国際業務は、善人には出来ないかもしれないという話

0、国際業務とは何か?

いわゆる、行政書士の国際業務という業務の種類があります。

これはほとんどの場合、在留資格(ビザ)関連の申請業務を指しています。
広義的には、外国人に関わる全ての業務を国際業務という場合もあります。

国際業務は、行政書士試験に合格した方には人気がある職種だそうです。

その華やかそうなイメージと、人助けっぽい感覚がそうさせているのかなぁとは思いますが、ちょっと立ち止まって考える必要があると思います。

ということで、国際業務はどのような方がするべきなのか、考察してみたいと思います。

1、国際業務の難しさ

日本の文化圏で生まれ、育ってないという外国人の方とビジネスをするというのは、非常に特殊なことです。

私は個人的に外国語を話すというのは、その言語によって世界観を展開することであると考えています。
よって、母国語が違うということは、持っている世界観が全く違うと思った方が良いでしょう。

例えば、日本語は、ほとんどの文章において主語が省略されます。
誰が、その動作をしたのか?は、聞き手によって類推されなければなりません。

しかし、英語であれば、主語が省略されることがあり得ません。
必ず、その動作の主体が誰なのか、はっきりさせないと気が済まないのです。

数字に対する感覚もそうです。
日本語はある名詞が単数なのか複数なのか、それとも抽象的概念なのか気にしません。
しかし、英語であれば、それは「a,the,なし」という冠詞によって、その名詞の持つ意味が限定されます。

このように言語だけで考えても持っている世界観が全く違うのです。
そのような外国の方と相談し、ビジネスをするというのは、困難が伴うのは容易に想像できます。

たとえ、対峙している外国人の方が日本語がペラペラだったとしても危険が生じます。

それは、私たちが話している日本語と、相手が話す日本語と同じ意味であるかどうかは、一歩踏み込んでコミュニケーション取らないと判明しないからです。
(もちろん、これは日本人とのコミュニケーションでも起きえることなのですけれども…)

このあたりのミスリーディングは、国際業務では頻繁に起こります。

ゆえに、非常に慎重なコミュニケーションをしないと、意思疎通をすることは不可能だということになります。

2、国際業務のさらなる難しさ

ただコミュニケーションを取るだけでもこのような困難があるのに、さらに国際業務は法的な話をしなければなりません。

特に入管法においては、法遵守のコンプライアンスの問題が大きく横たわっています。

例えば、道交法で話をしてみましょう。

ある国の方からすると、公道において自転車に2人乗りするのは「常識」です。
3人乗りも、普通にするという話を聞いたことがあります。

そのような方が日本に来て、もし道交法を知らなければ、どうなるのでしょうか?
日本の公道で、普通に2人乗り、3人乗りをしてしまうということです。

もし警官に捕まったとしても、その人には「なぜ、してはならないか?」という疑問が浮かぶでしょう。

それは、自分たちの常識が、日本における法コンプライアンスを狂わせているからです。

まさに、カルチャーショックならぬ、コンプライアンスショックが起きるということです。

道交法のような、すぐに知ることが出来る法律ならまだいいかもしれません。
すぐ修正がなされていきます。

一方で、国際業務で取り扱うのは、日本人でさえ理解が難しい、しかも英語には翻訳されていない入管法です。

入管法の遵守コンプライアンスを教育するとか、守らせるとかいうことは非常に時間・努力・手間がかかることです。

例えば、ある国では、お金さえ払えばパスポートを買うことが出来ます。
例えば、ある国では、職歴を買うことも、大学の卒業証明書を買うこともできます。

その状態が常識であると思っている外国人が、日本に来て、入管法におけるコンプライアンスを守ってくださいといっても、一朝一夕で出来るような話ではないのです。

しかし、これを乗り超えなければ、国際業務は出来ません。

ですから、私たちが知っている常識的コンプライアンスと、相手が持っている常識的コンプライアンス、いわゆる倫理観のぶつかり合いが、常に国際業務にはあるということです。

そして、これこそが、国際業務を非常に難しくしている要因のひとつです。

3、だから、いわゆる善人には出来ないと思います

だから、性善説では国際業務は、全く出来ません。

相手の法遵守コンプライアンスが、どのレベルのものであるのか、コミュニケーションによって深く知らない限りは、まずは、相手の話を疑って聞く必要があります。

私たちには、提出された証明書の真偽を調べる方法もないですし、そのようなことにコストをかけることが出来ません。

よって、提出された資料の真偽は、依頼人の常識としての倫理観がどこにあるかを、私たちが信頼することでしか判断できません。

つまり、この依頼人ならば大丈夫だ、という私たちの判断を信じるしか、書類の真偽を決められないわけです。

ですから、もし、とても善い人で、疑うということを知らない純真な方が国際業務をやってしまうと、ドツボにはまっていくことになります。

非常に面白いことですが、外国人の方は、インターネットの情報よりは、外国人コミュニティの方を信頼する傾向があります。

よって、こういうことが起きえます。

「あの行政書士は、このような(怪しい、詐欺っぽい)案件もやってくれて、許可を取ってくれたよ」
「だから、みんなも、あの先生に行ってみたら?やってくれるよ!」

このような論理によって、どんどん、怪しい案件の人が集まってくるということになります。

ですから、仕事が喉から手が出るほど欲しかったとしても、お金が明日底をつくような状況だったとしても、
国際業務においては、目の前の依頼人を初対面では疑って、どのような倫理観、法遵守リテラシーを持っているのか、吟味する必要があるということなのです。

4、では、国際業務に向いている人はどんなひと?

第一に、人を疑える人です。
というのは、語弊があるかもしれません。

良く言えば、人に興味を持ち探求できる人です。

とくにかく、依頼人を前にして、この人はどのような人なのだろうか?
どのような性格で、どのような人生を歩んできたのだろう?

法を守ってくれそうな人なのか?
それとも、法遵守なんて関係なくて、日本にいたいだけなのか?

このような疑問を投げかけて、相談を進められなければ、非常に危ないです。

これが出来たなら、だんだんと信頼のおける人からの依頼が増えていくことになるでしょう。

第二に、外国人とのコミュニケーションが何たるか知っている人です。

周りに外国人がいるかどうか、その方とお付き合いをしたことがあるかどうかは、大きいです。

これは、語学が出来るという意味ではありません。
語学は単なるツールなので、語学が出来なくても、外国人とのコミュニケーションは十分にできます。

世界観が全く違う人とのコミュニケーションが出来るか、このことは、まさにダイバーシティへの許容を見せることができるか、どこまで柔軟な対応が出来るかは、国際業務には不可欠な能力のような気がします。

5、だからこそ国際業務をお勧めします

外国人と付き合ったことがない行政書士の方には、国際業務は非常に荷が重たいかもしれません。

しかし、経験は積むことが出来ます。

仕事以外でも、外国人とコミュニケーションする方法は、いくらでもあります。
日本にはたくさんの外国人がいらっしゃっているからです。
ちょっと、コンビニの店員と話すことから始まってもいいでしょうし、外国人がやっているお店に入って店長に話を聞くのもいいです。

日本の未来においては、外国人の方が減るとは、到底考えられません。
外国人の方はどんどん増えていく一方でしょう。

よって、誰かが、インタープリンターとして、トランスレーターとして、日本の文化だけではなく、法遵守のコンプライアンス、倫理観さえも、外国人へ伝えてあげる必要があります。

「郷に入れば郷に従え」

確かに、それは非常に重要なポイントです。
この情報社会においては、自分で調べることもできます。

しかし、特に法律に関する情報は、非常に少ないと言わざるを得ません。あったとしても、怪しい情報も沢山Youtubeには散見されます。しかも英語で…。

残念ながら、入管庁の英語サイトでさえ非常に分かりにくいものです。
この状態で最低限の入管法を勉強してから入国して下さいなんて、全く言えません。

品川入管へ行けば、沢山の外国の方が、いらっしゃいます。
子供連れの方もいらっしゃいますし、仕事を休んでそこに来ている方もいらっしゃいます。

彼らは、入管法なんて読んだことがないでしょうし、読むチャンスがないまま、入管が言うがままに、申請書をその場で書き、その場で写真を撮り、その場で申請を出すということをしています。

疎明資料なんて全く出さないで、後で追加資料で提出させるということが横行している状態です。

これでは、入管の審査は、全く効率的には成り得ません。
このような、とんでもない状態は、入管庁にとっても、外国人にとっても、不幸な状態であるとしか言えません。

国際業務に携わる方々の草の根の運動が、外国人の法遵守リテラシーを底上げして、何よりも、この在留資格の審査の効率を上げていくことに繋がるでしょう。

国際業務に携わる者も、入管庁も、外国人も良しとなる三方良しの状態が出来るためには、国際業務に携わる専門家、それは世界観の違う依頼人とのコミュニケーションを深く取れる専門家が必要だとということです。

ですから、ぜひ、外国人とのコミュニケーションの経験を積み、法律のインタープリンター、トランスレーターとして、国際業務へと参入する方が増えていけば幸いだと考えています。

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