所属不明機、緊急着陸――横田基地 "B763"を巡る誤報はどうして発生したのか

2023年6月15日、米軍横田基地に爆破予告があり、一時は退避指示が発令されるなど騒然としました。それと同時に、ネット上ではとある航空機を巡って誤報やデマが飛び交っていました。また。大手メディアや一部の軍事クラスタも誤解に基づいた発信をしていたようです。

今回の騒動の原因はB763と表示されていた、韓国から飛来したボーイング767-300です。

「B763」の横田への着陸
飛行経路

結局、この飛行機の正体は?

オムニエア・インターナショナル(Omni Air International)のボーイング767-300型旅客機で、機体記号はN468AXでした。便名はOY272便で、出発地はソウル近郊にある在韓米軍のオサン空軍基地、到着地は横田基地です。

これは米軍が定期的にチャーターしているフライトで、この騒動の1週間前にも同じ便名でオサン~横田を飛んでいました

米軍は基地間の物資・人員輸送のために民間機をチャーターして飛ばしています。これはアメリカ輸送軍(USTransCom)の管轄下にあり、有事に限らず平常時から行われているものです。

オムニエア・インターナショナルはチャーター便の運航を専門に行っている航空会社で、日本への定期便はありませんが、在日米軍基地によく飛来します。航空ファンの間では知名度の高い航空会社です。

航空ファンが写真を投稿するサイト「Flyteam」には1900枚以上の写真が投稿されていることがわかります。

なお、Flightradar24上では「Boeing 767-36N(ER)」と記載されていますが、これはボーイングのカスタマーコードを含む正式な機種名の表記です。N468AXはロイヤル・エア・モロッコからオムニエアに売却された中古機で、当初の発注者はリース会社のGECASでした。"6N"はGECASに割り当てられたコードで、そのコードを含んだBoeing 767-300(ER)を「Boeing 767-36N(ER)」と表記します。

どういう誤報・デマが飛び交ったか

このフライトを巡って、主に以下のような誤報・デマが飛び交っていることを確認しました。

  • 所属不明機が着陸した

  • 民間機が緊急着陸した

  • 当該機はトランスポンダを切っていたので表示されなかった

この記事では、これらの誤報・デマがどのように発生したかを検証します。

日テレの当初の記事(アーカイブ)。現在は訂正されて「所属不明」の文言が削除されたが、テレビでは「所属不明機が着陸」と報道された。

所属不明機?

先ほど示した通り、この飛行機は米軍がチャーターしたオムニエアの飛行機です。しかし、航空機追跡アプリFlightradar24上では「B763」と機種名だけが表示されており、詳細が伏せられていました

アイコン
航空機の情報

おそらく、一部のメディアはこれを以て「所属不明機が着陸した」と報道したのでしょう。
もちろん、そんなことはありません。きちんと航空管制を受けて、着陸許可を得た上で横田基地に着陸しています。また、Flightradar24以外のサイトでは表示が伏せられていないものもあり、便名や機体記号をきちんと確認できます。

ADS-B Exchangeにおける表示
Flightawareにおける表示

では、なぜFlightradar24で非表示だったのか?

アメリカ連邦航空局(FAA)にはLimiting Aircraft Data Displayed(LADD)と呼ばれる仕組みがあります。簡単に言ってしまえば、「ウチの飛行機の情報を表示しないでください」という要請を行うものです。
このリストに登録するか否かは航空機の管理者次第で、イーロン・マスク氏のプライベートジェットなど民間機で登録しているものもあれば、イギリス政府専用機のように要人輸送機でも登録していない例もあります。

Flightradar24は航空機所有者への配慮から、個別に秘匿要請があった飛行機やLADDリストに掲載されている航空機などを非表示にするようにしています(余談ですが、日本国政府専用機はFlightradar24に直接非表示を申し入れているようです)。

確認してみると、やはりオムニエア・インターナショナルはN468AXをLADDに登録しているようでした。その結果として非表示になっていたという訳です。

他のサイトでは表示される

しかし、あくまでこれはFlightradar24側が自主規制として秘匿要請やLADDリストに従っているだけであり、ADS-B Exchangeではそのような航空機であっても情報が表示されます。

残念ながら「Flightradar24に映っているものが全てである」という誤解があるように思いますが、特に記者の方々には様々な追跡手段があることを知っていただきたいところです。

余談ですが、毎日新聞が先日「米軍ヘリ、スカイツリー周辺で飛行 ルートに設定か 目的は明かさず」という記事を出していました。当該記事ではFlightradar24ではなくきちんとADS-B Exchangeが使用されており、上手く航空データを扱っているという印象を受けました。
メディアの間でも航空データに対するリテラシーの差が広がっているように思われます。

緊急着陸したのか?

答えはNOです。今回横田に着陸したOY272便は緊急事態宣言を行っていません。

デマが発生した原因は、おそらく2つあります。

  • その段階で発生していた爆破予告との混同

    • ちょうど滑走路閉鎖が解かれたと思われる段階でオムニエア機が着陸したため、「この飛行機が緊急着陸したせいだ」と解釈された

  • 民間機が羽田や成田ではなく、横田基地に着陸した

    • 先述した通り米軍のチャーター便なので正常です。しかし、普段Flightradar24を見慣れていない方には異常事態に見えたのかもしれません。

爆破予告に伴って滑走路閉鎖が発生し、待機していた別の輸送機

緊急着陸していないことはスコークコードで確認できます。

スコークとは、機上の無線機(トランスポンダ)に設定する識別用の数値で、基本的にはどの値に設定するかは管制官によって指示されます。
しかし、例外的に航空機側が緊急事態を宣言する場合には7700に航空機側の判断で設定できます(ほかにも無線機故障は7600、ハイジャックは7500)。

Flightradar24やADS-B Exchangeではこのコードが表示されているのですが、当該機は韓国を離陸してから横田に到着するまでの間、7170という通常の値を設定していました。

Squawk

ちなみにFlightradar24には7700あるいは7600を宣言した機体が現れた際にアラートを通知する機能があり、もし一瞬でも7700に設定していれば世界中に通知が飛ぶので、見逃されることはありません。
(以下のようにそれを自動ツイートするbotも複数存在します)

また、緊急事態を宣言する程ではないものの、不調があるので優先的な着陸を要請する(priority landing)というものもありますが、筆者が無線交信内容を確認した限りでは、OY272便はこれすらも宣言していません。

もし念のためご自身でも確認されたい方は LiveATC という航空無線を記録しているサイトに横田の記録も残っているため、Approachの管制記録を聞いてみると平常であることが確認出来ると思います。時刻でいうと2023-06-15 03:30Zごろから04:00Zあたりを聞けばよいはずです。

トランスポンダ(トラポン)を切っていた?

これは軍事クラスタの一部で見られた誤解です。ここまでは一般的にわかりやすい用語で書くように努めていましたが、この情報が必要な方には直接書いた方がわかりやすいと思うので、このセクションで用語の解説は省きます。

結論を言うと、切っていません。最初から最後まで、ModeSのトランスポンダおよびADS-Bをきちんと運用しています。

先述のLADDに関する記述と関係することなのですが、今回のOY272が表示されていなかったのはトラポン側の問題ではなく、FR24側の規制によるものです。
今回のOY272は全行程においてADS-B Exchange上でデータソースが "ADS-B" となっています。つまり、同機はModeSの拡張スキッタ上にADS-Bのペイロードを載せて発信していたということになり、ModeA/Cなどへの切り替えを行っていないということになります。また、念押しにはなりますが、メディアによって空撮された機材とコードが一致していたことからhexも偽装していないことがわかります。
確かに軍用機であればModeSの送出を停止したり、tactical transponder codeを使用したりといった秘匿行動を行うことがありますが、USTRANSCOM管轄下のチャーターとはいえ、民間機でしかないオムニの機材でそのような行動は厳しいのではないかと推察しています。

おそらく軍事の知識があるゆえにそのような推測が発生したのは分かるのですが、航空軍事クラスタ各位におかれましてはADSBxやFR24におけるデータソースおよびhexの表示を確認していただければと思います。

ADS-B Exchangeにおけるデータソースの表示

まとめ

  • 今回、横田基地に着陸したのは米軍がチャーターした民間機だった

  • 緊急着陸ではなく、予定通りの正常な着陸だった

  • Flightradar24が自主規制の一環として、機体に関する表示を伏せていた

  • トランスポンダは正常に作動していた


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