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資本政策の統計「取締役、執行役員・CxOはどのようにストックオプションを付与されるのか」

このnoteは、令和6年税制大綱で発表された改正案の1である「税制適格ストックオプションの権利行使価額限度額の緩和」に関連して、スタートアップにおけるストックオプションの実態を調べて傾向について論じたものです。

先日のnote(以下)では、1人あたりの行使価額に着目して全体の傾向について論じています。

ストックオプションの権利行使価額限度額の改正について、税制大綱上において人材確保の観点で行う点が明記されています。

主としてレイター期の人材確保に資するよう、ストック オプション税制の年間の権利行使価額の上限を、スタートアップが発行したものについて、最大で現行の3倍となる年間 3,600 万円への引上げを実施する。

令和6年税制大綱 9p

このnoteではスタートアップで働く方々のうち、組織内において重要性が極めて高いとされている、取締役・執行役員・CxOを対象として、ストックオプションの付与実態についてデータを用いて振り返ります。


1. 調査対象について

本記事は資本政策データベース「shihon」に、設立からIPOまでの期間の資本政策を収録している37社(2024/01/06時点)を対象として調査しています。

収録している37社は、2014年から2023年までの10年間でマザーズ市場・グロース市場に上場している企業から選定しています。
この10年間に699社がマザーズ市場・グロース市場に上場していることを踏まえると、本noteによる分析結果がIPOをした企業の実態を必ずしも正確に示していない可能性がある点をご了承ください。

具体的な企業名は以下となります。

shihonには、上記に上げた企業について、設立から上場に至るまでの資本取引を掲載しています。本noteでとりあげたストックオプションに関する取引のほか、第三者割当増資・株式譲渡・(一部の)M&A取引を具体的に収録しております。

また、資本取引を収録した企業のうち、ユーザーの皆様の要望が多い企業から解説を追加しており、37社のうち26社に対して全資本取引の解説を行っています。

shihonは現在有償β版(月3000円)で申込いただいた方を順次案内する運用にしています。
本記事を見て、データで資本政策を見てみたいな…となった方は是非こちらからエントリーお願いします!

資本政策データベース「shihon」

2.データの定義

データの定義

役職を限定しての集計を行うに際して手作業の加工が入ります。このnoteのデータを参照して何かを判断したい人のために、データの定義について共有します。

カテゴリーの定義:
取締役:上場時において取締役に就任している者から、以下を除く
(1)共同創業者( ≒ 創業時取締役)に該当する者 ーー①
(2)社外取締役・監査等委員設置会社における監査等委員に該当する者

CxO・執行役員:上場時において従業員の身分の者のうち、CxO・執行役員の肩書を有している者 ーー②

定義の補足
①ーー 「人材確保」の論点につながる調査をしたい都合上、共同創業者である取締役(創業時取締役)と創業後加入した取締役とをわけて論じたいと考えています。
②ーー 執行役員・CxOの肩書について有価証券報告書等の開示資料に記載されているものは100%集計できています。調査に際して上場時に各社のHPのメンバーページに記載がある者は可能な限り集計していますが、見落としがあるかもしれません。また、本部長・リーダー・(最高がつかない)責任者など、CxOに近い職責の肩書がついている方については、本データの集計対象外としています。

なお、取締役がCxO・執行役員を兼任している場合は、「取締役」のカテゴリーとして集計しています。また、代表取締役を創業者から交代した場合における、当該後任の代表取締役も「取締役」のカテゴリーとして集計しています。

集計対象となる人数

まず、集計対象となった人数について確認します。各企業の上場時における株式・SOの保有者について、上記定義に基づいて分類しました。

調査対象の37社の合計で、本noteの基準で分類した「取締役」「CxO・執行役員」はそれぞれ77名・56名います。

3.どの程度ストックオプションが付与されたか

上場時に当人が保持しているストックオプションがどの程度の持分比率か、行使価額の合計がどの程度か基礎統計量を確認してみましょう。

なお、持分比率は上場時(つまり公募増資後)の潜在株式含めた発行済株式総数と本人が保有するストックオプションの潜在株式数の比率で算定しています。

分布に関するデータとして四分位点の表と、全体の散布図を掲載しました。

量に関する基礎統計量
横軸:行使価額 縦軸:保有割合

3−1. 取締役について

取締役が保有するストックオプションの保有比率について、中央値が0.99%・第1四分位点が0.48%・第3四分位点が1.44%であることは注目に値します。
このデータは、おおむね0.5%刻みで、0.5%以下・0.5~1%・1%〜1.5%をSOで付与さされている人が同程度の人数であることを示しています。
この範囲以上となる取締役のうち上位25%の人について、保有割合は1.5%〜10%の範囲で広くばらつきが生じています(散布図参照)

取締役の保有するストックオプションの権利行使価額も確認しましょう。
中央値(3453万円)・第1四分位点(943万円)に着目すると、権利行使価額の分布の特徴が見えやすいです。
これらは、取締役の多くが、税制適格ストックオプションにおける権利行使価額の1年分の制限額(1年あたり1200万円)を超過していることを示しています。中央値を踏まえると、「概ね3年間にわけて行使することが求められている」といえるでしょう。
一方で、行使価額が1億円を超える事例は非常に稀な状況となっています。

取締役について、一般的な水準を強いて言うならば、「1%前後・行使価額3000万円超のストックオプションが付与されている」と言うべきでしょうか。
ただし、取締役については、例外的な事例が数多くある点に留意する必要はあるでしょう。

3−2.CxO・執行役員について

従業員の身分である「CxO・執行役員」の保有するストックオプションは、取締役に対する付与割合等と比較すると、あまりばらつきが生じていません。
保有比率は、全員1.5%以内に収まっています。多くの会社で、概ね0.5%前後ストックオプションを従業員であるCxO・執行役員に対して付与していまして(散布図参照)、1つの水準が形成されていると言えるでしょう。

行使価額についても全ての事例が1億円以内に収まっています。中央値(1236万円)を踏まえると、従前の権利行使価額限度額(1200万円)前後に収まっていると言ってもいいかもしれません。

4.いつストックオプションが付与されたか

散布図・基礎統計量を用いて、行使価額や付与割合など「量」に基づく観点で付与実態を確認しました。次は、ストックオプションがどのようなタイミングで付与されたかについて、時期の観点で確認します。

まずは、ストックオプションが何回に分けて付与されたかどうか、頻度を確認しましょう。

ストックオプションが付与された回数と、付与割合(各人ごとの平均値)

CxO・従業員と取締役のどちらも、1~2回と少ない回数で付与されているケースの数の多さが目を引きます。1回ないし2回で付与された人数は、両カテゴリーとも、全サンプル数の77%に相当します(取締役:77.6%、CxO・執行役員77.3%)。

サンプルである37社において、累計217回の新株予約権が発行されています。平均として1社あたり上場までに6回弱(5.9回)のストックオプションの発行を行っている計算となります。
会社として合計6回前後発行している会社であっても、執行役員等や取締役に対しては、1-2回の発行にまとめて付与してしまう姿勢が見受けられます。

少ない回数でまとめて付与された人と、複数にわけて何回も付与された人とで最終的に付与された割合について差分がないか確認する目的で、表には分割数ごとに付与割合平均値を添えています。
CXO・執行役員については複数回に分割されて付与された人のほうが最終的な付与割合が多くなる傾向がありそうですが、取締役については同様の傾向が見えません。この論点については、もっとサンプル数が増えた時に仔細に調べたいと考えています。

4−1. 取締役について
次に、ストックオプションの発行事業年度について、上場時を基準として上場申請期(N期)・上場直前期(N-1期)…と会社間を比較可能な形に変形して、分布を確認しましょう。

この分布を確認することで、取締役として参画した人にどのタイミングで付与しているのかが確認できます。

1〜2回でまとめてストックオプションを付与する場合、上場準備の開始を意識する期(N-3期)から付与を行っている傾向があります。サンプルの回数自体は少ないですが、N-4期以前にストックオプションを付与した場合(合計5人)には、合計3回以上付与をしています。

1回でまとめてストックオプションを付与するケースと、2回にわけてストックオプションの付与を受けるケースの各回における付与時期・付与割合を比較してみると面白い特徴が見えます。
1回のみ付与を行う時の時期・割合(0.97%)と、2回にわけて付与を行う場合における初回付与時の時期・割合(1.02%)は、概ね同じ時期の分布・割合となっています。
上場準備開始前後に1%程度を付与して、その後追加的に1%弱のストックオプションを付与するか否か検討されている、という見方もできそうです。

3回以上に分割して付与する場合は、個人に対して付与される割合は1%に満たないケースも目立ちます。表示している割合はIPO時の発行済株式総数を基準とした値となっていますので、資金調達等により希薄化されてしまった可能性が高いでしょう。

4−2. CxO・執行役員について

CxO・執行役員に対して同様のデータも確認しましょう。取締役に関するデータと比較すると、興味深い点が見えます。

1回でまとめて付与するケース(最上段)を比較すると、CxO・執行役員に対して付与する場合は7割のケースで上場申請期(N期)に付与をしていますが、取締役に対してはN-2期前後に付与をしています。
従業員の立場にいるCxO・執行役員については、上場準備期間中に従業員から重要な職位に抜擢して、上場直前にストックオプションを付与しているケースが目立ちました。
一方で上場時に取締役に就任している者は、上場準備期間開始前後に取締役に就任しているケースが多く、就任時に付与している事例が多いように見えます。

2回に分割してストックオプションを付与するケースを確認しましょう。
初回の付与割合を控えめに設定しておいて、2回目で多めの割合を付与するケースが目立ちました。2回目の方が付与割合が少ないケースは、全13件のうち2件しかありませんでした。
初回はまず少量を付与して、重要な職位についたあとに多量を付与する企業行動が伺えます。
また、サンプル数が少ないが故の特徴かもしれませんが、上場直前期(N期)に付与したケースが1件もなかった点が個人的に興味深いと感じました。

5. まとめ

このnoteでは取締役、CxO・執行役員に対するストックオプションの付与割合について、付与割合・回数・時期を振り返りました。

総括するに際して、当初確認した散布図を再掲します。

横軸:行使価額 縦軸:保有割合(再掲)

取締役、CxO・執行役員に対して付与したストックオプションについて、CxO・執行役員の全員・取締役の75%は、行使価額1億円以下&IPO時の付与割合1.5%以下に収まっています。
上場時に経営に参画していた(=取締役に就任していた)者のみが、外れ値といえる水準のストックオプションを付与されています。

(今回は仔細な分析を省略しましたが、)外れ値と言える量のストックオプションを付与された対象者は、概ねN-2期前後にストック・オプションの付与を受けています。
現行の付与状況の延長線上を辿って考えると、今回の税制適格ストックオプションにおける権利行使価額上限の緩和によって、上場準備開始前後の期間で経営人材を集める行動がより促進されることが期待されるのではないでしょうか。


最後に、繰り返しの宣伝となりますが、本件のような情報を収集・閲覧できる環境をつくるべくshihonを運営していますので、ご興味のある方は是非ともご活用ください。

資本政策データベース「shihon」


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