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備忘録 宮台真司「世界はそもそもどうなっているのか?(人類学の存在論的転回)」

「DOMMUNE RADIOPEDIA」27●「ドントルックアップ」「風の谷のナウシカ」「MONOS」世界はそもそもどうなっているのか?■宮台真司xダースレイダー(2022年1月6日)より抜粋。

※以下の文章は内の宮台真司による解説を備忘録として自己流にまとめたものです。文の体裁上、必要に応じて若干の加筆修正を加えてありますので、宮台真司の語りをそのまま書き起こしたものではありません。


【兆候に開かれるとは?】

人類学から始まる存在論的な転回が哲学に波及した流れというものがあるのだが、実際には同時期に映画でも同様のことが起きており、表現の界隈ではポップカルチャーからアカデミズムに至るまで、認識論から存在論へと大きくシフトしたのが1990年代半ば以降のことであった。

一番最初はダン・スペルベル(仏人類学者1942~)、そしてブルーノ・ラトゥール(仏哲学者1947~)のANT(アクターネットワーク理論)と呼ばれる枠組が知られるようになったのだが、多くの人々にとってはそれが存在論的転回だとは気づかれずにいた。その後、クァンタン・メイヤスー(仏哲学者1967~)の実在論が出ることで、やっと人々があれもこれも存在論なのだと気がつくようになったわけだが、日本でも一人この問題に直接コミットしているのが、郡司ペギオ幸夫である。

郡司ペギオ幸夫による『天然知能』(2019)あるいは『やってくる』(2020)という二冊の本がある。彼は80年代から数理生物学者を名乗り、非線形数学を用いて僕たちの世界体験を記述するという仕事を継続してきたが、すべて数式なので誰が読んでも解らなかった。そこで、ある編集者が郡司ペギオ幸夫氏の普段の言葉を用いて解りやすく書くよう促すことで上梓されたのが、この二冊である。

郡司ペギオ幸夫の語りはシンプルな構造で、まず「シニフィアン(signifiant)」と「シニフィエ(signifié)」という言葉を使う。シニフィアンとは、与えられるもの(given)、与見、在るもので、このシニフィアンにシニフィエ(イメージや概念)を充当、あるいは備給することによって僕たちは認識を完成させると普通は理解されている。しかし、郡司ペギオ幸夫は、ある種の型というか、奇妙な、彼自身の認識形式を持っており、それはシニフィアンに十分なシニフィエを充当、充てがうことができない。それゆえに、そこにさまざまなものが「やってきて」しまう。

このシニフィエを充当しきれないシニフィアンにいろいろなものが「やってくる」、つまりこれを「兆候」と呼ぶのだが、なぜそれを兆候あるいは兆候的と呼ぶのかと言えば、「やってくる」ものに対して兆候的だからである。シニフィエに対して兆候的なのではない。言い換えると、与えられたシニフィアンに対して充分なシニフィエが与えられない場合、何が「やってくる」のか判らない。これを「未規定性」とも言い(宮台)、この未規定なものが「やってくる」ためには、シニフィエを一回停止して、ラカン的に言うところの、シニフィエなきシニフィアンに開かれることが大切だ、と郡司ペギオ幸夫氏は事実上言っているのである。

ラカンの図式に従えば、人間はもともと動物であり、意味のない行動、基本的にアフォーダンスだけで行動する。物や身体にアフォードされ、気がついたら行動しているのであり、そこに認識という契機はなく、反省の対象などにもならない、強いて言えば反射に近い自動性である。ラカンによれば動物である人間はもともとシニフィアン優位なのだが、そこにシニフィエを充当しなければ不安になるよう躾(しつけ)られた状態にある。

晩年のラカンが人類学に関心を寄せるのは、かつての人類は決してそのようではなく、むしろより兆候的なあり方、シニフィアン優位のあり方で、そこに意味を充当しない営みに堪えていたと考えられるからで、これは一般にバタイユ的伝統、呪われた部分とも呼ばれるもので、言葉の瘡蓋(カサブタ)からはみ出た部分こそがむしろ主体であるとする発想であり、もともと100年以上に及ぶ流れを背景としている。

(※存在論、すなわち「世界はそもそもどうなっているのか?」という問いをめぐる議論の対立概念は認識論と呼ばれるもので、人間に認識がどうして与えられるのかという議論である。この場合、認識の対象が存在するかどうかは基本問われることはない。)


【人類学の大きな流れ】

人類学は帝国主義の歴史と重なっている。近代国家が19世紀の半ばにできて、その後すぐに帝国主義的領土争いに入る。この時期、今まで見たことのないものをヨーロッパは目にする。新大陸のいろいろな報告を受け、「ふーむ、これはこういうことだな…」とフレイザー(1854~1941)の『金枝編』に代表される座椅子(肘掛椅子)人類学が流行る。これは単にエキゾチズムで、ヨーロッパあるいは近代人から見たらそう見えたことが書いてあるだけ。これではダメだろうと出てきたのが、機能主義人類学であり、実はこれが社会学のルーツとなっている。

機能主義人類学は主に戦閑期に活躍したマリノフスキー(1884~1942)が有名だが、それ以前から、未開部族による無知蒙昧な風習と見えるものの中に非常にリジットな「機能」があると考える機能主義人類学が始まっていた。それまで座椅子人類学者たちからは、法律や判事、弁護士も検事もいない未開社会にはそもそも法がないと考えられてきたのだが、マリノフスキーによる『未開社会の法と習俗』(1926)では、それは思い込みに過ぎないとされ、呪われたら死ぬとか、批判されたら自殺するとか、あるいはストリートで皆で集まって言い争って帰趨が判ったら三々五々に散っていくとか、これらはすべて「機能」において法であるとしたのがマリノフスキーで、なぜかと言えば公的な紛争処理をしているからで、公的な紛争処理の機能を果たすという意味では、近代の法も未開の習わしもすべて同じであるとしたのが機能主義人類学だったのである。

その後、レヴィ・ストロース(1908~2009)が出てきて機能主義に不満を唱える。未開社会のさまざまな営みを近代社会の「機能」だけで説明して、すべてを覆えるとはとても思えないとして、アンドレ・ベイユ(1906~1998)という数学者の協力を得て『親族の基本構造』(1949)を戦後間もなく発表する。ここでレヴィ・ストロースは、未開社会の婚姻のルールがたくさんあるのは、文化だから多様で恣意的なのではなく、群論という数学理論を使うことで、すべて同一のヴァリエーションとして記述できることを明らかにした。しかし、なぜそのような普遍的な構造があるのかは解らない。近代の我々には解読不可能な端的な与件として、未開社会の親族ルールにおける群論的構造がある。説明はできないが端的(普遍的)な構造があるという枠組み、これは相当なジャンプで、この後「構造主義」が流行ることになる。

次に存在論的転回を受けて登場したエドワルド・ヴィベイロス・デ・カストロ(1951~)は、レヴィ・ストロースの構造主義人類学を思考の出発点としている。フィールドワークも山のように行い、ブラジル政府のエージェントとして先住民に対し、政府が支援する彼らの権利について説明して回った。このことは後のデ・カストロに大きな疵を残す。

デ・カストロは、レヴィ・ストロースによる神話素の研究を非常に高く評価する。未開社会には近代社会の言語体系に回収できない何かがあると明言したのは素晴らしい。しかし、デ・カストロには不満もあった。それは(未開の)先住民たちから何がどう見えていたのかまでは論じられていないことであった。未開社会の習俗の中から抽象的な構造を抽り出して明らかにしたところで、そのことを当の未開の人々は理解していない。その構造について知らない。だから、デ・カストロは未開の先住民、原住民たちが何を知っているかに興味を集中することで、構造主義人類学からアニミズム人類学へと転回した。

アニミズムとは万物に魂が宿ることという理解が宣教師たちの影響を受けて説明されてきたが、それはぜんぜん違うとデ・カストロは言う。万物には「視る力」がある。もちろん人間も視るが、イヌもシカもクマも視る。花も木も草も、山も空も川も雲も視るのだ。それがアニミズムの基本である。また、デ・カストロの有名な言葉「ヒトはイヌを視ればイヌになる」があり、ヒトはイヌを視るとイヌに、シカを視るとシカになる。意味ではない。なろうと意識してなるのではなく、アフォードされて自動的になるのだ。逆にイヌがヒトを視てもそうなる、と、人からはそう見えることが重要なポイントで、彼が『食人の形而上学』や『現代思想』に発表した幾つかの論文で述べている通り、近代人や文明人が使用している言語体系やその言語に支えられた生活の仕方は非常に異常なものであり、これこそが「内外反転」なのである(宮台)。オリオンタリズムやエキゾチシズムではない。我々こそが異常であり、正常なのはアニミスティックなライフの方である。なぜかといえば、我々は何万年も、場合によってはそれ以上それで生きてきているからだ。

人間だけが見て思考して意味を考えるとする生き方はごく最近の、イヴァン・イリイチ(1926~2002)的に言えば、持続可能性が担保されていない生き方である。イヴァン・イリイチがそれを言ったのは80年代であるが、いまやまさに彼の予言通りになっているではないか。

ヴィベイロス・デ・カストロは近代人が異常であることを示すために未開人の情報処理のあり方を使った。これが非常に「存在論的」な構えなのである。なぜなら意味をあてがわないから。そこにあるのはリフレクシス、反射的でオートマティックな振る舞いだけで、あるいは身体性といってもいい。我々は近代人である分、身体性が喪われ、言葉の自動機械となっている。言葉の自動機械の主体はラカンの言うように人間ではなく、社会である。

人間は多様に見えて人格は非常に単純な部品のモジュール状の組み合わせであり、特に近代において人間は予測可能な、すべてが登録されたパターンとなっている。なぜヴィベイロス・デ・カストロが内外反転をして近代人の異常さを明示したくなったのかその気持ちがわかる。我々がおそらくアニミスティックな発想を、あるいはコスモロジカルな発想(イヴァン・イリッチ)をしていれば、自然が大切だから自然を守るのではなく、自動的に自然が守られる、密林が守られる。自然が大切だなどと考える必要もない。だが、いまや我々はsDGSであるか否かを言葉で批判し合わなければ社会の動きを止められなくなっているのだ。これを情けないとするのが、イヴァン・イリッチ以降、ヴィベイロス・デ・カストロに繋がる人文科学の発想なのである。

我々がシニフィアンにシニフィエを充当させて(文化的に)世界を眺める。その文化のあり方は、言葉の使い方によっていろいろあり、これを文化相対主義とか多文化主義とも言われるのだが、ヴィベイロス・デ・カストロにとっては最悪の堕落、頽落した発想なのである。このような発想は映画でも描かれており、つまり、感覚主導であり、近代社会を生きていくことに違和感があるのである。

「反戦」か「主戦」かの議論などくだらない。なぜなら国を前提にしているからだ。『ブルシット・ジョブ(2018)』を書いた、やはり人類学出身のデビッド・グレーバー(1961~2020)は、皆はなんで見えないもののために戦うのか?見えないものについて喋り、見えないもののために働くのか?と問うている。
かくして90年代半ばに始まった人類学の存在論的転回は、基本は、「兆候」に開かれる、あるいはシニフィエなきシニフィアンに開かれる、ということであり、これは初期ギリシャ的発想でもあり、ニーチェ、ハイデガー的でもあり、ドゥルーズ、ガタリ的でもある。そういう流れなのである。

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