傍流音楽記⑥梅田シャングリラに出る、ただし落語で。

新卒で就職した僕はとにかく仕事が上手くいかずキツい日々を過ごしていました。字が汚すぎて領収書を何回も書き直したり、誤字脱字が酷くて小学生からやり直せと言われたり、受取手形を切りそこなって怒られたりしました。2024年現在全て必要なくなった業務だと思うと味わい深さがあります。

当時の数少ない楽しみのひとつが、住んでいた社員寮の一階の自販機でコーラを買うことでした。コーラについていたポイントを貯めるためコカ・コーラのポータルサイトにアクセスしたところ、ニュースの欄に、
「ロックバンド嘘つきバービーが落語家を募集」
という記事が見えました。ワンマンライブのオープニングアクトとしてプロ・アマ問わず「落語家」を募集しているという内容でした。

嘘つきバービーは長崎・佐世保出身の3人組ロックバンドです。ベースボーカル、椅子に座ったままのギター、ドラムという編成で、不穏だが人懐っこい歌詞と曲展開が魅力でした。僕は少し悩み、「やわらかヘンリー」のPVを見て、独自のユーモアを感じ、この方々のお客様なら落語でも笑ってくれるかも、と出演を決意、公式HPから申し込み、なぜか合格しました。

台本は既に制作済みだろう、と思っていたら無かったため、実質1週間で人生初の新作落語を書き下ろすことになりました。念のためにアイデア出しだけ行っていたのが功を奏しました。ほぼ毎日カラオケ屋「まねきねこ」に通い練習しながら台本を作っていきました。

当日、人生初の有休を申請し、大学の部室から借りた見台を抱えて梅田シャングリラへ向かいました。初めてお会いした嘘つきバービーの皆さんは全員デカく感じました。あるいは勢いのあるバンドマンのオーラがそう感じさせたのかもしれません。梅田シャングリラのステージ上に高座がある光景は嘘みたいでした。リハーサルを終え、異常な緊張のなか本番を迎えました。

お客様が全員若く、直立しているという落語会では有り得ない客席でした。
ひとまずマクラで「人生初の有休取ってきましたよ!」と宣言し拍手をもらいました。本編序盤では嘘つきバービーの歌詞を丸々引用し、また拍手をもらいました。軌道にのってからはサゲまで一瞬でした。

非常にありがたいことに、打ち上げにも連れて行ってもらいました。一軒目の店を間違えてしまった岩下さんが黒霧島のロックを頼み、一気飲みして店を出ていました。バンドマンの打ち上げだ!という喜びだけ覚えています。僕は飲みすぎと緊張であまり記憶がありません。タクシー代までおごっていただいて家に帰りました。夢のような一日でした。

まず、落語が想定よりウケたのが衝撃でした。世代的に絶対にウケないと思い込んでいました。異様なものを面白がってくださるお客様で良かったです。落語以外の出し物を見に来ている人の前で落語をするのは面白い、と感じたのが、この後に様々な音楽フェスで落語をやる団体を立ち上げるきっかけになりました。

ベースボーカルの岩下さんはその後ニガミ17才を結成、現在、大活躍中です。「おいしい水」を初めて聴いたときの衝撃は忘れられません。ツアーも何度か観に行かせていただきました。面白い人が今も面白いことを続けていてとても嬉しいです。


傍流音楽記⑦THE IDOL IS COMINGに続く。

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