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【so.】福岡 則子[5時間目]

「いまからホームルームを始める」

 三条が教卓の上から宣言した。

「せんせー昼ご飯は?」

 新藤。たしかにお腹減ったなあとは思う。パン買いに行けないと困る。

「このあと5時間目をその時間にする」

「ハセベのおばちゃんが帰っちゃうよ!」

「ハセベさんにはさっき5時間目が終わるまで待っていてくれるよう頼んでおいたから安心しろ」

「マジか~。じゃあ5分でおわろ!」

「そうはいかない。君たちに聞きたいことがあるからだ」

 長くなりそうだなと思ってウンザリした。

「こないだ面談やったじゃないっすかー」

 和泉が言う。確かに。もうサトミの自殺の真相なんて分からなかったんだから、さっきの人体模型のことだって、分からないんじゃないのか。

「年末の件はもういいんだ」

「いいってどういうことですか」

 埋田は不満げだ。仲の良かったサトミがあんなことになってから、ずっとピリピリしているように見える。

「…えっとな、さっき人体模型が落ちてきたな」

「山浦が犯人ー?」

 和泉がぶっ込む。

「…まだ分からない」

「三条先生、でも、山浦さんだけいません」

 委員長も言う。山浦が犯人。それでいいじゃないか。停学にでもしちゃえよ、もう。

「…そうか」

「山浦さん、面談のあと、怒って帰ってきましたけど」

 埋田は山浦とも仲が良かったから、どっちの味方もするつもりなんだろう。

「えっとな、山浦の件はあとで説明するから、まず俺の話を聞いてくれ。君たちの中で、裏サイトってものを知ってるのは何人くらいいる?」

 てっきり人体模型のことで終わると思っていたから、意外な話題だった。

「何それー」

 新藤が言う。

「匿名で誰でも書き込めるネットの掲示板のことなんだが、このクラスの掲示板もあってだな」

 ネットのことよく分からないのに、知るわけないだろ、そんなもん。

「先生」

「なんだ」

 細田が死にそうな声で言う。

「もう、郷さんのことがあって、さっきの人体模型落とすような酷いことがあって、これ以上、刺激の強いこと、やめてください…」

「いや、なんというか」

「先生、先生、ほんと、ワタシ、つらい…。さっきから気持ち悪くて吐きそうなんです」

 細田は吐いたのかと思ったら、音だけだった。

「大丈夫か。ちょっと隣の席だから悪いけど、伊村な、細田を保健室まで連れて行ってくれないか」

「…わかりました」

 伊村は細田に肩を貸して、とぼとぼ歩いて出て行った。

「他の者も気分が悪くなったりしたら、遠慮せず言うように。それで…どこまで話をしたか…」

「このクラスの裏サイトについてです」

 委員長は真面目だな。真面目な奴って嫌いだな。

「そうだ。えー、実は先生は前から裏サイトの存在を知っていたんだけれど、取り立てて問題視はしていなかった。でもな、今日の書き込みの中に、看過できないような物があったんだ」

「カンカってなんですか?」

 正恵が聞いてくれて良かった。あたしも知らない言葉だったから。

「殺害予告じみたものがあったんだ」

 カンカって殺害予告のことなんだ。

「ひっ」

 つぐの小さな悲鳴。悲鳴の一つでも上げたくなる気持ちは分かる。テレビでみた芸人のネタにあった「なんて日だ!」って言いたくなる。

「いいか、ちょっと気分を悪くする者もいるかもしれないけれど、読み上げるぞ。…やってやるやってやるやってやるよ見とけよ。この書き込みが午前中の最後の書き込みだ。そして人体模型が落ちた」

「じゃあ山浦が書き込んだんだ!」

 和泉がうるせーなと思う。

「…あくまで可能性が高い、推測の話だ」

「推測で犯人扱いするんですか」

 埋田が怒ったように言う。山浦を庇ってるつもりなのかな。

「決まりじゃん」

 和泉が吐き捨てるように言った。

「大事なのはな、この後なんだ」

 聞かされてもなんだかよく分からない。どうやったら見られるのか聞いてみよう。

「先生ソレどうやって見んの?」

「わざわざ見なくてもいいぞ。今から読み上げる。…えーと、田口、お前の名前が出てくるからな」

「は? ワタシ?」

 ヨシミがびっくりした声を出した。

「えー、行くぞ。…田口もたまにはいいこと言うわ。ホント死ねば良かったのに」

「何だよそれ! ふざけんな! 誰だよ!」

 ヨシミは吠えてクラスをギョロリと睨みつけた。でもヨシミもなかなか酷いこと言ったからな、同情はできない。

「落ち着いてくれ。次にもうひとつ書き込みがあって終わってるんだが…読むぞ。…それじゃあまずあんたから殺してやるよ。特定したぞ」

「きゃああ!!」

 つぐがまた大きな悲鳴を上げる。

「せんせーもうやめよう。怖いよ」

 もじゃも言う。やめようやめよう。パン買いに行きたいんだ。

「書き込みはここまでだ。俺だって全員を集めてこんなの読みたくなかったけどな、殺害予告があったらもう事件になるんだ」

「じゃあ、今から犯人捜しをするんですか?」

 めんどくさ。委員長はいちいち話を広げなくていいのに。

「別に魔女狩りをするんじゃないんだ。ただ、起こるかもしれない事件を阻止したいだけなんだ。だからみんなには衝撃的だったかもしれないが、明らかにした。それで聞きたいんだが、この書き込みに心当たりはないか?」

 静寂だ。誰も何も喋らない。

「まあ、自分が書き込んだとは名乗り出たりしないよな。じゃあ、その一つ前の書き込みのことが分かる者は?」

「ジョーさー、すっげ気分悪いんだけど」

「保健室行くか?」

「そういうのじゃねーんだよ!」

「この発言に心当たりは?」

 三条に尋ねられたヨシミは、何も言わない。言いたくないんだろう。

「ヨシミちゃんごめん。先生、これは、さっきの体育館からの帰りの廊下での発言です」

 ジンさんがついに言ってしまった。またヨシミ吠えるんじゃないか。

「ついさっきじゃないか。何があったんだ」

「もういいって!」

 あたしはヨシミを無視して説明を始めた。

「山浦だけがいなかったから、人体模型を落としたのが山浦じゃね?って話になったら、ヨシミが言ったんす。ホントに死ねば良かったって」

 サトミがホントに死んじゃったんだから、冗談でも死ねば良いなんて言っちゃダメだろ。

「そしたら埋田さんが来て、ヨシミにビンタして」

「本当か埋田」

「言いたくありません」

 埋田もなかなか肝が据わってる。

「しただろうがよ!」

 ヨシミが怒鳴っても埋田は意に介さないようだ。三条はエヘンと咳払いして喋り出した。

「それでだな」

「ねえ先生、この書き込みした人は、あの場で、会話が聞こえる位置にいた人ですよね。私は離れたところ歩いていたから、埋田さんの言ったことしか聞こえなかったです」

 橋本が推理してみせる。そうか、アレ聞いてた奴じゃないとネットに書き込みもできないだろうしな。

「じゃあ、その時、田口の周りに誰がいたか、誰か覚えてるか?」

 あたしがまず答える。

「あたし、つだまる、やまち」

「私と、細田さんもいました」

 ジンさんが言った。

「私とさっちんはいたし、他にも何人か歩いてたよ」

「私覚えてねーけど」

「おめーはパンのこと考えてたからだろ!」

 ソフトボール部のふたりもいたのか。

「他にこの会話を聞いてたっていう者は?」

 ビンタした埋田は聞いてただろうけど、他に誰かいたっけなあ。

「せんせーさー、最後の書き込みしたやつを特定しないといけないんじゃないの?」

 和泉がまともなことを言う。

「それが難しいから、狙われそうな方を特定した方が防げるってことじゃない?」

 すぐに橋本に説明されて、そういうことかと納得がいった。

「ああ、そうだ。だから今、田口の発言を聞いていた者を探してるんだ」

「えーじゃあジンさんが殺されるかもしれないってこと?」

 さっちんが適当なこと言ったら、誰かが「嫌っ!」て悲鳴を上げた。ジンさんファンがいるのかよ。

「好き勝手に発言するなー。いまこうやって全員集めているからそんなことはさせない」

「山浦が殺しに来るんでしょー?」

「黙れ!」

 和泉怒られてやんの。静かにしてりゃいいのに、バカだな。

「…悪い。ちょっと先生も初めての事態で焦ってる」

「三条先生。この、殺害予告をした人物は、郷さんも殺したって事は考えられないんですか?」

 委員長が何やら物騒なことを言い出した。

「郷は自殺なんだ」

「何故そう言い切れるんですか?」

 三条はため息をつくと言った。

「理由がない」

「理由なら、終業式の前の日に、郷さんのヘアピンがなくなる騒ぎがあったじゃないですか」

 埋田が言う。そうだ、ヘアピン騒ぎ。あたしたちも探してやったけど見つからなくって、また買えばいいだろとか言ってたらサトミが泣き出して、もう知らねーって和泉たちと帰ったんだ。それが次の日の朝に自殺してんだもん、そりゃあ自分たちが悪かったのかなとかちょっとは思ったんだけどさ。

「何それ。そんな話、初めて聞いた」

「えっ、ヘアピンって…何? どゆこと?」

 委員長と正恵が次々に言った。ふたりともあの騒ぎの時にいなかったんだな。

「終業式の前の日のね、4時間目の体育の後、サトミちゃんがね、ヘアピンがなくなったってパニックになったの」

 大和が説明した。

「初めて聞いたんだけど。えっ、みんな知ってたん!?」

「私も知らなかった」

 正恵と月山が言った。

「その時教室に残ってた者だけが知っていることだ」

「ちょっとワタシも知らないんだけど!」

 ヨシミが声を上げる。休んでたもんな。

「あのね、サトミちゃんが、あの日休んでたヨシミちゃんには黙っててって、何回も言うから、みんな言えなかったんだよ」

 大和がこわごわ言う。

「じゃあ、郷さんそれが理由で自殺したわけ!? 盗まれたってこと?」

 正恵が言う。あたしもそう思ったままこの冬休みを過ごしたんだ。でも年明けの面談で、三条に否定されたんだ。

「落ち着けって。みんなも知ってるように、次の日の朝に大和が、郷を発見して俺に知らせてくれた。それで警察を呼んで遺体を調べたら、制服のポケットにヘアピンが入っていたのが分かったんだ。それは葬式の時に、田口にも確認してもらったよな?」

 三条がヨシミに尋ねた。

「だからいきなり聞いてきたのか…」

 ヨシミは独り言のように言った。

「え。っていうことは、盗まれてなかったってことですか?」

 もじゃが言う。そう、そこでワケが分からなくなるんだよな。

「だからな、みんなに面談で話を聞いたけれど、いじめがあったわけじゃない。郷の遺書が残っているわけでもないから理由は分からないけれど、ヘアピンを盗まれたのが理由じゃないってことは、確かだ。ご家庭の事情のことまでは踏み込めないけれど、それが理由なんじゃないのか」

 サトミの家の事情なんて知らないけど、それなら何で家じゃなく学校で自殺したんだって疑問が生まれるんだけどなあ。

「せんせーこのホームルームいつ終わる? もう腹がぺっこぺこなんだけど!」

 新藤が空腹を訴える。

「もうちょっと我慢しろ。まだ5時間目の最初だろ」

「もーむりー」

「みんな協力してくれ。そしたら早く終われる。他に何か、思い当たることはないか?」

「サトミのこと?」

 あたしは尋ねた。

「いや、書き込みのことだ」

 そっちか。ネットの見方がよく分かんないから、見れないんだよな。

「先生。あの」

「なんだ、津田?」

「さっき、体育館の裏で、猫が死んでて…」

 つだまるはさっき見たことを言うつもりか。

「それ何の関係があんだよ」

 和泉が絡む。あたしはつだまるの助けに入った。

「あたしも一緒だったけど、猫が殺されてたっぽい」

「どうして分かるの?」

 委員長が聞き返す。

「誰かが猫を拾ってきて、体育館の裏に段ボールで家を作って飼いだしたの。で、みんなで餌をやったりしてたから」

 つだまるがそこまで言うと、委員長が変なところに噛みついてきた。

「ちょっとそれ顧問の先生が許可したの?」

 あたしは委員長もめんどくせーなと思いながら、駆け足で説明を終わらせることにした。

「今そんな話じゃないっしょ委員長。その猫が、変な物食べさせられて死んでたのを、さっきあたしとつだまるで見つけたの」

「それはいつの話だ?」

 三条が聞いてきた。

「昼休みの前」

 あたしがそう答えると、つだまるは泣きそうな声で言う。

「昨日の放課後は猫ちゃん元気にしてたのに…」

「だからさあ、猫と殺害予告と何の関係が」

 和泉がうんざりした様子で言うと、橋本がまたたしなめた。

「あのね、猫を殺した人間って、だいたい次に人間を狙うの」

「もうやめてよぉぉぉぉ」

 つぐが大声上げて、耳を塞いでしまった。物騒な話が飛び交っていて、そうしたくなる気持ちはよく分かる。

「待って、体育館の裏?」

 曽根がなにか思い出したらしい。

「うん、バスケ部の部室の裏」

 つだまるが半べそで答えた。

「…あの、何の確証もない、ただ見かけただけの情報でもいいんですか?」

「それは聞いて判断する」

 三条に尋ねた後、曽根は今朝の出来事を話した。

「朝に、体育館裏から伊村さんが一人で歩いてくるの見たんです」

「伊村は弓道部だろう? 部室から出てきたんじゃないのか?」

「だって私、弓道部の部室から出てきて見かけたんです」

 猫の死んでたあそこの方から、伊村が一人で歩いてきたって、滅茶苦茶怪しい。

「先生さー。この写真、おかしくない?」

 いつの間にかデジカメをいじり回していた正恵が言った。

「何か撮ってあるのか?」

「私、卒業式前日の、体育の授業の前に、適当に写真撮ってたんだけど」

 そう言いながら教卓まで歩いて行く正恵。それを追って、埋田とヨシミも見に行った。

「…なんだこれは」

「だから体育の前だって。ナオがヘアピンをポケットに入れる所が写ってるんだけど、これサトミちゃんの机なんだよ。私も今朝、栗原がこの写真をパソコンに表示するまで気がつかなかった」

 え。細田が盗んでた証拠写真ってことかよ。

「ナオがやってんじゃん!」

「盗んでたんだ!」

 ヨシミと埋田も興奮して言う。

「…いや、でも、首吊った時のポケットには、入っていたんだぞ? 何かの間違いだろ」

 三条が指摘する。そう、そこなんだよな。

「先生。郷さんの遺体の第一発見者なんですけれど、大和さんだけじゃないでしょう」

 橋本が何かを知っているみたいに言う。

「…何を言ってるんだ?」

 三条の疑問には答えず、橋本は振り返って大和に言った。

「ねえ、そうなんでしょ?」

 みんなの注目を一斉に浴びた大和は、少しの間をおいて喋り出した。

「…ハァ。そう。わたし、終業式の朝、下駄箱で出会ったナオと一緒に教室に入ったんで、ふたりでサトミちゃんを見つけたんです」

「おい! なんでそんな大事なこと黙ってたんだ!」

 怒り出す三条にヨシミも噛みつく。

「あんただってヘアピンのこと黙ってただろ!」

「うるせえっ!」

 ガキのケンカじゃん。どっちも子供。

「先生。怒鳴るのはやめてください。それで大和さん、だったら終業式の朝、あなたが先生に知らせに行っている間、細田さんはどうしてたの?」

 委員長が冷静に大和に話を聞き出す。

「え、考えたことなかったけど…。なんか、わたしの手柄にしたらいいじゃんって言うから、わたしが先生に知らせに行って、先生と戻ってきた後に、初めて見る感じでナオが教室に入ってきた」

「…つまり、大和さんが先生に知らせに行っている間に、細田さんは前の日に盗んだヘアピンを、郷さんの遺体のポケットに戻すことだって出来たわけですよね?」

 橋本が、大和の言ったことから推理して言った。

「じゃーナオがサトミ殺したってことじゃん!」

 和泉がまたうるせーなと思ったら、ヨシミに噛みつかれた。

「さっきからうるせーんだよおめーはよ! じゃあなんでワタシがサトミを殺したって噂をあんたが流したことになってんだよ!」

「だからそれは、ナオがわたしのせいにしたんだって」

「証拠があんのかよ!」

 和泉、調子に乗りすぎ。

「あの、証拠なら、保存しております」

 初めて聞くような声がして、誰だと思ったらあんま目立たない人だった。

「…は? なんであんたが出てくんだよ」

「す、すみませぬ」

「証拠ってなに? 教えてよ」

「は。ええと、今日の1時間目のあとに、拙者、雪隠へ赴いたのですが…」

 新藤? キミも同じように聞こえたらしく口にする。

「さっちん?」

「パン食いてー!」

 新藤が反応すると、和泉が怒鳴った。

「うるさい! そんで?」

「ええと、個室の中で、たまたま、たまたまなんですが、私、音声を録音できるアプリを作動させまして…」

「ちょっとコイツ何言ってるかわかんねーんだけど」

 ヨシミがイライラしているのが手に取るように分かる。あたしにも何の話なのかさっぱり分からない。

「誰かの会話を録音したってこと?」

「さよう。これをお聞きください」

 目立たない人のスマホから、細田の鼻につく喋りが聞こえてきた。

「サトミちゃんのことでしょー? なんかいずみちゃんが言うには、ヨシミが犯人とかって噂があるらしいよ? 怖くない? 信じられなくない?」

 ヨシミが犯人とか、無理があるだろ。

「これだ! これだよ、わたしが朝、ナオに変な質問されて、答えたんだ」

 和泉は嬉しそうに言う。

「おいメガネてめー、これ、ホントだろうな?」

 ヨシミはヤクザみたいに絡む。

「さ、さすがに細田氏の音声合成するアプリはありませぬ」

 だけどひとつ分からない。あたしはそれを口にした。

「ナオがイズミンのせいにしようとしてたのは分かったよ。でも、なんでそんなことしたんだ?」

 橋本が、すごく納得のいく答えを出してくれた。

「細田さんが、自分への疑いを反らしたかったんじゃ、ない…かな?」

「っていうことは、サトミちゃんが死んだのは、細田のせい?」

 埋田が言う。細田、アイツが原因か。

「静かに。仮にそうだとしよう。俺がいま問題にしているのは、裏サイトで殺害予告がされたことだ」

 三条はあくまでネットの書き込みを明らかにしたいらしい。そりゃまあ、人が殺されるかもしれないってのは、ヤバいけどさ。

「先生、この、ヨシミについて書き込んだのって、ナオなんじゃない?」

 つだまるはネットを見ているみたいで、スマホを見ながら声を出した。

「ありうる。つーかさー、このログ読み返してると、明らかにナオの書き込みって、分かるよね」

 和泉もそれに乗っかる。説明して欲しいから声を上げた。

「あたし何が書いてあんのかわかんねーから説明してくんねー?」

「ログを見ると、サトミの自殺の後から、やたらそれを茶化すような書き込みがあって、それがナオだと仮定すると、異常にしっくりくる」

 和泉が言う。それを聞いて橋本が、推理をした。

「じゃあ、最後の書き込みの特定したっていうのは、細田さんだと特定したってこと…」

「狙われるのは、細田ってことか!」

 三条が叫ぶ。

「先生! 伊村さんが細田さんを保健室に連れて行って、どれくらい経ちますか!」

 委員長も焦って言う。同時に橋本とジンさんが席を立った。これ、この教室から出るチャンスなんじゃないか。そう思うとあたしも立ち上がった。大和と和泉も席を立ったのが見えた。あたしはそのまま教室を出る。教室を出て振り返り、立っていた和泉と大和に言った。

「パン買いに行こう」

「もちろん!」

 和泉は嬉しそうだ。

「のりん、さすが~」

 大和も褒める。あたしたちは階段を降りて校門脇のハセベのパンまで急いだ。他に教室を出た面々は、正反対にある保健室へと走っているんだろう。
 ハセベのパンのおばちゃんは、やっとお客が来たから嬉しそうだった。あたしは買おうと思っていたフィッシュカツサンドの姿を探したんだけど、いつも置いてある所には見当たらなかった。

「おばちゃん、フィッシュカツは?」

「あー、さっき三条先生が買っていったので最後なのー」

「ヤロー、いつの間に」

 和泉が言う。

「さっきのホームルームのとき、紙袋持って入ってきたもんね」

 大和、よく見てるなあ。あたしは仕方なく適当にお腹に貯まりそうなものを選んだ。

「じゃあ、焼きそばパンで」

「わ、炭水化物」

 大和が言った。

「なに、あんたダイエットしてんの?」

 和泉に聞かれた大和は、もごもご言う。

「してないけどぉー、気にはなるというか」

「わたしメロンパンにしーよお」

 和泉はメロンパン片手にお金を払う。

「ハムサンドください」

 ハムサンドだって炭水化物含んでるじゃないかと思ったけど、わざわざ言うのも面倒だから黙っていた。他の生徒が来たら嫌だなと思ったから、とりあえずしばらく歩いて、グラウンド脇にあるベンチに腰掛けた。包装を剥いて顔を出した焼きそばパンの頭をひとかじり。生き返る。ほかのふたりもそれぞれのパンにかじりついている。

「結局、サトミは何で死んじゃったの?」

 あたしは未だに分からないことを尋ねてみた。

「わたしに分かるわけねーじゃん。別にあの子とそこまで仲良かったわけでもないからよく知らないもん」

 和泉が言う。

「サトミちゃん、誰が仲良かったんだっけ?」

 大和に聞かれて答えた。

「ヨシミ。あと山浦と埋田?」

「いじめとかないよね」

 大和の言葉に、和泉が被せるように言った。

「ねーよ。家の事情か、進路の悩みじゃねーの?」

「何部だったっけ?」

 さらに大和に聞かれて、ちょっと思い出して答えた。

「サトミ? 演劇部じゃなかったっけ」

「なんで今さらサトミのことそんな考えてんだよ」

 和泉が不服そうに言う。

「いや考えちゃうっしょ、さすがに」

「のりんまで、つだまるみたいに自分を責めてんの?」

 サトミが自殺してから、つだまるはずっと沈んでいた。和泉は対照的だなとは思っていた。

「あんたはちっとも悪かったとか思ってないのかよ」

「いや、言い過ぎたなーとは思うけど、まさか死ぬとか思わないじゃん」

 ヘアピンが見つからなくって、それでも諦めの悪いサトミに向かって色々言ったのは、つだまると和泉だ。あたしも少しは言ったから、やっぱり次の日にあんなことになってしまって、どこか申し訳なさみたいなのは抱えていたんだ。

「誰も思ってなかったよね」

 大和がぼそっと言った。和泉もそれ以上何も言えなくなって、しばらく無言でパンを噛んでいた。風は冷たいけれど凄く天気のいい日だ。海の匂いがここまで飛んできていた。あたしは焼きそばパンの最後の一切れを噛みしめて、飲み込んだ。

「人が死ぬときって、そんな感じなのかね」

 さっき大和の言った「誰も思ってなかった」って言葉が頭の中でグルグル回っていて、しみじみと口にしていた。

「ナオ、大丈夫かな…」

 大和も言った。

「大丈夫っしょ。何人も走っていったんだし」

 和泉は強がって言う。遠くの体育館のほうから悲鳴みたいなものが聞こえた。

「大丈夫じゃねーだろ」

 あたしは立ち上がって駆けだした。

「待って!」

 大和が後を追ってくる。和泉は座ったまま動かない。

 さっき猫の死んでいた体育館裏まで出ると、伊村や細田の姿が見えた。向こうの方からも誰かが来るのが見える。

「ナオ、大丈夫?」

 大和がそう言って細田に駆け寄った。

「痛いよぉぉぉ!」

 細田の頬から血が出ているのが見えた。

「伊村お前何でこんなことしたんだよ!」

 あたしは伊村に吠えていた。

「綺麗な鏡を割ってみただけさ」

 ぞっとした。一足先にやって来ていた新藤が、驚いて叫んだ。

「お前マジか!」

 伊村はため息を吐いて言った。

「豚は五月蠅いな」

 キョロキョロまわりを見回す新藤の頭を、キミが軽くはたいて言った。

「お前だよ」

 向こうから駆けてきたが笑い出した。

「ちょっと…タイラー」

 隣にいたがさすがに注意する。

「ポンコツ揃いだな」

 伊村は憎まれ口を叩いた。

「いまこの場にいる全員、ひとまずこのことは黙っておいてくれるか?」

 三条が言った。

「…はぁ?」

 キミが聞き返す。

「何言ってんの先生ぇ警察! 警察呼んでよお! 痛いよおぉ!」

 細田は泣き喚いている。橘が細田に駆け寄った。誰か保健の宮本先生を呼びに行ったんだろうか。

「このことが公になったら、伊村、お前、真っ当な人生歩めないぞ。それでもいいのか? 先生は、警察沙汰にしてお前の未来を閉ざしたくはない」

 三条はまだ伊村に呼びかけ続けている。

「屑」

 伊村はニヤニヤしてつぶやいた。

「なんだって? おい何ニヤついてる」

「先生、本気でそんなこと言ってるんですか」

 橘が三条に言う。

「本気とはなんだ。先生はいつだって一人一人の事を考えて」

「もういいよ」

 強めに言ったのは平だった。

「あ?」

「先生…カッコ悪いよ?」

 三条はその言葉を受けて、その場に崩れ落ちた。遠くから、橋本と宮本先生が走ってくるのが見える。なんて長い一日だったんだろうな。さすがに疲れた。疲労のせいか緊張から解放されたせいなのか、頭がすーっとすっきりするような感覚を覚えた。けれど気持ちはすっきりしないままだった。


 ひとつだけすっきりしたことがあった。2年生になってからずっと寒気を覚えていた教室が、伊村の騒ぎの次の日から、全然寒く感じなくなったことだ。どこかから隙間風が入っていたのが塞がれたのだろうか? それとも幽霊的な何か…いやいや、そんなことないだろう。
 それから、1月下旬からバイトをはじめた。マクガフィンズ・ハンバーガーの橘公園店だ。もともとそこで放課後にダベるのが好きだったし、どうせそこに行くならお金を貰える方がいいなと思ったからだ。それほど良い時給ではなかったけれど、みっちり仕事を叩き込まれてクタクタになる日々を過ごした。最近はやっと仕事に慣れてきたから、春休みはシフトに沢山入ることにした。先輩や社員さんは優しいから働きやすい。受験勉強は大丈夫?なんて聞かれたけれど、附属大学にそのまま行こうかなと思っている。
 ヨシミとの仲は、1年のときみたいに何のわだかまりもなくなった。いまだに何が原因だったのか、思い当たることがない。けれど、突然に勉強を始めたヨシミを見て、和泉はなんだか劣等感を覚えたらしい。それなら自分も勉強をすればいいのに。あたしは冷めた目でそれを見ながら、気づかないフリをしている。

「マクガ行かねー?」

 授業が終わってこう言うと「またー?」とか不満そうに言うくせにホイホイついてくる。結局ひとりきりになるのが嫌なんだろう。ま、それはあたしも同じだけれど。

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