの」

「もうやめてよぉぉぉぉ」

 青江さんが大きな声で叫んだ。うん、もうやめて欲しいよね。

「待って、体育館の裏?」

 そねちゃんが声を上げる。

「うん、バスケ部の部室の裏」

「…あの、何の確証もない、ただ見かけただけの情報でもいいんですか?」

 そねちゃんが先生に尋ねると、三条先生は難しい顔をしたまま言った。

「それは聞いて判断する」

「朝に、体育館裏から伊村さんが一人で歩いてくるの見たんです」

「伊村は弓道部だろう? 部室から出てきたんじゃないのか?」

「だって私、弓道部の部室から出てきて見かけたんです」

 伊村さんが、猫を殺したかもしれないってこと? うーん。頭がメチャクチャいいけど、何を考えてるのかよく分からない所はあったけど…いや、信じたくないな。

「先生さー。この写真、おかしくない?」

 今度は岡崎さんだ。何だか次々に新情報が出てくる。岡崎さんはカメラを握りしめて先生に見せに行った。三条先生が何の写真か分からず尋ねると、岡崎さんは分かりやすく解説してくれた。

「ナオがヘアピンをポケットに入れる所が写ってるんだけど、これサトミちゃんの机なんだよ。私も今朝、栗原がこの写真をパソコンに表示するまで気がつかなかった」

 写真を見に行った田口さんと埋田さんも次々に驚きの声を上げる。

「…いや、でも、首吊った時のポケットには、入っていたんだぞ? 何かの間違いだろ」

 先生が言うと、橋本さんがさらに新情報を出してきた。

「先生。郷さんの遺体の第一発見者なんですけれど、大和さんだけじゃないでしょう」

「…何を言ってるんだ?」

「ねえ、そうなんでしょ?」

 振り返って言った橋本さん。その視線の先にいた大和さんが、ためらいがちに話し始めた。

「…ハァ。そう。わたし、終業式の朝、下駄箱で出会ったナオと一緒に教室に入ったんで、ふたりでサトミちゃんを見つけたんです」

「おい! なんでそんな大事なこと黙ってたんだ!」

「あんただってヘアピンのこと黙ってただろ!」

 田口さんが噛みつく。

「うるせえっ!」

 田口さんも先生もさっきから大声ばかりで、悲しくなる。みんなもっと仲良く出来たらいいのに。

「先生。怒鳴るのはやめてください。それで大和さん、だったら終業式の朝、あなたが先生に知らせに行っている間、細田さんはどうしてたの?」

 部長が先生に代わって大和さんに尋ねる。

「え、考えたことなかったけど…。なんか、わたしの手柄にしたらいいじゃんって言うから、わたしが先生に知らせに行って、先生と戻ってきた後に、初めて見る感じでナオが教室に入ってきた」

「…つまり、大和さんが先生に知らせに行っている間に、細田さんは前の日に盗んだヘアピンを、郷さんの遺体のポケットに戻すことだって出来たわけですよね?」

 橋本さんが推理した。どういうことかもうついていけない。和泉さんが声を上げたら田口さんがそれに対してキレて揉めだした。疲れるからもう会話をいちいち聞いていたくもない。わたしはお弁当にかかっている錦松梅のことを思い浮かべると、それだけで幸せな気持ちが湧いてきた。美味しいんだよね、錦松梅。あの、丸い豆みたいなのの歯ごたえが大好きなんだ。お腹が強くぐるると鳴った。一体いつこのホームルームは終わるんだろう。

「パン食いてー!」

 新藤さんが大声で言った。良いな、パン。お弁当持ってきてなかったら、パン食べたかったよ。だけどわたしには錦松梅が待ってるんだ。ああ、早く逢いたい錦松梅…。
 ふと見ると、荘司さんが立ち上がって何か喋っている。すごい、田口さんとやり合ってる。すごいなあ。

「おいメガネてめー、これ、ホントだろうな?」

「さ、さすがに細田氏の音声合成するアプリはありませぬ」

 田口さんは舌打ちして違う方向へ向いてしまう。安心したらしい荘司さんは席へ着いた。

「ナオがイズミンのせいにしようとしてたのは分かったよ。でも、なんでそんなことしたんだ?」

 福岡さんが尋ねると、橋本さんが恐る恐る言った。

「細田さんが、自分への疑いを反らしたかったんじゃ、ない…かな?」

 細田さんが、どうしたんだろう。細田さんが、犯人?

「っていうことは、サトミちゃんが死んだのは、細田のせい?」

 埋田さんがぽつりと言う。細田さんが郷さんを殺しちゃったってこと? 怖いなと思った。

「静かに。仮にそうだとしよう。俺がいま問題にしているのは、裏サイトで殺害予告がされたことだ」

 え、細田さんが犯人で、郷さんを殺して、さらに予告を書き込んだんじゃなかったの? 話が飛び飛びでさっぱり分からない。でも、猫を殺した疑いのある伊村さんと、何か疑惑を持たれている細田さんの組み合わせって、まずいんじゃないのかな。さっき感じた違和感が、膨らんでいくように思えた。

「じゃあ、最後の書き込みの特定したっていうのは、細田さんだと特定したってこと…」

 橋本さんがつぶやいた。

「狙われるのは、細田ってことか!」

「先生! 伊村さんが細田さんを保健室に連れて行って、どれくらい経ちますか!」

 部長が焦って先生に言った。その返事を待たずに橋本さん、神保さん、佐伯さん、福岡さん、和泉さん、大和さんが立ち上がって教室を出て行った。

「堀川! みんなを教室から出すな!」

 そう言い捨てて三条先生も出て行ってしまい、部長は慌てて教卓に立った。

「委員長! もう昼にしよう!」

 新藤さんが提案した。

「だめです! みんなを教室から出さないように言われたので」

「じゃあ何するの」

 中島さんもうんざりした様子で言った。

「先生が戻るのを待ちます」

「もうむり。今からパン買いに行く!」

 新藤さんは立ち上がった。

「だめ!」

「私以外にこの空腹を救える者はありえない!」

 中島さんも立ち上がる。

「委員長、これもう止まらないよ。諦めて」

「お願いだから!」

「パンを求める者は私について来いっ!」

 新藤さんが呼びかけると、もじゃ、岡崎さん、そねちゃんが立ち上がった。

「いえい!」

「ごめん委員長、私ももうおなかが限界」

 5人は嬉しそうに教室を出て行った。

「どうしてみんな私の言うこと聞いてくれないのよぉ…」

 部長は教卓で泣き出しそうになっている。

「いいんちょう、大丈夫。まだ大勢残ってるよ」

 青江さんが部長を励ますと、田口さんも優しい言葉をかける。

「パン買ったら戻ってくるでしょ」

 私はもう我慢しなくていいんじゃないかなーと思って、部長に言った。

「部長ー、みんなでお弁当食べよー」

「さんせー!」

 津田さんが賛成してくれた。

「それは」

「部長、いま最善の指示は何?」

 ヒロさんに言われれば、部長は割と意見を聞き入れる気がする。少し考えた後、部長は許可してくれた。

「それじゃあ…みんな…お弁当にしましょうか」

 あ~良かった。わたしはさっそくお弁当を机の上に広げた。やっと会えたね、錦松梅。わたしはお箸を錦松梅の掛かったご飯に差し込んだ。

「んふ~」

 声にならない声が漏れてしまう。ああ、美味しい。色々長かったけれど、お昼を食べられたから幸せ。そう思いながら卵焼きをかじっていると、井上さんがなんだか焦ったように声を発した。

「えっ、ちょっと待っ」

「まこちん、どしたのー?」

 青江さんが心配して声を掛ける。

「まこちん? まこちん!」

 井上さんはがばっと起き上がると、打ち消すように言った。

「ちがうちがう! ちがうの!」

「まこ…ちん?」

「つぐちゃん、私、郷。郷義弓。ちょっと信じられないだろうけど、サトミが井上さんの体を借りてるの」

 え、郷さん? 井上さんってイタコだったんだ。

「井上テメー悪い冗談やめろよ!」

 田口さんが怒って言う。

「ヨシミちゃん、まこちんはそんな冗談言うコじゃないよ?」

 青江さんは郷さんの味方だ。見た目はどう見ても井上さんだけど、喋り方が全然井上さんっぽくないから、これは郷さんなんだなーと信じることが出来た。すごい不思議なことだけれど。

「ありがと、つぐちゃん。私、死んでた。死んでたんだけど、それに気づかないまま、この教室にいたんだ」

「ほんとに…あなた、サトミなの?」

 埋田さんが尋ねる。

「サエさん! 今はただ信じて欲しい。私、みんなに伝えたいことがあるの」

「井上さん? 郷さん?」

 部長も戸惑っているみたいだ。

「今はサトミでも郷でもいいよ、委員長。私、ナオちゃんが私を殺したことにされちゃってるの、どうしても訂正したくって、いまこうして井上さんの体を借りたんだ」

「ほんとに…サトミなの? なんで井上なの…?」

 田口さんもまだ信じられないみたいだ。

「私ね、自分が死んだことに気がついてもいなかったんだけど、それに気がつくまでずっと、井上さんだけが私のことを見えてたの。霊感が強いのかな? だから、試してみたら、乗り移れたんだ」

「まこちん…じゃないの? サトミちゃん?」

 青江さんが泣きそうな声で言うと、郷さんは嬉しそうに言った。

「そうなの、つぐちゃん。久しぶり!」

「サトミちゃんー!」

 青江さんは泣きながら郷さんに抱きついた。

「サトミ! 伝えたいこと…って、なに?」

 埋田さんが、さっき郷さんの言いかけたことを尋ねた。

「そう…。あのね、私はナオちゃんに殺されたわけじゃないの。それだけ言わないと…って思って」

 そうなんだ。じゃあ、誰が郷さんを殺したんだろう。それとも、やっぱり自殺だったのかな。

「ごめんねヨシミちゃん。私、実はみんなと同級生じゃないんだ…」

 郷さんは訳の分からないことを言うと、津田さんが聞き返した。

「はぁっ?」

 ヒロさんが、説明を求める。

「あの…どういうことか、説明してもらえます?」

「もちろん。そうさせて」

「郷さん…。あなた、同級生じゃないっていったら…13年前の…?」

 部長が尋ねる。13年前って…わたしまだ4歳だよ。郷さんのことも部長のことも知らないよ。

「さすが委員長、その通り。私はね、13年前、2学期の終業式にこの教室で自殺したの」

「あ…この学校の、黒歴史ですな!」

 荘司さんが興奮したように言う。

「何よそれ。知らないんだけど」

 田口さんが泣きべそで言う。

「たしか13年前にこの学校の生徒が自殺して、それ以来この学校の人気がなくなったって噂の…」

 月山さんがそう言って、そういえば、そんな噂をいつだったか聞いたことがあるように思った。

「はは…そういうことに…なるのかな」

 郷さんは気まずそうに言う。

「もうつまんねー冗談やめろよ井上!」

 田口さんはまた怒ったみたいに言った。

「ヨシミちゃん、サトミちゃんだよ? わたし、わかるの」

 青江さんは田口さんを優しく諭した。

「わかんねえよ! なんなんだよ! なんでサトミが死んじゃうんだよ!」

 田口さんは泣いてしまった。そうか、郷さんと田口さんって、幼馴染みだったんだよね。

「ヨシミちゃん、ごめん。私あんまり時間がないみたいだから、とにかく説明するね」

 部長が尋ねた。

「郷さん。13年前に亡くなったあなたが…なぜこのクラスに…?」

「うん…。私ね、死んでからずっと、ずっとここの教室にいたんだ」

 ずっと! わたしは驚いて尋ねた。

「えっ。おうちは?」

 郷さんはわたしを見つめ、柔らかな表情で言った。

「ねぇ、不思議でしょ? 朝になるとここにいて、そのままここから出られないの…」

「嘘よ! だって一緒に帰ったりしたじゃない」

 埋田さんが声を上げる。

「うん、それはね、私がみんなに魔法? みたいなのを掛けちゃってたんだんだと思う」

 魔法? 郷さんは魔法使いだったのか。

「どんな妖術なのですか!」

「知りたいです!」

 荘司さんと川部さんも反応した。気になるよねえ。

「掛けちゃってた…っていうのは?」

 埋田さんが説明を求めると、郷さんは言葉に詰まりながら答えた。

「私も仕組みはよく分かんないんだけど…。説明が難しいな…。えっと、私が普通にみんなと毎日を送ってるっていう風に思うような、そういう魔法がみんなに掛かっていたの」

「じゃあ、意図せず、自然に…ってこと?」

「…うん」

 なんだか決まりが悪そうな返事を郷さんは返した。

「なんでそれが、私たちだったのかしら?」

 部長が尋ねる。

「…うん」

「あなた、13年前に亡くなったのよね?」

 部長のさらなる問いかけに、郷さんは返事に困っていると、今度はヒロさんが尋ねた。

「郷さん、あなたまさか、毎年…?」

 顔を上げた郷さんは、意を決したように言った。

「そう。私が死んで、次の学年から、毎年。毎年4月の最初からこの教室にいて、2学期の終業式に自殺してたんだ」

「次の学年って…1年生が2年生に上がったときに、そのクラスに加わるってこと? 気づくでしょフツー?」

 津田さんが疑いの声をかける。

「それができちゃう…魔法?」

 埋田さんが尋ねると、郷さんは頷いた。

「なんでそんなことを」

 津田さんが聞く。

「私が知りたいくらいなんだけど…そういう風になってたの。そんな仕組みの中で、私は毎年4月から12月まで、その年の2年生なの」

 わたしが1年生だったときも、郷さんは上級生と一緒に2年生だったってこと?

「なら、私たちは、幽霊の郷さんと一緒に、2学期まで夢を見てたっていう感じ?」

 月山さんが確認すると、郷さんはニコッと笑って言った。

「綺麗に言うとね」

「じゃあ、サトミはワタシと友だちでも何でもないってことかよ!」

 田口さんがまた声を荒げて言う。

「ヨシミちゃん、それは違う」

「どこが違うんだよ! 全部魔法だったんだろ! 騙されてたんだろ!」

 田口さんは怒ったり泣いたり、大変な一日だなと思う。

「それは違う。違うよ。たしかに私、みんなを騙してたのかもしれない…。でも、みんなと過ごした去年の私。それは紛れもなく本物の私だよ」

「だったら、なんで死んじゃうのよ!」

 埋田さんも声を上げる。その声は震えているようにも聞こえた。

「サエさん…。私だって、死にたくなかった。死にたくなかったんだよ! だって、だって、私、このクラスのこと、大好きだったんだから!」

 わたしの両頬をつーっと涙が流れ落ちていった。

「じゃあ、自殺してしまうことは変えられなかった…ってことね」

 部長が聞く。その声も湿っている。

「うん」

 悲しい。悲しいよ、そんなこと。

「っていうことは、細田さんがヘアピンを隠したっていうのは…」

 ヒロさんが尋ねる。

「偶然。偶然なんだけど…ちょっと利用させてもらっちゃった」

「どうやって」

 津田さんが尋ねると、郷さんは真相を明かした。

「終業式の前の日には、次の日の朝に自分が自殺するってことは分かってた。だから、どうしたら自然かなってずっと考えてたら、私のヘアピンがなくなった。だから、ちょっと過剰に騒いでみちゃった」

「な…なんだよ! すげー焦ったんだぞ!」

「ごめんね、つだまるちゃん」

「あの…伊村さんのことは?」

 ヒロさんが更に質問した。

「それは本当に、ぜんぜん知らないの。ヘアピンを盗んだのがナオちゃんだったってことも、知らなかった。だから…私の自殺がナオちゃんのせいで、それを理由にナオちゃんが狙われるんだとしたら…って。それだけは違うんだって言わないとって、思ったんだ」

 悲鳴が聞こえた! わたしは気がついたら走り出して教室のドアを勢いよく開いていた。

「ちょっと待ってタイラー!」

 後ろからヒロさんが追いかけてくる。わたしは構わず廊下に出ると、声の聞こえた体育館の方へ向かって階段を駆け下りた。

「タイラー、待ってー」

 追ってくるのはヒロさんだけらしい。わたしは走りながら顔だけ後ろへ向けて尋ねる。

「ヒロさん、体育館の方だった?」

 精一杯走っているヒロさんがなんとか一言口にした。

「たぶん」

 わたしは前へ向き直ると走るスピードを上げた。知らせなきゃと思ったんだ。郷さんの自殺の真相を。勘違いしたまんま、細田さんが殺されちゃったら、それこそ悲しいことだ。下駄箱の手前で和泉さんと岡崎さんのふたりとすれ違った。外履きに履き替える時間が勿体ないから、校内履きのまま外へと飛び出した。
 空は晴れているけれど海風が冷たい。わたしは体育館へ向かって走りながら、そういえば猫が殺されていたのは体育館裏という言葉を思い出し、体育館の裏側を目指して走った。少し後ろをヒロさんが頑張って走ってくる音がした。体育館の横を走り抜けて角を曲がると、伊村さんが立っているのが見えた。さっき教室を飛び出していった橋本さんや三条先生の姿も見える。細田さんはうずくまっていたけれど無事らしいのが分かって少しほっとした。

「ナオ、大丈夫?」

 反対側から駆けてきていた大和さんが、細田さんに近寄って言った。

「痛いよぉぉぉ!」

 わたしは伊村さんを挟んで大和さんたちと反対側に駆け寄って足を止めた。息がすごい上がっている。

「伊村お前何でこんなことしたんだよ!」

 向こうから福岡さんが叫んだ。

「綺麗な鏡を割ってみただけさ」

 伊村さんが意味の分からないことを言うと、新藤さんが叫んだ。

「お前マジか!」

「豚は五月蠅いな」

 新藤さんのことを指して言った嫌味なんだろうけど、新藤さんは分からずにキョロキョロしだした。

「お前だよ」

 中島さんが新藤さんの頭を叩いた。漫才コンビみたいでわたしは大笑いしてしまった。

「ちょっと…タイラー」

 後ろからヒロさんが声を掛けてくる。

「ポンコツ揃いだな」

 伊村さんが嫌味っぽく言った。立ち上がった三条先生が、くるりと周囲を見回してから言った。

「いまこの場にいる全員、ひとまずこのことは黙っておいてくれるか?」

「…はぁ?」

 中島さんが聞き返した。

「何言ってんの先生ぇ警察! 警察呼んでよお! 痛いよおぉ!」

 細田さんは泣き叫び続けている。頬から血が出ているのが見える。

「これ使って」

 ヒロさんは細田さんに駆け寄って、持っていたミニタオルを手渡した。準備がいいなと思った。わたしのポケットにはウェットティッシュとスマホしか入っていなかったから。

「このことが公になったら、伊村、お前、真っ当な人生歩めないぞ。それでもいいのか? 先生は、警察沙汰にしてお前の未来を閉ざしたくはない」

 三条先生が伊村さんに呼びかけた。何を言ってるんだろう、と思った。警察沙汰になって困るの、伊村さんじゃなくて先生なんじゃないのか。

「屑」

 伊村さんはニヤニヤして吐き捨てた。

「なんだって? おい何ニヤついてる」

「先生、本気でそんなこと言ってるんですか」

 ヒロさんが声を上げる。三条先生はヒロさんに向かって言った。

「本気とはなんだ。先生はいつだって一人一人の事を考えて」

「もういいよ」

 わたしは思わず大きな声で言った。

「あ?」

 振り返ってこちらを見た三条先生の目は、惨めなくらいに血走っていた。

「先生…カッコ悪いよ?」

 わたしがそう言うと、しばらくポカンとしていた先生は、その場にしゃがみこんでしまった。わたしの頭の中の青い車は走り去っていった。


 三条先生が学校に来なくなって、代理で尾崎先生っていうおじいちゃんの先生がやって来た。声は小さいし何を言っているか分からないし、もじゃは「ぜーんぜんキュンキュンしない」とけなしていた。だけど、わたしは尾崎先生のことが嫌いにはならなかった。どうしてもテスト範囲で分からないことがあって、放課後に地理準備室へ聞きに行ったら、話が終わるまでドアを開け放して応対してくれたから、この先生は大丈夫だなと思えた。別の日にまた分からない所を聞きに行ったら、尾崎先生はジャズを聴いていた。恥ずかしそうにしていたけれど、何のCDか尋ねたら、貸してくれた。家に帰って聴いてみたら、ぶっ飛ぶような衝撃を受けた。わたしの知らない世界の扉がひとつ開いた、そんな感じがして嬉しくって、何回も何回も繰り返して聴いていた。

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