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国内初のデジタル環境債の次はデジタル証券市場創設! 日本取引所グループが描く未来(コラム)

2022年6月、株式会社日本取引所グループは株式会社日立製作所、野村證券株式会社、株式会社BOOSTRYと協業し、ブロックチェーン技術を用いた国内初となる公募ホールセール向けのグリーン・デジタル・トラック・ボンド(デジタル環境債)を発行しました。セキュリティ・トークンを通じて日本取引所グループはどんな未来を思い描いているのか、グリーン・デジタル・トラック・ボンドの発行に関わった日本取引所グループのJPX総研・フロンティア戦略部長の山藤(さんとう)敦史さんに話を聞きました。

まず自分たちが発行体となり、不安を払拭する

――このグリーン・デジタル・トラック・ボンドは第1回無担保社債(社債間限定同順位特約及び譲渡制限付)という位置づけで、年限1年、利率年0.050%などと定められ、第一生命保険株式会社が発行額全額にあたる5億円を投資し、すでに2023年6月3日に償還を終えています。今回、日本取引所グループが発行体になった経緯を教えてください。

山藤:2020年5月1日に施行された改正金融商品取引法により、セキュリティ・トークンに対して法令に準拠した取扱いが可能になったわけですが、実際に発行しようとすると、日本においては時間がかかる取り組みになることが容易に想像できました。だったら我々自身が発行体となって事例を作れば、各社の皆さまに安心感が広がるのではないか、何か不安があるなら我々が払拭しよう、という目的意識を持って発行体になることを考えました。

グリーン・デジタル・トラック・ボンドのスキームイメージ(出典:株式会社日本取引所グループ)

――Web3領域全般に言えることですが、ブロックチェーン技術が広く一般化することで、例えば従来型の株式や債券、投資信託などの取引が減ってしまうという危機意識を抱く人も社内にはいたのではないでしょうか。

山藤:我々の既存事業に対する脅威になるのではないのか、という議論はもちろんありました。ブロックチェーン技術を用いた新しいサービスは既存事業に取って代わるものではなく、客層や商品に合わせて選択の幅が広がるものだと伝えていくことが大事だと思います。私自身はこれまで、営業組織の立ち上げやFinTech(フィンテック)など新しいことにチャレンジする役割を担い、ブロックチェーン技術についても2016年あたりから知識を深め、社内外に情報発信をしてきました。我々自身が実際に技術検証をすることの意義を社員に丁寧に説明し、何ができるかを社員と一緒に考えていく中で、少しずつブロックチェーン技術の理解が広がっていったように感じています。

エコシステムのスケールには機関投資家向けも必要

――実証実験としてグリーン・デジタル・トラック・ボンドを設定した狙いはなんでしたか。

山藤:セキュリティ・トークンを使ってどんなことができるか、野村證券やBOOSTRYと議論し始めたのが2021年春ごろです。ただ単に債券をデジタル化するのではなく、デジタルであることの良さができるものにしようと考え、デジタルと親和性が高い環境債の領域で商品設計をする案に固まりました。

――環境債のデジタル活用とは具体的にどんなことでしょうか。

山藤:グリーン性のあるプロジェクト(環境問題の解決に向けた取り組み)を裏付け資産として資金調達を行う場合、CO2削減量などのグリーン性指標をどう可視化し、どう投資家に届けるかという問題が指摘されてきました。そこはデジタルを活かせるポイントです。グリーン性指標を計測できるシステムについていくつかの企業に打診し、日立と協業することが決まり、4社の協業体制が定まりました。我々は調達した資金をバイオマス発電設備と太陽光発電設備(2カ所)に充当し、加えて各設備のグリーン性指標をタイムリーに可視化するウェブサイト「グリーン・トラッキング・ハブ」を開発しました。グリーン・トラッキング・ハブは誰でも閲覧でき、直近24時間の発電量とCO2削減量が一目で分かるようになっています。デジタル計測をすることで圧倒的な透明性を確保でき、投資家も自分が投資したものがどういう結果を及ぼしているのかを瞬時に理解できるというメリットがあります。

各社の役割分担(※1 日立が開発したプラットフォーム。IoTやブロックチェーンを活用して、投資先プロジェクトの設備の稼働データを安全に収集し、モニタリング/レポート作成までを自動化するもの。※2 ブロックチェーンに関する助言等を通じて、デジタル債の発行支援を行う者。※3 グリーンボンドのフレームワークの策定及び外部評価取得に関する助言等を通じて、グリーンボンドの発行支援を行う者。出典:株式会社日本取引所グループ)

――セキュリティ・トークンとしては投資商品を小口化できるというメリットがあり、その意味では個人投資家を含めた幅広い投資家を対象にできるわけですが、あえてホールセール向けにこだわった理由はなんでしょうか。

山藤:例えば不動産に対して、セキュリティ・トークンを用いて小口化して発行する事例は複数あり、その多くを個人投資家が購入している状況だと理解しています。ただし、エコシステムとして本当にスケールできるかを考えると、やはり機関投資家が入って大口発行や大口ロットで資金調達ができる世界観が併存していないと、持続可能な市場にはならないように感じています。つまり、小口で個人投資家向けの発行ができるだけでなく、機関投資家向けの発行もできるようなエコシステムにならないと、市場が縮小してしまう恐れがあるということです。後者の事例がまだないなら、我々がリスクも取りながら事例を作っていこうという強い思いで進めてきました。

他社を巻き込みながら、デジタル証券市場の創設を

――今回、全発行分を第一生命保険が購入したわけですが、購入後、第一生命保険からはどんな声が届きましたか。

山藤:いつでもグリーン性指標を閲覧できることへの満足度が高いという声をいただいています。課題を挙げるのであれば、今回の第1回無担保社債分しかグリーン性指標のトラッキングができないことです。我々だけではなく他社を巻き込みながらになりますが、第2回、第3回と増やしながら、トラッキングができるシステムを普及させていくことは努力できるところだと思っています。

茨城県坂東市内に設置した発電設備は農地における営農と発電を両立する営農型太陽光発電設備です(写真提供:株式会社日本取引所グループ)

――日本取引所グループとしてはこの発行は実証実験という意味合いが強かったと思いますが、償還まで終わった今、セキュリティ・トークンの普及やエコシステムの拡大に向けて、どんな課題があると感じていますか。

山藤:投資家が安心して投資ができる環境整備として税制改正が必要ですし、二次流通市場の整備も急がれるところだと思います。今回、商品的な難しさも相まって野村證券が単独で引き受けましたが、複数の証券会社が引き受けて売買時の価格提示が複数出るようになるとより魅力が増すでしょう。日本取引所グループは「中期経営計画2024」の中で、2024年度末までにデジタル証券市場を創設し、新商品の取扱いを開始するという目標を掲げています。今回は同計画における打ち手の一つであり、今のところ順調にステップが踏めていると思います。しかしここで終わっては意味がなく、案件が2号、3号と続いていくことが市場のスケールにつながっていくと思っています。我々自身が2号、3号の案件を発行することは今のところ考えていません。他社からは我々の1号について様々な問い合わせを受けており、その中から2号となる案件が出てきてほしいと願っています。エコシステムのスケールは、我々以外の他社にどこまで賛同いただけるかという点が重要です。

――金融業界全般に関わる質問になりますが、これからの5年、10年でセキュリティ・トークンの発行事例が増えていく中で、日本国内における投資の形もどんどん変化していくと思われます。日本における証券取引所の運営を担ってきた日本取引所グループとしては、金融業界の未来をどう思い描いていますか。

山藤:金融業界そのものの話をすると、他業界のサービスに比べて金融市場や金融商品などはデジタル化がまだ十分に進んでおらず、ユーザー体験ももっと心地の良いものにできると思っています。いろいろな側面を見て変えていかないと市場が縮小していくという危機意識を常に感じています。お金が欲しい人とお金を出してもいいという人をつなぐことで、金融市場のエコシステムができています。ブロックチェーン技術を含めたデジタル技術を用いることで、その両者間のフリクションを取り除くことをみんなでやっていかないといけません。どうすれば業界の人たちが手を組めるのかが重要なポイントだと思っており、そこに我々は挑戦していきたいと考えています。


取材協力:株式会社日本取引所グループ

東京証券取引所グループと大阪証券取引所が2013年1月に経営統合して誕生しました。市場利用者の皆さまがいつでも安心して有価証券の取引ができるよう、子会社・関連会社を含めたグループ全体で、取引所金融商品市場の開設・運営に係る事業を行っています。グループ一丸となり、有価証券等の上場、売買、清算・決済から情報配信に至るまで総合的なサービス提供を行うことで、市場利用者の方々にとって、より安全で利便性の高い取引の場を提供できるよう努めています。

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