見出し画像

エシカルについての、右往左往。

縁があって、「エシカル消費」について学んでいます。
「エシカル」。
辞書を引くと「倫理的な」という意味の言葉のようで、一般的には、環境や、グローバルブランドの下請けをする「途上国での労働環境」に配慮した消費活動(つまり、買い物)をすることをさします。

──


コロナが流行して世界中の経済活動がストップしたときに、
僕が一番驚いたのは、インドのガンジス川が澄んだことでした。

沢木耕太郎さんの「深夜特急」や、遠藤修作さんの「深い川」を読んでから、ずっと「いつ行こうかな」と思ってきた場所だったので、
あの「すべてを飲み込むような、茶色い川」が、澄んで清流のようになるのかと、結構な驚きがありました。

それからあの年、春先に飛ぶ花粉の量が少なく、花粉症の影響が穏やかだったのも、例年のサイクルの一つではなくて、経済活動の抑制と繋がりがあるのではないだろうかとも想像しましたし、
世界中の交通量が減って「地球全体の振動がおさまった」というニュースもありました。

コロナで僕らが動かなくなって、
僕らの生活は、「地球に随分と腰掛けながら成立している」ことが実感できた年でした。

──

エシカル消費は、そんな経済活動を
地球フレンドリーに変えるための活動です。
僕らの「買い物」が地球にどんな負担をかけているのかを知ったり、
それを回避するために、どんな商品があるのかを知っていきます。

正直にいうと、エシカルについて知ることで、
いくつかのショックを受けましたし、むずかしさも実感します。


海にはマイクロプラスティックが浮いていて、
それを魚が食べると話題になっています。
レジ袋が有料になったのも、マイクロプラスティックが原因でした。
ただ僕は、ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てているし、日本のゴミ処理技術の高さも知っていたので、「自分はその問題には、それほど加担していない気持ち」でした。

けれど調べてわかったのは、
洗顔フォームの「スクラブ」が、マイクロプラスティックになること。
学生の頃、よく使っていました。
それから、洋服の「フリース」を洗濯すると、何百万というマイクロプラスティックが川へ海へと流されることでした。
知らなかったこととはいえ、「自分もやってることだ!」と驚いたんです。



そうやって問題を理解すると、どうやって解決しようかと思います。
すると、解決策についても、むずかしさが浮上します。

例えば食器を洗うときに、水道で洗うと水を多く使います。
食洗機を使うと、水の使用量は減ります。
けれど、今度は電気の使用量が増えます。

捨てる洋服をリサイクルに出すと、輸送費もかかるし、
最近は輸送先のアフリカで古着の洋服が大量にあまり、現地のアパレル業の価格が破壊されているとも言われます。

こんなふうに、あちらを立てれば、こちらは立たず。
僕は、中学生の頃に理科で習った「質量保存の法則」を思い出しました。
「地球負担の『質量保存の法則』」。

それを「安易に」(あえて、安易にを強調します)考えると、
僕たちが生きていること自体が自然の負担になるという結論になってしまって、生活を小さくするしかなくなります。小さく、小さく。
でもそれも、あまりいい解決策だと思えません。

──

どうやっても、自然への負担は変わらないのか。

鍵はあると思います。
その一つでとても大切なのが、やはり「エシカルな消費」を増やしていくです。
あえて極化して書くと、僕らの生活が、自然に大きく負担をかけてきたのは、それが企業の売上につながらないからです。
資本主義は、世界中の生産性を高め、多くの人に「ものの豊かさ」を提供しました。いえ、「こころの豊かさ」も受け取りました。僕らは心身で、とても快適な毎日を過ごしています。ありがたい。

けれど、それは完璧ではありません。
資本主義は、「商品にならないもの」に弱い。とても弱い。
そんな商品にならないものの一つが、「自然との調和」でした。

もちろん「このままでは、地球が危ない」と思った世界は、何度か歯止めになるようなルールを作ってきました。が、それを「一人一人の力も使って、前に進めよう」というのが、エシカル消費です。
消費が変わると、売り手・作り手は変わらざるをえません。

「自然と調和」
ここが「商品を選ぶ基準になる」とき、「地球負担の『質量保存の法則』」がやぶれて、軽くなっていくのだと思います。



もちろん、「エコは売れる」という理由で、大してエコを大切にしない商品も増えるでしょう。僕らは賢くならないといけませんし、

エコな商品は、少し価格が高いので、
生活のすべてでそういう商品を選ぶのは難しいかもしれません。
そういうとき、1つでいいから、自然を大切にする商品を選んでみる。
少しだけ、エシカルな行動をとってみる。

できれば、それは「正しいから」ではなくて、
自然に思いを馳せて行動すると気持ちがいいからだといいなと思います。正しさは息苦しくて、息苦しさも、いいことにはつながらない気がするから。


大抵の場合、どちらに進むかわからなくて混乱するとき、焦ってしまうと、問題を難しくします。
1つ1つ焦らず、1つずつ焦らず。

僕は、いろいろ調べ、知りながら、そう取り組んでいきたいと思いました。


さて。それに合わせて、企業経営者の皆さん。
コストの問題も、
テクノロジーの問題も、エネルギーなど社会資本の問題も、
僕らの「習慣の問題」もありますが、
どうやってここと向き合っていきましょうかね。

もちろん、そのことにも思考を寄せています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?