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馬毛島基地問題から見える「国家の暴力」

2023年1月、(鹿児島県西之表市)の自衛隊基地建設が着工された。「自衛隊基地」と言うものの、実際は硫黄島(東京都)から移転される米軍空母艦載機の離着陸訓練(FCLP)を主眼とし、護衛艦の「空母化」に備えた自衛隊機の訓練などが計画されている。
環境調査なども含む建設工事費は、2022〜2023年度だけで8392億円。入札を経ないまま随意契約した係留施設、仮設桟橋、滑走路の工事費は当初予定の1680億円から倍増し、3500億円を上回ったという地元紙の報道もあり、今後も膨らみ続けることが示唆されている。
馬毛島は、西之表市の行政区で、種子島から10キロ東にある。現在は「危険」という理由から、馬毛島の中には入れない。「新聞記者が漁船で上陸したら、防衛省の職員がついてきた」という話もある。
その馬毛島の対岸で大きな影響を受ける西之表市。市議会議員をつとめる長野ひろみさんに種子島内を案内してもらった。
種子島といえば、「鉄砲伝来」やJAXAの宇宙センターが有名だ。そこに、馬毛島自衛隊基地という大きな問題が加わった。しかし本来は「鉄砲」「宇宙」「自衛隊」といった“大きな物語”ではない、種子島の人々のささやかな暮らしがある。

●基地問題と反対運動


島は3つの自治体で構成されており、北から西之表市、中種子町、南種子町。今回問題となっている馬毛島は前述の通り、西之表市に属する。
長野さんによると、島を3区分した豪族支配の歴史があるそうだ。島の全体面積は、例えば長崎市と同程度だが、平成の大合併でも合併機運は盛り上がらなかった。そのためか、馬毛島基地反対運動は、現在、地元である西之表市の住民が中心だ。
基地問題のはじまりは2007年。FCLP移転構想が報道などで明らかになり、2007年4月に発足した、種子島・屋久島の1市3町の市長・町長・議長で構成する「米軍基地等馬毛島移設問題対策協議会」が反対を表明してきた。協議会設立当初は強い反対運動を展開していたものの、その協議会は2018年に解散。2022年1月に防衛大臣が整備地決定を表明してからは、それまで「不同意」を掲げてきた八板俊輔市長が容認に転じたと受け止められ、リコール署名活動も起きた。工事開始後は、住民の間にあきらめの空気も流れ、意見を言うことすらはばかられているという。

●変容する種子島


馬毛島には、かつて500人ほどの住民が暮らしていたが、1980年に無人島となる。約40年後の2019年、防衛省は99%の土地を所有していた開発会社タストン・エアポート(東京)から土地を買収。土地評価額(45億円)の3倍を超える160億円という買取額に疑問の声もあがった。その馬毛島に、2450メートルと1830メートルの2本の滑走路や港湾施設などを整備し、防衛省は2027年までの運用開始を目指す。離着陸訓練といえば、まずは騒音被害を懸念するが、それだけではない。現地で話を聞くと、島全体が変容させられているとわかる。
まず風景が変わった。種子島から眺める夕日は馬毛島の向こうに沈むが、工事開始からは、巨大クレーンの輪郭を映し出すようになった。西之表港(鹿児島港との往来がある)付近や、それ以外の島の至るところに、おびただしい数の鉄骨コンテナ、コンクリートブロック、作業員宿舎のコンテナ(福島浜通りからのリサイクルという噂もある)などの建材が陣取るようにもなった。
港周辺に行くと、趣ある漁民の家々が細い路地に密集している。漁民は今、漁ではなく作業員の馬毛島への送迎や周辺海域の警戒のために船に乗るそうだ。日当は10万円。漁業より収入が安定的なため、「海上タクシー」業に鞍替えした漁民も少なくない。「海上タクシー」登録は60隻を超えると、地元紙は報じている。

それには理由もある。馬毛島周辺海域では、基地建設に伴い、漁業が停止された。馬毛島沖は、豊かな漁場として知られていたが、防衛省は、着工に伴う漁業補償22億円一括交付と、20億円をかけた漁場の保全を約束したと報じられている。馬毛島東側にある葉山港周辺に基地の係留施設を作るため、共同漁業権も一部消滅。馬毛島付近の海の中に3つの杭の影が浮かび上がっていたが、こういった施設の設置工事により潮の流れが変化し、漁獲量が減ることへの損失補償も含まれた。

かつて島では、誰もが漁業権を平等に持ち「カンカン」という合図で漁に出て、出られない人にも魚を配った。20年ほど前は1日素潜り漁をやれば、鹿児島に行ってどんちゃん騒ぎができるほど魚が取れたという。その豊かな漁場が奪われたのだ。

●基地建設の影響は随所に

基地建設に伴い、現在は約1000人の作業員が駐留するが、今後は最大6000人がやってくる。種子島は、3自治体あわせて約2万6000人の島。「3万円だったワンルームの賃料が、6万円、8万円に上がり、『家賃を上げるから出ていってくれ』と言われた人もいます」と長野さん。小さな港には、バスが2台停まっていたが「あのバスも、馬毛島からの作業員の帰宅を待っている」と教えてくれた。

また、長野さんと同じく、西之表市議(14人中3人の女性市議の1人)の宇野裕未さんは「部屋が足りず、空家をリフォームして交替で作業員が使うが、居住者が入れ替わるので、ゴミの処理ルールを覚えず、トラブルが多くて防衛省に申し入れた」とも話した。作業員の車や工事車両も増え、通学路で怖い思いをする子ども、運転が怖くなり引きこもる高齢者など、日々の生活に影響が出ているのだ。

宇野さんは、母親の立場でも懸念を抱く。基地建設と引き換えであるかのように給食費が無料になったが、一方で周りの家に見知らぬ人が増え、子どもたちの習い事にも送迎が必要になった。昔は家の鍵をかけないこともあったが、今は防犯に気を配るように。中学生の子どもを部活後に一人で歩かせることが心配で、子どもが通う中学校に近い職場に転職した人もいるそうだ。かつては、夕方にスーパーで半額になるのを待って買い物に出ていたが、人口が増え、半額になるような売れ残りは出ないという。また、作業員寮の清掃や食事作りなどの仕事は時給が高いため、スーパーの惣菜作りや陳列の人手が奪われつつもある。

農業集落にも変化があった。中種子町は、自給率160%という豊かな土地であり、前町長は「ここは農業の町だから基地はいらない」と表明していたが、現町長に交代後、方針が変わってしまったという。車窓には、田んぼにサトウキビ畑、茶畑、いも畑などが次々と現れる。まさに農業の土地だ。山内さん(西之表市)は、種子島特産の落花生の塩茹でを美味しいですよ、とすすめながら「ここには、出稼ぎに出なくていい暮らしがあるんです」と話す。

しかし、農業の担い手不足から馬毛島の基地建設を機にやめたという農業者もいる。そこへすかさず、官舎やアパートが新しく建設されていくのだ。

●守りたい種子島の価値

明治以降、日本各地から26の集落が移住してきた種子島は、移住者の島でもある。海や山の恵みがあり、住みやすいという理由もあるが、戦国時代の鉄砲伝来のように、潮の流れで漂着する人たちを救助し、迎え入れてきた島だからだろう。

また、プレートの隆起によって誕生した島なので、植物の種類が豊かだ。屋久島には1400種、種子島には1000種の植物が存在する。途中、連れて行ってもらったヘゴ(亜熱帯のシダ植物)自生群落は、長野さんが「恐竜が出そうでしょう」と言うほど。他にも様々な植物を紹介してくれた。

長野さんは今回、基地の問題と同じくらいの熱量で、種子島の豊かな暮らしを案内してくれた。どんなに札束で頬をはたこうとする人がいようとも、種子島にはかけがえのない価値があることを教えてくれたのだ。

しかし、地元の観光協会にあった種子島の地図には、あるはずの馬毛島が描かれておらず、鹿児島港で働く人も「スーツの人が増えた」と話し、その価値が国によって塗り替えられようとしている。

反対派の「迷惑施設だ」という主張と賛成派の「人口が増える」「経済が回る」という主張の対立構造になってしまう、と長野さんは話す。しかし、種子島はそこにある価値によって持続可能であり、それを守ることが大切なのだと、地元の人々や、視察に訪れる全国の人に伝え続けている。

防衛省のホームページは、馬毛島に基地建設が必要な理由として「我が国は、戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面しています」と煽る。

防衛省による住民説明会で、反対住民が「“国防・国民のために種子島のみなさん、犠牲になってください”と聞こえました」と静かに訴えていた女性の横顔が忘れられない。

中央が地方に犠牲を強いる構造の中で、人々の日常が壊される様は、原発周辺、核ゴミ施設の選定地域でも同じだった。あらゆる地域の人がその犠牲を他人事にせず、誰も犠牲を押し付けず、誰も犠牲にならない社会に変えていかなくてはならない。  
      
 
                              (吉田 千亜)


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