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義母の味、母の味、私の味【イワシの酢漬け】(レシピエッセイ)

今、イワシを手開きにしている。

鰓が鮮やかな赤色で、青く反射する背がピンと張っているのが新鮮な証拠。指先で鰓と下顎の部分を除いて、頭を外し、人差し指で内臓をかき出す。安価で手が届きやすい上、栄養価の高い青魚。思えば、スペインに来て、最初に教えてもらった料理が、この『イワシの酢漬け』だった。

私が一尾捌く間に四尾も捌いてしまう義母の手際良さ。慣れない私の手の動きは悲しいくらいに鈍く、折角の新鮮なイワシが私の体温で温まりグニャリと寂しそうに曲がった。どれだけイワシを捌けばあんなに早く出来るのだろうと思っていたのだけれど、今では、あの時の義母と同じようにイワシを一瞬で捌けるようになり、娘にイワシ開きロボットだと言われている。

義母から教わった『イワシの酢漬け』の作り方

「イワシを手開きで骨を外して2-3時間酢漬けにしたあと、刻んだニンニクとパセリを加えてサラダオイルをかける」

たったの50字程で出来てしまうアバウトさ。イワシの手開きの以外はコレだけを頼りに作ったものだから難儀した。まず、イワシが白くなる工程がよく分からない。

「どうやったら白くなるのん?」

と夫に聞いてみたら「オキシドールを入れるんだよ」と自信ありげに答えた。そりゃあ、信じる。師と仰ぐ義母の長男で、調理師の経験もある夫が言うんだから。しかし、この時、夫が片手にジン・トニックのグラスを持っていたのを不覚にも見逃していた。

小さな平容器にきれいに並列したイワシの上からオキシドールを振り掛けると、ブクブクと白い泡が出始めた。

ブクブクブクブク。

泡は止まらない。容器の中で消毒しまくられているイワシが、泡の隙間から顔を覗かせる。不安になって聞いてみるも、「大丈夫」の一点張り。しかし、どうも違う気が……。

雪のように漂白されたイワシを酢漬けにし、義母のレシピ通りにニンニクとパセリを刻み、サラダオイルに漬けること数時間。運命の時が来る。

晩酌用のビールに、サラダや別のアテもいくつか用意し、メインである『イワシの酢漬け』をテーブルの中央にドン。さらに、もしものことを考え、協議の上、二人同時にパクリ。

「ゲゥェェェッ!」

揃ってトイレに走った。食べられるもんじゃない。腐っているのではないが、人間の食べ物ではない。まずい。オキシドールが舌に反応して痺れてきた。急いで洗面所で舌垢を擦り、何度も口を漱いだけれど取れない。

「ん……間違ったかも」

そんなの、聞かなくたって分かる。何がどう転んでオキシドールを入れろと言ったのかについては25年経った今でも謎のままだが、お陰であの時『イワシの酢漬け』にオキシドールは入れないと、強く肝に誓った。

以来、夫には頼らず自己開発した『私のイワシの酢漬け』は、我が家の定番おつまみとして、頻繁に食卓に登場している。



始めてスペインに遊びに来た両親たちに、私の『イワシの酢漬け』を食べさせたことがある。

晩酌好きの父が、ビールを飲みながら嬉しそうに食べていたのを思い出す。母は「あんたも、えぇお母ちゃんになってからに……」と目を細めていたが、義母が娘に教えた料理を食べる実母の気持ちはどんなものだろうかとふと想像する。きっと、嬉しさと寂しさが格子模様になっているんだろうな。

母は『きずし』を作るのが上手だった。関東でいう『しめさば』だ。実際に横に立って教えてもらう機会は無かったけれど、母の味を思い出しながら、新鮮な鯖が手に入ると『きずし』も作っているんだよ、子どもたちも大好きだよ、といつか母に言いたい。

丁寧に中骨と尾鰭、背鰭、胸鰭を外し、冷水で洗ってから塩をして締める。そのまま酢につけて2-3時間。優しい味が好きな義母は普通のサラダオイルを使っていたが、私は酒飲み用にオリーブオイルを使う。



酸っぱ過ぎず、生魚の新鮮さをそのまま残す絶好の付け具合に仕上がった。早速、冷蔵庫からビールを引っ張り出す。過去に大失敗をした夫は、イワシの酢漬けを「外で食べるよりも格段美味しい」と絶賛し、何故か、醤油と山葵で食べている。

義母のスペイン料理を自己流に変えた私と、自己流に和風にして食べる夫。共に日本とスペインの食の狭間で生きている。

そう言えば、オランダにいる娘から『イワシの酢漬け』のレシピが欲しいというメールが届いていた。私は何を伝えていけるのだろう。日本人の舌に合わせたスペインの味。我が家だけの味。

イワシを箸で一切れ口に運ぶ。目の覚めるようなニンニクとパセリの爽やかさ。イワシの酸っぱさが、ビールの泡と一緒になって消えていく。



お持ち帰り用レシピ
イワシの酢漬け –Boquerones en vinagreta

材料
ヒシコイワシ      500g
荒塩          大匙1
刻みニンニク        3片
刻みイタリアンパセリ  適量
白ワインビネガー    適量
オリーブオイル     適量

作り方
① イワシを手開きにし、中骨、背鰭、尾鰭、腹鰭を除き、冷水で何度も洗って汚れを完全に取り除く。
② バットもしくは、そのまま冷蔵保存できるガラス製平容器に、イワシを重ならないように並べ、全体に塩をする。
③ そのまま、全体が隠れるように白ワインビネガーを注ぐ。
④ 2-3時間後、ビネガーをしっかり切る。
⑤ 再びイワシを重ならないように並べながら、オリーブオイルと刻んだニンニクとパセリが全体にいきわたるように広げる。
⑥ 1-2時間おいて味をなじませる。

コメント
塩で締めてそのままビネガーに漬け込む家庭用簡単レシピ。アニサキス対策として一旦、凍らせてから調理すると安心。オリーブオイルは酸化防止作用があるので、食べきらない場合はオリーブオイルが表面全体に被るようにする。しっかりと漬けたい場合は漬け時間を長くする。仕上げ時にお好みでオリーブの実を飾ったり、軽く焼いた小さなトーストに乗せるとオードブルにもなり、おもてなし料理にも使える。

注意:使用する容器の大きさによって分量が変ってくるので、ワインビネガー、オリーブオイル共に、全体が完全に隠れるようにしてください。



コメント
塩で締めてそのままビネガーに漬け込む家庭用簡単レシピ。アニサキス対策として一旦、凍らせてから調理すると安心。オリーブオイルは酸化防止作用があるので、食べきらない場合はオリーブオイルが表面全体に被るようにする。しっかりと漬けたい場合は漬け時間を長くする。仕上げ時にお好みでオリーブの実を飾ったり、軽く焼いた小さなトーストに乗せるとオードブルにもなり、おもてなし料理にも使える。

注意:使用する容器の大きさによって分量が変ってくるので、ワインビネガー、オリーブオイル共に、全体が完全に隠れるようにしてください。

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