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古本市場に新しい風を! 早川書房が新書からNFT電子書籍を始めたわけ(コラム)

株式会社早川書房は2023年6月、新レーベル(新ブランド)「ハヤカワ新書」を創刊しました。同社の新書は2010年に終了した「ハヤカワ新書juice」以来、13年ぶりとなります。注目を集めたのが、メディアドゥとの協業で世界初という「NFT電子書籍」付きとして展開することでした。老舗出版社がなぜ今、NFT電子書籍を始めたのか。早川書房の事業本部本部長・山口晶さんとハヤカワ新書編集長の一ノ瀬翔太さんに、ハヤカワ新書に寄せる思いを聞きました。


「未知への扉をひらく」がコンセプト

――ハヤカワ新書の構想はいつから始まったのでしょうか。

一ノ瀬:2021年の8月頃に早川浩社長から「新書をやってみないか」と声をかけられたのが始まりです。私と幹部数名で検討会を何度か開き、同年11月に経営会議で承認されました。「ノンフィクション分野でも国内の著者の作品をもっと増やしたい」という課題が以前あったこともあり、私を含めるノンフィクションの編集部で新しいレーベルを立ち上げることが決まりました。

――今回、新書の新レーベルを立ち上げるにあたり、ターゲット層をどこに定めましたか。

一ノ瀬:新書自体は50~70代の男性がボリュームゾーンなので、そこを完全に外してしまうと厳しいと思っています。とは言えそこだけを狙ってしまうと、新しく立ち上げる意味は薄れてしまいます。新書は2000年代にブームが起き、その時の読者が今も読んでくださっているという印象です。もう一度、新書を広い世代に届けたいですし、もう少し若い層や女性もターゲットにしたいと考えています。創刊時に滝沢カレンさんの『馴染み知らずの物語』や石井光太さんの『教育虐待──子供を壊す「教育熱心」な親たち』をそろえたのも、そうした思いからでした。ハヤカワ新書は「未知への扉をひらく」をコンセプトに掲げ、創刊の6月は5冊、7月は4冊、8月は3冊、以降は隔月刊で3冊ずつという計画でラインナップを充実させていきます。

書籍の二次流通で「ゲームチェンジャーになれる可能性も」

――紙の書籍の特典として画像や動画などをNFTにして付けるというのはすでに出版業界で例がありますが、NFT電子書籍付きを発売するのは世界初の取り組みだと言っています。そもそもなぜ、NFT電子書籍付きにしたのでしょか。

山口:紙の書籍と電子書籍をセットで販売できたら、家ではゆっくり紙の書籍を読み、通勤の電車内では電子書籍でサッと読むことができるな、という考えは前からありました。電子書籍ですでに取引があったメディアドゥがNFTマーケットプレイス「FanTop(ファントップ)」を開発し、NFT電子書籍が可能になったことで具体的な案として検討できるようになりました。どこにでも持ち運べてスキマ時間にワントピックを読むという意味で、新書は電子書籍と相性がいい傾向があります。その意味で新書は特に、紙も電子書籍も両方欲しいというニーズがあるのではと考え、ハヤカワ新書からNFT電子書籍を始めることにしました。

――構想としてはまず、電子書籍を紙の書籍と一緒に売るということが先にあり、その手段としてNFTを選んだということですね。NFTには二次流通ができるという特長がありますが、二次流通に関してはどのように考えていますか。

山口:所有できて譲渡ができるという二次流通を最初はそこまで意識していませんでしたが、NFTについて学ぶにつれて、「もしかしたらゲームチェンジャーになれる可能性もあるな」と思うようになりました。そもそも紙の本は古本屋にて二束三文でやり取りされ、売買が成立しても著者や出版社には何も入りません。NFTだと、ブロックチェーン上でスマートコントラクトを使うことで、二次流通した際に著者や出版社にもお金が入るような仕組みにできます。新しい市場を作ることにつながりますが、弊社1社でやってもあまり意味がないと思っています。ハヤカワ新書の創刊発表会にはメディアだけではなく出版社にも出席いただき、実際、興味を持ってくださった出版社もありました。市場に魅力がないとユーザーは集まらず、二次流通も起こりづらいです。競合他社というよりは、出版社同士、一緒に市場を作ることができたらと考えています。

――例えば、NFTアートだと投機的な取引も起きていますが、NFTを取引するにあたり、特に工夫した点はありますか。

山口:我々としては身近なサービスを目指して始めたものなので、希少性を高めて値段を上げるような投機的な取引にはならないようにしたいと考えています。例えば、非投機的なルールを契約としてユーザーに課すなどは、市場を育てるために必要なことではないでしょうか。まずはNFT電子書籍付きの書籍の発行をその書籍全体の10%に限定し、FanTopでどのように二次流通がされているのか様子を見ています。NFT電子書籍付き版は通常の紙版に+400円という価格設定にしています。FanTopを見るとすでに10万円以上で出品されたNFT電子書籍もありますが、どこに価値を感じて出品されたのか、ユーザーの動向や心理をしっかり見定めなければいけないなと感じています。

作り手の顔が見えるレーベルで、書籍を拡張した取り組みを

――創刊までの間、どんな課題がありましたか。

一ノ瀬:課題は色々ありました。まずは新しいレーベルを立ち上げるにあたってのマンパワー不足です。ラインアップをそろえるために中途採用で人を増やし、フリー編集者の力も借りながら、企画案を出し合って議論をしていきました。また私自身、NFTについてはニュースで見聞きするだけでした。どういう仕組みで何ができるのか、メディアドゥと話し合いを重ね、社員も社内セミナーなどを通じて少しずつ理解できるようになっていったと感じています。

――NFT電子書籍の取り組みを聞いた際、紙離れが進む日本において、出版社が新しい戦略に乗り出したように感じたのですが、改めて、老舗の出版社がNFTに取り組む意義をどう考えていますか。

一ノ瀬:紙のメディアだけではなく、SNSや動画メディアも多くの人にとって身近なものになり、読者の情報の取り方やメディア環境の変化を肌で感じるようになりました。TwitterなどのSNSでの情報発信や、noteに担当編集者インタビューを掲載するなどの取り組みにも力を入れ、ハヤカワ新書を作り手の顔が見えるレーベルにしていこうとしています。NFT電子書籍もまた、新しい読者体験として、紙とデジタルを融合させることでより付加価値のあるサービスにしていけるのではと考えています。

山口:やはり新しいことをやり続けないと駄目だと思っています。私たちはSFの出版社でもありますし、ハヤカワ新書の「未知への扉をひらく」というコンセプトの通り、これまでにはないものを追い求め、新しい技術を取り入れながら始めようと考えました。その方が面白いでしょうし、早川書房らしくもあるだろうなと思っています。

――さきほど、新書だと電子書籍のニーズが高くてNFT電子書籍とも相性が良さそう、というお話がありましたが、既存のレーベルをNFT電子書籍付きにするという構想はあるのでしょうか。

山口:社内からは、SFやミステリーなどを扱っているレーベルでもNFT電子書籍付き版を作りたいという声がありました。書籍だけではなく映像を見ないと完結しない物語など、その書籍を拡張して展開できたら楽しそうですよね。今一番やってみたいのは、映画と原作の書籍をセットにした取り組みです。NFTとして書籍に関係したイベントのチケットや、弊社1階の喫茶室「サロンクリスティ」の割引券、映像や音楽など様々なコンテンツを付けられます。ここは出版社のアイデア勝負だと思います。


取材協力:株式会社早川書房

1945年の創業以来、出版事業を通じて、選りすぐりの海外文学、海外文化を日本に、また優れた日本文学、日本文化を世界に紹介することを企業使命とし、SF、ミステリをはじめとした国内外フィクション、ノンフィクション、演劇書等、多種多様な出版を行っています。紙の書籍に留まらず電子書籍やオーディオブック、海外への版権販売、グッズ製作などコンテンツの多面展開をしています。『ザリガニの鳴くところ』『同志少女よ、敵を撃て』で2021年から本屋大賞2年連続受賞。2023年6月には新書レーベル「ハヤカワ新書」を立ち上げ、NFT電子書籍も展開しています。

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