見出し画像

まぐそばぁ おてだまぁ



「まんまんまぐそ♪まんまんまぐそ♪こうやって」
机に置いたお手玉を、皺くちゃな節くれだった手が放り投げる。
「こうやって、お手玉の練習すっよ、慣れたらほい、まんまんまぐそ♪」
ばあちゃんの手は軽やかに2個3個と足して、お手玉がひょいひょい宙を舞う。

「まぐそって何?」
「馬のクソだぁ」
「馬のうんち!?んふふふ」
目を大きく開いて、つるつるの小さな手で口を押さえたのに、堪えきれず笑い出した。

「お手玉はまぐそに似とりゃーす、こうぼてっとして」
「お手玉?!」
「今っこは馬ん糞なんぞ見たことにゃーか」
「馬見たことない」
「ばっちゃが若い頃は馬っこいっぱいおって、家でもおたら」

パすんころん、と小さい手がお手玉を落とした。

「これって…まぐそ入ってるんじゃないよね!」
「あずき、あずき、小豆を入れて縫うんだよぉ」
「よかったーでもあたし、あずききらい」
「ばっちゃは、あずきの煮たのどんぶり何杯でもたべからかすよ」
「たべからかす?」
「たべからかすにぁあ」
ばっちゃの小さい目がキラキラと子供の瞳を覗き込む。思わず2人は小さく笑った。

「知立(ちりゅう)のおばあちゃんが作ってくれたあんころもち食べたい」
さくらんぼみたいな唇から、ぽつりと呟いた本音は堪えきれなくて涙声になった。
「おばあちゃんのお餅食べたい、おばあちゃんに会いたい」
「そっかそっか」

ふしくれて、しわしわの手は抱きしめようかとためらって、泣く子の頭を撫でる。
「お母さんに、めちゃめちゃおこられたら、ばあちゃんに電話すんの。そーするとね、おじいちゃんと一緒に来てご飯食べたりお菓子くれたり、味方してくれるの」

「お手玉のばあちゃんは、ちょっと知立のばあちゃんに似てるよ」

「わらしも、お手玉ばあの孫に似てっよ」
「ばあの孫と友達になれるかな?」
「ばあの孫はもう大人だけんど、きっと友達になれっさ」

「ねえ、ばあ。なんでお婆ちゃんは死んじゃったの?」
「そったら難しい事はわかんねえけど、ゾンビになっても困るじゃろ?」
「ゾンビっているの?」
「いないから、みんな極楽やら地獄に行けるのよ
 ずーと赤ちゃんのまんまでも困るだら、どかっか行かねばずーと同じじゃにぁ」
「ふーん  そっか」

「まぐそやらねの?」
「馬のうんち以外になんか言い方ない?」
「ゴロがいいっしょ、筋がいいからきっとすぐ巧くなるだら」

ピピピ、とキュロットの中のケイタイが鳴る。
「お手玉ばあ、次いつ学校来る?」
「そうさなー暇だから、また明日掃除の時間にでも来よ」
「じゃあ探すね!塾行ってくる!」
「エライねえ、気をつけてなー」

お手玉をきちんと棚に仕舞うと、グレイのランドセルを背負って小学生は教室の扉をそっピシャんと閉めた。

「今度棟梁にでも餅ついてもらうっかねえ、あずきいっぱいこさえて」

お手玉ばあちゃんは、膝をさすり立ち上がる。地域再生プロジェクトやらなんたら知らんけど、学校で子供と遊べるのは楽しいと、顔写真入りの通行証がふわりと揺れた。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?