The Beatlesのドキュメンタリー「Get Back」を解説

TBSラジオで毎週金曜日8時30分~午後1時まで放送の「金曜ボイスログ」
シンガーソングライターの臼井ミトンがパーソナリティを務める番組です。

このnote.では番組内の人気コーナー
「臼井ミトンのミュージックログ」の内容を書き起こし。
ちなみにyoutube版では動画も公開しているのでそちらも是非。

The Beatlesのドキュメンタリー「Get Back」を解説

ライブをやめアルバム作りに没頭するThe Beatles

The Beatlesのラスト・ライヴとして有名なルーフトップコンサート。
屋上ライブですね、このライヴに至るまでの事の顛末を記録したドキュメンタリー「Get Back」が動画配信サービス Disney+で配信開始になりました。

7時間半以上に及ぶ超大作なんですが、今日は、この映画をより楽しむために知っておきたい予備知識や裏話、登場人物解説みたいなものを時間の許す限りお話したいと思っています。

まず、The Beatlesというバンド、これはもう説明不要のスーパーグループ、20世紀最大のポップアイコンですけど、彼らは1960年代半ばにあまりに人気があり過ぎて、コンサートをやっても観客の悲鳴で演奏がかき消されてしまうもんだから、ライヴやるのが嫌になっちゃったんですね。
しかも有名になればなるほど世界各地で音楽とは関係ないゴシップ的な騒動も巻き起こるもんだから、僕たちもう金輪際ライヴはやりません!ということになったんです。これが1966年の話。

で、ライヴやらずにどうしたかっていうと、レコーディングスタジオに籠もって、アルバム作りに没頭するわけです。時間をかけて実験的な手法で作品を作り始めます。それで出来上がったのが、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』だったり「ホワイトアルバム」と呼ばれる『The Beatles』だったりという名盤なんですが、この頃って既に録音のテクノロジー的にオーバーダビングというものが可能になっていますから、バンドメンバーが4人揃って「せーの」で録る必要がないわけです。
メンバーがそれぞれ作りたいように勝手に作ったものを持ち寄って1枚の
アルバムにした。みたいな感じもあり、つまりメンバー4人全員で演奏していない曲もたくさんあるんです。

一大プロジェクト「Get Back Sessions」

既に大スターで地位も名誉も金もあるバンドが、ライヴをやらずにオーバーダビングでメンバーが顔も合わさずに作品だけ作る。するとバンドとして
どうなるかって言うと、どんどん心が離れて行ってバラバラになってしまうんですよね。

そのことに危機感を持っていたPaul McCartneyが中心になって、あるプロジェクトが動き出します。それは、テレビの特番として久々にお客さんの前でライヴをしよう!というプラン。しかもその模様をテレビで放送するだけではなくて、そのライヴをちゃんと録音しておいて、ライヴアルバムにまとめよう!という計画です。
余計なオーバーダビングはせずに4人が「せーの」で演奏しているアルバムを作ろう。原点回帰しよう!という志をもって始まったプロジェクト。
それが1969年の「Get Back Sessions」なんです。

せっかくだしライヴ本番だけじゃなくてリハーサルの映像も撮っておいて、ついでにドキュメンタリー番組も作っちゃえ。という話になって、
本番の3週間前からバンドに密着してずっとカメラが回っていたんです。

つまり、リハーサルや曲作りや打ち合わせの模様、あるいはメンバー間の
口論なんかも含めて、1ヶ月分の膨大な映像と音声の記録が残っているわけです。実は1970年に一度映画化されてはいるんですけど、そこで使いきれなかった大量のマテリアルが最新のデジタル技術でレストア・修復されて、
この度「Get Back」というタイトルで日の目を見たというわけなんです。

キーパーソン・録音技師「Glyn Johns」

で、当時この「Get Back Sessions」プロジェクトの録音技師として呼ばれたのが、Glyn Johnsという人物なんですけど、彼が非常に重要なキーパーソンです。
以前THE ROLLING STONESの録音中に警察官が入って来ちゃったエピソードをお話しましたけど、そのときにレコーディングを担当していた人です。
ブリティッシュロックのサウンドを作り上げた名エンジニアで、彼がプロデュースしたEaglesというアメリカのバンド。
アメリカンロックなのに何故かアメリカンロックに聴こえないのは、このGlyn Johnsのせいじゃないか?なんて話をこのコラムでしたこともありますけど、そんな彼がPaul McCartneyからの指名を受けてこのプロジェクトにエンジニアとして加わります。

動いたり喋ったりするGlyn Johnsの姿が見られるのもロックファン的には
大きな見どころだったりするんですけど、実はですね、かの有名な
The Beatlesの屋上ライヴ、ルーフトップコンサートを提案したのは外でもないGlyn Johnsなんです。
Ringo Starrに屋上に誘われて行ってみたらあまりに良い景色なので、ここでゲリラライヴをやったら面白いんじゃないか?と思いついた。という風にGlyn Johnsは自伝の中でも語っているんですが、そこに至るまでの細かい
経緯は是非映画を見ていただくとして、屋上ライヴというロック史に残るヒラメキを得た人物なんですね。

「Get Back」というタイトルでサンプル盤を制作

さらにですよ、Glyn Johnsは連日続くリハーサルでメンバーが楽しそうに
演奏してる様子が凄く良いなと思って、その録音テープをこっそり持ち帰って勝手にラフミックスして1枚のアルバムにまとめたサンプル盤を作るんですね。

それをメンバーに聞かせたところ、メンバーは最初は「いやいやこんなの世に出すもんじゃないでしょ」って否定的だったんですが、しばらくあとになって「やっぱりアレ良いかも、リリースしようよ」という話になり、
Glyn Johnsに改めてミックスを仕上げるよう頼むんです。

Glyn Johnsも張り切って仕上げます。「Get Back」というタイトルもついて
ジャケットまで撮影されるんですが、ちょうどその頃The Beatlesはまさに
解散騒動の真っ只中で、結局お蔵入りになってしまうんです。
おそらくメンバー間で意見が割れたんでしょうね。

そんな中で完成したのが「Let It Be」

その後、そのマスターテープがアメリカに送られて、アメリカの名プロデューサーのPhillip Spectorによって豪華なストリングスなどがオーバーダビングされて完成したのが、今我々が聴く事の出来る「Let It Be」というアルバムなんです。

Glyn Johnsは今に至るまでこのPhillip Spectorバージョンのアルバムのことはクソ味噌にけなして文句を言い続けているんですけど、Paul McCartneyもPhillip Spector版は全く気に入ってなくて、販売差し止めの訴訟を起こそうとしていたくらいです。Paul McCartneyが連れてきたGlyn Johnsに対し、
おそらくそれに対抗してJohn LennonがアメリカからPhillip Spectorを連れてきたのかな。そういうバンド内でのいざこざやパワーバランスにより2つのバージョンが出来上がってしまったということでしょうね。
いずれにせよ、Glyn Johnsがこの「Get Back Sessions」の一連のリハーサルを作品にしちゃえって思いつかなかったら「Let It Be」というアルバムは生まれていなかったかもしれません。

The Beatles解散の原因を示唆するシーンも

そんなロックバンドとしての原点に立ち戻ろうという目的で行われた
「Get Back Session」。結局この直後にThe Beatlesは解散するんですが、
今回のこの映画はあくまでもルーフトップコンサートに至るまでの「Get Back Session」のドキュメンタリーであるという立場を貫いていますので、解散の直接の原因には触れていません。

ただですね、実はビートルズの解散の直接の引き金を引いたと言われる男がいて「Allen Klein」という悪名高き辣腕マネージャーなんですが、
John Lennonがその男に心酔してゆく様子をカメラに収めているんです。
しかもAllen Kleinはその前にTHE ROLLING STONESと散々揉めてますので、彼の腹黒い本性を知っているGlyn JohnsがJohn Lennonに遠慮がちに忠告しているシーンなんかもあって、解散の原因をそれとなく示唆している非常に
スリリングな描写もあります。
ちなみにこのAllen Kleinという男、ビートルズを解散に追い込んだ男として知られていますが、実は彼が音楽業界にもたらしたのは必ずしも負の遺産だけではないという、彼の人生もまた一大叙事詩のようなストーリーなんですが…今日のところはこれにてお時間となってしまいました。

今日お聴きいただくのは、2003年にPaul McCartneyの強い意向によりリリースされた、Phillip Spectorがオーケストレーションを追加する前のバンドに
よる演奏だけで構成されたバージョンの「Let It Be Naked」から。
オーケストラのない「The Long and Winding Road」

youtube版では動画で同様の内容をご覧いただけます。
https://www.youtube.com/watch?v=93czDP9MaEo

金曜ボイスログは毎週金曜日8時30分~午後1時にて放送。
AM954/FM90.5/radikoから是非お聞きください。