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スペインの「フレンチオムレツ」はイカ焼きみたいなもんだという話

世界共通の人類の習性として、外国の風をダイレクトに吹き飛ばしてくるようなネーミングの料理に弱い。赤子の手を抓るように、あっけらかんと騙される。

「アメリカン」「イタリアン」「フレンチ」と名のつく料理が、実際に現地で食べてみると似ても似つかない料理で「ちゃうやん!」と突っ込みたくなることがよくあると思う。

同じように、海外で見る「ジャパニーズ」を掲げた料理に、びっくり仰天な食材が使われていたりして「何?」と固まることも多い。

カニカマはサーモン、マグロと並ぶ三大巻き寿司のネタとして重宝されている。お陰で家で寿司パーティーをする際にはお世話になっている。個人的に、カッパ巻きや海老キュウ巻きがスペインでブレイクしないのは納得できないが。

でも、そんな「ナンチャッテ」があるというのも多少は仕方のないことだと思っている。一国の食文化をまったく別の食文化に持ち込むのだから、偶然に入ってしまった場合を除くと、今後のビジネス展開を考えれば、持ち込む側も必死で作戦を練ってくるのが当然だろうしね。

そこで今日はフレンチオムレツをテーマにつぶやいてみる。

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シェフを目指す人にとっての第一関門と言われているフレンチオムレツ。火加減の調整をしながら空気を含ませ、ふんわりとアーモンド型に焦げ目のないように焼き上げる。これが思いの他、難しい。火が強いとポロポロになってしまうし、弱いと当然固まらない。

口の中でとろけるマシュマロように柔らかく、バターの香りにつつまれた黄色いフワフワは本当に絶品で、私的にはケチャップなんて絶対にかけちゃいけない。ドミグラスソースも有り得ない。卵のやさしい甘みがブワァ~と口の中に広がっていく快感を、一口、一口大切に楽しむ。

というほど大げさなものではなけれど、ケチャップはパスしたい。
そのままで十分美味しいのに勿体無い。

スペインにもやっぱり、フレンチオムレツがある。

じゃがいも、もしくはじゃがいもとタマネギがはいったフリスビー型がスパニッシュオムレツ。プレーンな何にも入っていないのがフレンチオムレツ。

…………。

それが、本当に何にも入っていない。
バターも入っていない。
卵と塩だけのオムレツ。

そればっかりか、ふんわりとアーモンド型どころか、オリーブオイルかサラダ油を引いた鉄板で溶き卵をさっと焼いて二つ折か三つ折にたたむだけ。

それだけ。

そうだ、イカ焼きを思い出して欲しい。さっと焼いてパッパッ。

それだけ。

エレガントなフレンチオムレツとは比べ物にならないほど大雑把で焦げ目も遠慮なくついているのがスペインのフレンチオムレツの正体。

でも、これはこれで薄くスライスした数枚の生ハムと一緒にパンに挟むと絶妙のバランスで、先にパンに擦ったトマトとオリーブオイルを塗りつけておくと、もう、最高にリッチな朝ごはんになる。

オムレツにバターが入っていたりすると台無しで、せっかくの生ハムの豊満な香りや塩味が飛んでしまうから、こうでないとダメ。

「生ビール一つ!!」

そう言わずにはいられない。

グイッと冷たいビールを喉に流し込む。その頃になると焼きたてのオムレツで生ハムの脂分が程よく溶け出し、さらにパンを美味しくする。ビールをグラスで注文したのを後悔するのに時間はかからない。

あぁ、反則な美味しさ……。
昨日、ダイエットを誓った私は悪魔に引きずられながら闇へと葬られた。

そう、若いめのフレッシュな赤ワインも合う。
1/2本は軽いかなぁ。

今度は悪魔に頭突きでもされそうだ……。

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スペインのフレンチオムレツは姿形を変えながらも、しっかりとスペインの食地図の中に位置している。

ちなみに、フランス人に本場フランスのフレンチオムレツというのはどういうものなのか聞いてみた。

驚いたことに、フレンチオムレツという名前の料理はない。各家庭で作るオムレツは、家庭によってそれぞれ具や調味料が違うし、卵とバターだけのオムレツをフレンチオムレツって呼ぶなんて知らなかったらしい。

一体、どうなってるの、まったく。

シェフの登竜門が砂の城のようにガサガサと音を立てて崩れ落ちた。
誰や? 試験項目を作ったのは。

まあいい。

どういった理由でスペインのフレンチオムレツが今の形になったのかは知らない。大切なのは、生ハムとスペインのフレンチオムレツのボカディージョは今日もやっぱり美味しってことよ。


(注釈:バゲットパンにいろんな具を挟んだものをボカディージョbocadilloという。)

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