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歴史を学ぶ目的

家を建てるならさ、芝生の庭を欲しくない?
「うわぁ、隣の芝は青いなぁ」と思わせるほどの広くて整った青々とした芝生がさ、自分の家にあったらどう? なんか嬉しくない?

芝生欲しいと思ったそこのあなた!
ちょっと芝生の歴史を知って欲しい。

芝生の歴史

(「ホモ・デウス」 第1章 芝生の小史より)

芝生が登場する前は、狩猟採集民の住処であった洞窟の前や、ローマ宮殿の周辺や、神殿の庭に芝を栽培することなんてありませんでした。そもそも大衆は、自分や国の食料のために、穀物の栽培や家畜の飼育で、芝なんて植える余裕はありませんでした。

中世後期、フランスのとある王が「宮殿の前に青々とした芝を植えよ」と指示を出し、広大な芝生が誕生することになりました。芝生は、食料にもならず、その上で家畜を飼うこともできず、それどころか芝刈りや雑草抜き、水やりなど維持コストがかかりました。芝生は、富に余裕がある人しか持てず、物理的な権威の証明となりました。こうして、芝生は貴族の間で広まっていくことになります。

しかし近代に入り、王や貴族がギロチンに処され王政が終わっても、議事堂や裁判所、大統領邸宅などの公共建築に芝生が植えられました。芝生は、権力や地位と同一視されるようになっていたのです。
そして、銀行家や経営者など力ある個人宅にも芝生は拡大していきました。

産業革命後、芝刈り機や自動スプリンクラーが登場し芝生維持コストはグッと下がり、アメリカの郊外から中産階級にも広まり、家を持つ人の必需品となっていったのです。

以上が芝生の歴史でした。いかがでしょう?
歴史を見てもまだ芝生が欲しいというならそれもまた自由です。

ここで言いたいのは、芝生に限らず、歴史を知ることは過去から自らを解放することになる、ということです。過去から解放することで、呪いが解けたがごとく、未来へ新しい選択ができるようになるわけです。

方向性がない

将来の子供たちにはSTEM教育が重要になるという声が大きくなっています。STEMはScience(科学), Technology(技術), Engineering(工学), Mathematics(数学)の頭文字です。

確かに今後の伸び代を考えるとSTEMを優先して学ばせたいよね。
しかし、STEMには方向性がない。サピエンス全史の著者ユヴァル曰く、

どんな科学を発展させるべきか、科学的根拠はない。

から。

なので、STEM教育の前に方向性の選択が必要ですよね。
だからこそ、歴史を学ぶ必要があるってことです。

かといって現状の日本教育の「日本史」「世界史」は歴史を学ぶ目的の逆を言っている。その目的は「国家の正当化」だ。んなもん、学ぶ必要はない。
逆に呪いになる。すでに歴史という言葉の語弊の原因になっているし。

何のカテゴリでSTEM教育を活かすにしろ、そのカテゴリの歴史を学び、過去から解放された新たな方向性を決めるべきではないでしょうか?

まとめ

以上、歴史を学ぶ目的についてでした。

みなさんは発展させたいジャンルはお持ちですか?
それならば、発展の方向をチューニングするためにその歴史を調べてくれることを願ってやみません。

歴史を知り、思い込みを壊すこと。そして新しい選択をすること。
これを勧めることがバーチャルイノベーターとしての任務だったりします。
あなたも思い込みを外し、誰かの思い込みを外してくれたら幸いです。

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