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中田考『イスラームのロジック』より中田氏本人による抜粋



UAEとイスラエルの和平など何の意味もない。元々アラブとイスラエルの対立などただの 目眩しにすぎない。既に20年前拙著『イスラームのロジック』(2001年)で以下のように書いている→ 
「内なる植民地支配」の時代、イスラーム世界に最後に残された露骨な外国支配の植民地、それがイスラエルである。

「ユダヤ人とアラブ人」の対立の構図は問題の本質を隠蔽するヴェールである。パレスチナの地を占領しイスラエルを建国したのはポーランド人、ロシア人、ドイツ人・・・、つまりヨーロッパ諸国民であり、イスラエルとはヨーロッパ人がパレスチナに作った植民地、ヨーロッパの最後の橋頭堡であった。

近代「国民国家」とは、国民の殉死、献身を求める「偶像神」であることは既に見た。ヨーロッパにおいて、「ユダヤ人」とは、この国家という「偶像神」に全面的忠誠を捧げない「非国民」として、「ユダヤ人」の名をつけられ、それぞれの祖国から排除された存在であった。

ユダヤ人とは、西欧「民族主義」の矛盾であり、西欧の生み出した闇である。既述のように西欧に生じた内部矛盾、闇を西欧の外に外部化し、「非-西欧」に押し付けるのが「現代」であり、イスラエルとは、イスラーム世界に押し付けられた西欧の内部矛盾なのである。

イスラエル/パレスチナ研究者臼杵陽は、イスラエルの建国理念シオニズムの創始者テオドール・ヘルツル(1860/1904)の思想の分析から、イスラエル建国の本質を析出して述べる。

・・・ヘルツルにとって解決しなければならない緊急課題は、ロシア帝国領から流れ込んできた大量の東方ユダヤ人(OstJuden)の「同胞」の処遇であった。東方ユダヤ人たちは伝統的なユダヤ教信仰(神秘主義的なハシディームであれ、トーラーに固執するミトナゲディームであれ)にしがみついているため無知蒙昧ノ状態から脱出できない「アジア」的な存在としてヘルツルの眼には映った。

ドイツ的同化ユダヤ人であるヘルツルにとって「ユダヤ人国家」は、同化ユダヤ人と東方ユダヤ人を同一視する反セム主義に対するラディカルな解決案(東方ユダヤ人の国際ゲットー化!)であり、その青写真は同化ユダヤ人の安定した地位を脅かしかねない「同胞」の東方ユダヤ人難民に対する処方箋というきわめて実際的な関心に支えられていた。…」(臼杵陽『見えざるユダヤ人』平凡社選書、45頁-46頁)-中略-

一方で、祖国の出自を隠蔽し「ユダヤ」の名を冠した植民者たちによって、アラブのパレスナの地に「イスラエル」が樹立されたことにより、イラク、モロッコ、イエメン、エジプト等のアラブ諸国では、先祖代々その地に住み着いていた数十万人にものぼる数のアラブ/ユダヤ人(ユダヤ教徒)たちが(イスラーム世界にはそれ以前にはただ宗教帰属としての「ユダヤ教徒」のみが存在した)、アラブ人同胞の憎悪をかい、祖国を追われ、イスラエルに移住を強いられることになった。

こうしたアラブ/ユダヤ人(ユダヤ教徒)の中には、PLO(パレスチナ解放戦線)幹部イラン・レヴィのようにイスラーム教徒やキリスト教徒のアラブ人と共にパレスチナ解放運動に身を投じた者さえいる。

こうした数十万人の「アラブ/ユダヤ人(ユダヤ教徒)」たちの存在そのものが、「アラブ人vsユダヤ人」の対立の構図で中東紛争を考えることの過ちを、何よりも雄弁に証ししているのである。
一方で、イスラエルは、イスラーム世界の「内なる植民地支配」を「真相」を隠蔽し、イスラーム世界の「敵」を演じる役目を負わされて、イスラーム世界の中心部に打ち込まれた楔であった。

-中略‐ たかだか人口約500万人、面積約2万平方キロほどのイスラエルという植民地国家自体は問題とするには足らない。真の問題はイスラエルが存在することによって、この「他者」、「異物」、「外敵」イスラエル及びその背後にある欧米に、内政、外政の全ての問題の責任を転嫁し、「客観的」な自己認識、真摯な自己批判を封殺する現在のイスラーム世界の認識構造である。-中略-こうした自己認識がイスラーム世界に生まれることを妨げるために、イスラエルは存在し続けなければない。-中略-イスラーム世界における独立国家の誕生は、イスラームの世界観に対立する国民国家システムの導入、植民地支配の内面化でしかなかった。しかしイスラーム世界の中心部におけるイスラエルというヨーロッパの植民地、あからさまな「異物」の存在は、「内なる植民地化」の現実をかすませ、目を逸らさせる機能を果たす。

イスラームの世界観に対立する「近代国民国家」である、という点において、イスラエルと他の近隣諸国には何らの相違も存在しない。国法がイスラーム法ではなく世俗法、「人定法」である、という点で、イスラーム世界の国々もイスラエルと変わるところはない。

また婚姻法、離婚法等の家族法の一部の領域のみではオスマン朝で成文化されたイスラーム法の規定が実定法に取り込まれて準用されている、という点でも、イスラエルもまたオスマン朝のイスラーム家族法を継受しており、他の国々と変わるところはない。

イスラーム世界の「内なる植民地支配」の事実を隠蔽するために欧米がイスラエルを必要とする一方で、イスラーム世界の抱える構造的矛盾、文化、社会、経済、政治、山積する問題矛盾から目を逸らさせるためにイスラーム世界の支配階級もイスラエルの存在を必要とする。

この欧米とイスラーム世界の支配階級の間の密かな共犯関係の存在こそ、中東問題を解決の糸口の見えない難問たらしめている真の原因なのである。(『イスラームのロジック』からの引用終り」




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