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届かなかったオリンピック 〜 タイ女子代表チームが魅せてくれた、夢のストーリー 〜 #コラム #volleyball2 #vabotter #バレーボール #世界のバレーから


「海外は好きじゃない」

と頑なに言い張っていた友人が「タイまで応援に行く」と言い出したのは、昨年1月のことだった。

 日本人選手の応援ではない。タイ女子代表チームの応援のためだ。

 それからちょうど1年 ... 2020年1月12日、タイのナコンラチャシマで行われた、東京五輪のアジア大陸予選・女子決勝。

 キム・ヨンギョンが放ったスパイクがブロックを大きく弾き、ボールはコートサイドへ。この瞬間、韓国が東京五輪の出場権を手中に収めた。

 オリンピック出場というタイ女子代表の夢は、またしても叶わなかった。


 試合後、現地にいる友人から電話があった。

 ひとしきり泣いたのだろう。声にはいつもの元気さが、全くなかった。


 友人をこれほど熱狂させたタイ女子代表の魅力とは、一体どこにあったのだろうか。

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 タイ女子代表と言えば、日本のバレーボールファンにも馴染みの深いチーム。上の写真の左からプルームジット、ヌットサラ、ウィラワン、マリカ、オヌマー。タイを長年支えてきた彼女たちをご存知の方は多いだろう。

 世界のどこに行っても試合後にはもれなくファンの包囲網ができる、スーパースターたちだ。

 身長は高くない。ずば抜けた破壊力があるわけでもない。しかしタイ女子代表にはそれ以上に、私たちを惹きつけるものがある。


 真っ先に思いつくのは、セッターとアタッカーの絶妙な連携だ。まばたき厳禁、相手の意表をついたクイック。

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《タイの代名詞、ヌットサラとプルームジットの息のあったプレー》

 コートを縦横無尽に使った切れ味鋭いスパイク。アタッカーはセッターに全幅の信頼を寄せ、勢いよく助走に入ってくる。

 体格は小さくても希望を感じさせる、日本人好みのプレースタイルと言えるだろう。

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 そしてもう一つ。「微笑みの国」と呼ばれる所以だろうか、彼女たちは試合中のいつ何時も、笑顔を忘れない。どれだけリードされていても、試合に負けたとしても、バレーボールを楽しむ気持ちが伝わってくる。

 そんな姿に心を動かされた方も多いのではないだろうか。僕の周りにも、タイを応援するファンは非常に多い。

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 タイ女子代表は2000年代の半ばからメンバーを固め、強化を推進。2009年にはアジア選手権で初優勝を果たすなど、飛躍的な成長を遂げた。2010年代には、国際大会の常連としてさらに多くの大会に出場するようになった。

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《2019年12月の東南アジア競技大会では、10連覇という偉業を達成》

 しかしながら、オリンピックとの縁にだけは、いまだ恵まれていない。2012年のロンドン五輪、2016年のリオ五輪と続けて最終予選で敗退。いずれも出場権獲得まで「あと一歩」のところだった。

 なかでも、リオ五輪の最終予選で日本と繰り広げたフルセットの大激闘は記憶に新しい。最終セット「12-6」とリードしたものの、ここからあと3点が奪えず、敗退となった。

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 そして迎えた2020年。オリンピック初出場という悲願を何としても果たそうと、タイは自国のリーグ開幕を遅らせて代表の調整を続けた。

 あるタイ人女性は「タイはスポーツがあまり強い国ではありません。そんな中でも期待できるのが女子バレー。だから、国民が女子バレー代表にかける想いはとても強いんです」と話す。事実、アジア大陸予選の決勝・韓国戦には、タイ国王も観戦に訪れた。


 東京五輪への道が絶たれたこの試合の直後、会場では多くのファンが選手とともに涙を流し、悔しさをあらわにした。

 友人もその中の一人だった。「タイのバレーボールが好き」というだけの理由でタイ語の勉強を始め、航空券も取って、一人でタイまで応援にかけつけた。

 選手たちと同じくらい、タイのオリンピック出場にすべてをかけてきたのだ。

 試合後に選手が応じてくれた写真撮影。くしゃくしゃになった友人の泣き顔がカメラに収まった。

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《友人の許可を得て掲載》

 長きに渡ってタイ代表を支えてきたウィラワンとプルームジットは、出待ちエリアで泣きじゃくる友人に「大丈夫、大丈夫」と声をかけ、抱きしめたそうだ。

 写真の中でも、選手はやはり笑顔だった。


 友人がタイ代表を応援し始めたのは、10年ほど前。ここ数年でタイ代表への想いが一段と強くなり、気づけば「好きじゃない」と敬遠していた海外まで足を運んで応援するほどの熱狂的ファンになった。一人の日本人ファンをこれほど突き動かす魅力が、タイ女子代表にはあったのだ。

ありがとう。
あなたを応援できて私は幸せでした。
あなたの夢が叶ってほしかった。
それが私の夢でもあった。
本当にありがとう。

《ミドルブロッカーのプルームジットを特に応援していた友人が、自身のSNSに綴った言葉を抜粋》


 オリンピック出場はタイ代表の夢だ。そしてそれはタイ国民だけでなく、遠く離れた日本人ファンの夢でもある。

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 長い時間をかけ選手と世界中のファンが一緒に作ってきた、オリンピック出場に向けた夢のストーリー。残念ながら今回も、その夢が実現することはなかった。

 ベテラン選手たちは、これを最後に代表チームからは去ってしまうかもしれない。けれども、この夢の続きは次世代の代表選手が、きっといつか現実にしてくれることだろう。

 何より、私たちがタイ女子代表からもらった希望や感動、バレーボールを楽しむ精神・・・これらはオリンピックの輝きにも劣らない、最高の贈り物だった。

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photo by FIVB, Thailand Volleyball Association

文責:高住 翔
2003年にバレーボールを観戦し始め、これまで200近くの国際試合を会場で観戦。主にヨーロッパのバレーを中心に観戦しており、海外まで遠征することも。
『バレーボールマガジン』にて、コラム「海外女子バレーのすゝめ」を連載中。

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